悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

文字の大きさ
上 下
19 / 27

おまけ 一話〈2〉

しおりを挟む

 参加者は私とチェレギン、そしてロザリーの三人のみ。茶会というより密会染みている場にルーシェは渋い顔をしたけれど、調べれば調べるほど不可解な存在でしかないロザリーに、ダンやルーシェを不用意に関わらせるつもりはなかった。
 既に自分が犯した過ちについては理解していたのだろう。決闘後からは人が変わったように消沈し、何処か怯えたように過ごしていたロザリー・ペルグランは、私の誘いにも力無く頷くばかりで大した抵抗も見せなかった。

 その態度そのものにも、違和感ばかりがつきまとう。周囲が彼女の言葉を信じ切っていたのは、彼女がこれまで成してきた『予知』とも言える結果があったからこそだ。能力自体は本物だと言える実績があるのだから、仮に失敗したとしても何かしら対策や抵抗を見せると思っていたのだけれど、これは一体どういうことかしらね。

 招待状に記載した通り、誰も連れることなく一人で現れたロザリーはごく一般的な淑女の礼を取ると、やはり力の無い声で面白みの無い挨拶を口にした。

 顔を上げたロザリーの表情は強張っている。緊張とも怯えとも取れる青ざめた顔を眺めて数秒、マナーも何もない態度で脇に立っていたチェレギンが「おや」と呑気な声を上げた。

「なんと、珍しい。転生者ではありませんか」
「……転生者?」

 文献でも中々出てこない単語に訝しみつつ繰り返すと、ロザリーの肩が小さく跳ねるのが見えた。強張っていた顔が今度こそ恐怖に歪み、警戒を持ってチェレギンを視線を向ける。私のことはすっかり眼中に無い様子だ。
 どれだけ柔和に見せようとやはり何処か胡散臭い笑みを浮かべているチェレギンが、商品の説明をするときと全く同じ声音で口にする。

「此処とは異なる世界からやってきた魂が、此処の世界の者として産まれ直すことです」
「定義は知っているわ。実在するのを見るのは初めてだけれど、本当に転生者だというの?」
「ワタシの目に狂いがなければ、そうでしょうとも。転生者の多くは類い希な力を得て生を受けます、彼女は貴方様が仰っていた『予知』に当たる能力をお持ちなのでしょう」
「成る程ね。ところで、もしやと思っていたのだけれど、貴方もそうなのかしら、チェレギン?」
「いえいえ、まさか。ワタシはそんな大層な存在ではありません、そうですね、言うなればワタシは、転生者ではなく、転移者と言ったところでしょうか」

 頭の片隅に置いていた疑問をここぞとばかりに投げ掛かれば、チェレギンはなんともあっさりと答えを返した。
 神出鬼没を気取っている上に身を隠すように暮らしているものだからてっきり素性も隠したいのだと思っていたけれど、どうやらそこまで大きな秘密でもなかったようだ。

 転移者、という単語にも聞き覚えはあった。転移魔法の研究時の事故事例として、『他の世界から転移してきた者』が度々出てくる。
 ただ、実際は転移による記憶の混濁や身体の変化である場合が殆どで、本当に『世界』を跨いだ者は未だ居ないと結論づけられていた筈だ。
 転生者と転移者。各国の研究者が目の色を変えて求めるような研究対象が揃った訳だけれど、とりあえずこの場で重要なのは二人が何者か、ではない。ロザリー・ペルグランが今後一切私に害を成さないように処理すること、そして、もしも可能なら私の利になる手駒にすることだ。

「ま、ワタシの話はさておきまして。鑑定結果としては間違いないとは思いますが、如何なされるので?」
「一つ確かめたいのだけれど、貴方から見てロザリーの能力自体は分かるのかしら」
「能力……と言っていいのかは分かりませんが、少なくともスキル欄には『プレイヤー Lv.13』との記載がありますねえ。詳細に関しては何とも。転生者というのは些か鑑定しづらいようです、初めての経験ですね」

 未知の体験が嬉しいのか、チェレギンは何処か喜びを感じさせる声音で告げた。商売に関わらない事柄で彼が楽しそうにしているのは珍しい。稀覯本を集める趣味があるとも言っていたし、希有な代物が好きなのだろう。実際、例のオルゴールもチェレギンの趣味が高じて手に入った代物だったようだし。
 胡散臭い笑みに喜色を滲ませるチェレギンは一先ず置き、対面に座るロザリーへと目を向ける。『転生者』であることを見抜かれてから、元より良いとは言えなかった顔色を更に悪くしていたロザリーは、目が合うと同時にさっと視線をテーブルへと落とした。

「『プレイヤー』……ねえ」

 少なくともこれまで私が目を通してきた文献には記載の無かったスキルだ。チェレギンでも読み取れない以上、本人の口から吐き出させる他無い。
 吐かせたところで私にとってメリットがあるか、と聞かれれば微妙なラインだが、このまま分からずに放置しておくのも据わりが悪い。分からないことを分からないまま放置しておくのは性分では無かった。

「ロザリー・ペルグラン。貴方の能力について洗いざらい吐き出せば、今回のことは不問してあげても構わないわよ。素直に口を割るか、それとも割らざるを得ない状況に追い込まれるか、好きな方を選びなさい」
「おや、それでは結果的には同じことでは?」
「自分から吐くか、吐かされるかくらいの選択肢は必要でしょう?」
「無意味な選択肢ですねえ」

 のんびりとした口調で呟いたチェレギンは、それでもわざわざ止める気は無いのか、一歩引いた様子でロザリーと私を眺めている。視線の先に居るロザリーは、挨拶以外に一言も発さなかった唇を細く開くと、やがて諦めたように息を吐き、静かに語り始めた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...