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6. 「証拠見せろ」って言われると思ったけど

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 意気揚々と歩いていたのだが、夜道であることと、歩き慣れない道だったからか、全く進んでいる気がしない。
 暗いし人ひとりも歩いていない。

(……そういえば、グリフォンとかいきなり飛び出してきたらどうしたらいいのかな。死んだふり?)

 俺は急に怖くなって小さい声で歌い始めた。歌ってたら気が逸れるかと思ったが、全く無理で、木の枝が風でサワと動くだけでドキドキしてしまう。
 さっきから、城は全然近くなった気がしない。
 急に草むらがガサッと不自然に鳴って、足を止める。
 何かいる。

 ガサッ、ガサガサッ……

 そこから出てきたのは、どう見てもグリフォンだった。出てきたらどうしようと考えたのはフリじゃなかったのに、何で出てくるんだと俺は悲しくなった。
 とりあえず、熊とかでも背中を見せて逃げるのはヤバイんだよな、と俺はソロソロと後退ったのだが、グリフォンはなぜか屈んで俺に頭を下げて、羽を畳んだ。

「えっ?」

『乗れ』

 俺の頭の中に声が響く。これはグリフォンお前なのか。

『乗れ。お前の行きたいところに連れて行ってやる』

 また俺の頭の中にグリフォンが話しかけてくる。

「えっ? 話とかできるの?」

 俺は動揺した。だって俺この間グリフォン食べたよ。ごめん、グリフォン。

『やはり人間は野蛮だな。グリフォンを食べるなど』

「あ、すみません……」

『お前は特別な加護を持っているな。バルドゥールの匂いがする』

 何それ。
 かごって何か物とか入れたりする?

『それは籠だ』

 グリフォンのツッコミとか初めてだけど、もしかして俺が食べたグリフォンの名前なのでは。復讐にきたとかじゃないのか。

『グリフォンは、乗せたものを落としたりしない。乗れ』

 本当にタクシーみたいに使っていいのか。
 俺はドキドキしながらグリフォンの背にまたがった。動物なんて小さい頃にポニーしか乗ったことなかったから、どうしていいかわからない。

『頭頂の羽につかまれ』

 俺がこわごわ頭の後ろにはねた寝癖みたいな羽につかまると、グリフォンは羽を広げて羽ばたいた。風が凄い。
 グリフォンはひと息に高く舞い上がった。
 高い。怖い。

『あまり頭を引っ張るな。首が痛い』

 ごめん。
 でもつかまってないと怖いんだよ。
 バサーッと羽ばたくたびに、食べた手羽先の味を思い出す。軽率にそんなことを考えてしまい、グリフォンには申し訳ない。
 手羽先とか焼き鳥大好きなんだよな、なんてつい考えていたら、いつの間にか、何か庭園みたいなところに降りていた。
 もしかして、王城の庭園かなんかなのかな。城の目の前だ。門の前にでも降ろしてもらえたら良かったのに、これは不法侵入では。
 グリフォンの背から降りると、グリフォンは何も言わずに去って行った。俺が手羽先のことばかり考えていたからかも知れない。

 俺ここに置いていかれちゃうのか。
 不法侵入したまま、俺は途方に暮れた。出口とかわからない。

 すごくきれいな水色からピンクのグラデーションになった花びらの花を眺めていると、「その花は僕の母が好きだったんです」と後ろから声がかかった。俺はヒッと声を上げそうになった。
 とうとう人に見つかった。

「あの、勝手に入ってしまって、すみません……」

 俺は振り返って驚いた。
 結構パリッとして高そうな質のいい服を着た若い男の人だったけど、顔がめちゃめちゃバルさんにそっくりだった。暗いからよく見えないけど、髪の毛も月の光に反射してキラキラ輝いている。
 そういえば、月が出ている。こんなところは向こうと一緒なのだなと思うと不思議だった。

「バルさ……」

 呼びかけようとして、そんなわけないかと思う。
 バルさんは寝てたの確認して出てきたし、追いかけてきたとして、グリフォンの上空一直線の移動に追いつけるとは思えない。

「私はこの国の第二王子、サキドゥール。ドルと呼んでください」

 王子様だった。バルさんじゃない。そりゃそうだ。

「この庭園は、母が大好きだったんです」

 バルさんと同じ顔した王子は、バルさんより少し儚げに見える笑みを浮かべた。バルさんと王子は顔は似てるけど艶っぽさの質が違う感じがする。
 あと、単純にバルさんの方が力持ちそう。

「すみません、勝手に入って、出口もわからなくて……」

 俺は再度頭を下げた。
 王子は俺の荷物を指差した。

「あちらから来た方なんですよね」

 話が早かった。
 俺は、「証拠を見せろコラー」とか言われると思っていたので、拍子抜けした。

「あの、俺……」

 何で呼ばれたんですかとか、俺は何もできないですよとか、何か言いたかったが、何も言うことができなくて、黙って俺はうつむいた。
 王子は俺に近づくと、ポンポンと頭を撫でる。バルさんと撫で方が一緒で、やっぱりバルさんなのではと思ったが、バルさんはこんなに儚げな空気は出さない気がする。

「逃げて下さい……」

「えっ?」

 俺は聞き返してしまった。王子様、逃げるってどういうこと?
 どこからどこに。

「あなたは言わば国の幸せのための犠牲……逃げてせめてあなたの幸せを見つけて欲しい……こちらに呼ぶことを止められなかったこと、申し訳なく思っています……」

 王子めちゃめちゃまっとうなこと言っててビックリした。
 今の言い方だと俺は帰れないということか。
 まあ、何となくわかっていたけど。
 王子はまた俺の頭をポンポンと撫でた。バルさんほど重みはなく、またバルさんのことを思い出してしまった。

「サキドゥール王子、ここにいらっしゃいましたか。……?! 王子、そのお方はもしや……!!」

 人が来てしまった。
 急に騒ぎが大きくなって、俺はあれよあれよという間に玉座の間みたいなところに連れて行かれた。


 王様の隣にいたのは、今度こそバルさんだった。


    
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