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17. 「俺は、鯉は唐揚げが好き」

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 俺が食べ終わって冷めた食事を持て余していると、控えめなノックの音がした。

「はいっ!」

 俺は学生時代に授業で先生に当てられた時みたいな声を上げてしまった。

「急にすまなかった」

 扉を開けて入ってきたのはバル殿下で、さっきとは服を変えている。何かの用事があって着替えたのだろうか。
 バル殿下は後ろ手に扉を閉めると、鍵をかけた。
 俺が「ん?」と不思議に思っていると、近づいてきたバル殿下にハグされた。
 ふわっと肉屋のにおいがして、俺は顔をまじまじと見た。

「もしかして、バルさん……?」

 俺は恐る恐る聞く。

「すまなかった!」

 バルさんは俺に謝る。

「俺がモリトの荷物を隠していたせいで、モリトに不信感を抱かせてしまった……結果がこの有様で、本当に俺はどう侘びていいのか……」

 俺がバルさんの真摯な言葉に呆気にとられていると、バルさんは俺の手に何かを握らせた。
 飴玉だった。あの日、ポケットいっぱいにもらっていたやつ。

「これが木箱のそばに落ちていて、俺は全てを悟った。明日ちゃんと話をしようと、そう思っていた夜、モリトが出て行ってしまって、俺は焦った」

 バルさんは「手短に、だが全て隠さず話す」と言い出した。俺は、すべてを聞くのは怖かった。俺がかぶりを振るとバルさんはまた俺にハグして背中を撫でた。

「俺は殿下の影武者だった」

 バルさんの第一声に、俺は顔をギュッとした。隠し子とか実は双子とか想像してたけど、何かそれよりもヤバそうな感じだった。

「当時、バル殿下は第二王子の母上から執拗に命を狙われていた」

 俺は、ゴクリとつばを飲み込んだ。恐ろしい話が始まってしまった。
 この部屋の窓から落ちたとかドルが言ってた人のことだろう。
 バル殿下とドルはお母さんが違うのかな。
 どろどろした話になりそうだ。

「それで、危なそうな時は俺が身代わりをするという生活が始まった。その生活は続き、第二王子の母上が亡くなって、その生活は終わった。俺は死ななかったが、葬られるところだった。しかし、俺を哀れに思った殿下の乳母が、出入りの肉屋に俺を託して、代わりの屠殺体で俺の死を偽装した。それで俺は肉屋をやっている」

 何か一瞬にして色々なものが端折られた。屠殺体って何? ……えっ、怖い。
 それで俺は肉屋をやっているって、端折られてる。
 手短に話すと言っていたが、手短過ぎだ。しかも、めちゃめちゃ怖い。

「俺は、影武者をする都合上、色々なことを知ってしまった。その一つが、モリト、君を呼び寄せる話だった。俺は影武者をすることで自由を奪われたから、そんな思いを他にする人があってはならないと、君を呼ぶ儀式が失敗するようにした……だが、君はそのままこちらに落ちてしまった。俺の失敗のせいで、中途半端に落ちてしまった君の面倒を見ようと、俺は……」

 そこで、バルさんは言いよどんだ。突然首を振る。

「すぐに話せなかったのは、全て話して君が殿下と結婚する方がいいと思うのではないかと心配になったんだ。……俺は、君を拾って、君に恋をしてしまった……!!」

 は?
 唐突に鯉が出てきた。

「俺は、鯉は唐揚げが好き……」

 思わず俺はつぶやいた。

「バルさんが、俺に恋? 冗談でしょ、ずっとバルさんは俺のこと子ども扱いして……俺の方が歳上なのにってずっと思ってて……」

 俺は信じられなくて困っておろおろとバルさんの顔を見ていた。真剣な熱いまなざしに、ぐっとなって、俺はうつむいた。

「俺、バルさんは俺のこと子どもだと思ってると思っていた……」

「実際子どもだと思っていた。俺よりだいぶ小さくて、こちらの世界のことを全くわからないで、あれもこれも不思議そうにして、まるで無垢な子どもで。それなのに惹かれてしまう自分が怖かった」

 バルさんが、俺の頬を手で挟んで、ぐいと上向かせる。

「ちょっ……バルさん乱暴過ぎ……」

 俺が見た先には、熱を持った目で俺を見るバルさんがいる。
 これはキスされるやつ。
 俺は、目を閉じた。

「目をつぶっちゃダメだ。キスしたくなるから」

 バルさんはそう言いながら俺にキスした。


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