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おまけ 一話〈2〉
しおりを挟む参加者は私とチェレギン、そしてロザリーの三人のみ。茶会というより密会染みている場にルーシェは渋い顔をしたけれど、調べれば調べるほど不可解な存在でしかないロザリーに、ダンやルーシェを不用意に関わらせるつもりはなかった。
既に自分が犯した過ちについては理解していたのだろう。決闘後からは人が変わったように消沈し、何処か怯えたように過ごしていたロザリー・ペルグランは、私の誘いにも力無く頷くばかりで大した抵抗も見せなかった。
その態度そのものにも、違和感ばかりがつきまとう。周囲が彼女の言葉を信じ切っていたのは、彼女がこれまで成してきた『予知』とも言える結果があったからこそだ。能力自体は本物だと言える実績があるのだから、仮に失敗したとしても何かしら対策や抵抗を見せると思っていたのだけれど、これは一体どういうことかしらね。
招待状に記載した通り、誰も連れることなく一人で現れたロザリーはごく一般的な淑女の礼を取ると、やはり力の無い声で面白みの無い挨拶を口にした。
顔を上げたロザリーの表情は強張っている。緊張とも怯えとも取れる青ざめた顔を眺めて数秒、マナーも何もない態度で脇に立っていたチェレギンが「おや」と呑気な声を上げた。
「なんと、珍しい。転生者ではありませんか」
「……転生者?」
文献でも中々出てこない単語に訝しみつつ繰り返すと、ロザリーの肩が小さく跳ねるのが見えた。強張っていた顔が今度こそ恐怖に歪み、警戒を持ってチェレギンを視線を向ける。私のことはすっかり眼中に無い様子だ。
どれだけ柔和に見せようとやはり何処か胡散臭い笑みを浮かべているチェレギンが、商品の説明をするときと全く同じ声音で口にする。
「此処とは異なる世界からやってきた魂が、此処の世界の者として産まれ直すことです」
「定義は知っているわ。実在するのを見るのは初めてだけれど、本当に転生者だというの?」
「ワタシの目に狂いがなければ、そうでしょうとも。転生者の多くは類い希な力を得て生を受けます、彼女は貴方様が仰っていた『予知』に当たる能力をお持ちなのでしょう」
「成る程ね。ところで、もしやと思っていたのだけれど、貴方もそうなのかしら、チェレギン?」
「いえいえ、まさか。ワタシはそんな大層な存在ではありません、そうですね、言うなればワタシは、転生者ではなく、転移者と言ったところでしょうか」
頭の片隅に置いていた疑問をここぞとばかりに投げ掛かれば、チェレギンはなんともあっさりと答えを返した。
神出鬼没を気取っている上に身を隠すように暮らしているものだからてっきり素性も隠したいのだと思っていたけれど、どうやらそこまで大きな秘密でもなかったようだ。
転移者、という単語にも聞き覚えはあった。転移魔法の研究時の事故事例として、『他の世界から転移してきた者』が度々出てくる。
ただ、実際は転移による記憶の混濁や身体の変化である場合が殆どで、本当に『世界』を跨いだ者は未だ居ないと結論づけられていた筈だ。
転生者と転移者。各国の研究者が目の色を変えて求めるような研究対象が揃った訳だけれど、とりあえずこの場で重要なのは二人が何者か、ではない。ロザリー・ペルグランが今後一切私に害を成さないように処理すること、そして、もしも可能なら私の利になる手駒にすることだ。
「ま、ワタシの話はさておきまして。鑑定結果としては間違いないとは思いますが、如何なされるので?」
「一つ確かめたいのだけれど、貴方から見てロザリーの能力自体は分かるのかしら」
「能力……と言っていいのかは分かりませんが、少なくともスキル欄には『プレイヤー Lv.13』との記載がありますねえ。詳細に関しては何とも。転生者というのは些か鑑定しづらいようです、初めての経験ですね」
未知の体験が嬉しいのか、チェレギンは何処か喜びを感じさせる声音で告げた。商売に関わらない事柄で彼が楽しそうにしているのは珍しい。稀覯本を集める趣味があるとも言っていたし、希有な代物が好きなのだろう。実際、例のオルゴールもチェレギンの趣味が高じて手に入った代物だったようだし。
胡散臭い笑みに喜色を滲ませるチェレギンは一先ず置き、対面に座るロザリーへと目を向ける。『転生者』であることを見抜かれてから、元より良いとは言えなかった顔色を更に悪くしていたロザリーは、目が合うと同時にさっと視線をテーブルへと落とした。
「『プレイヤー』……ねえ」
少なくともこれまで私が目を通してきた文献には記載の無かったスキルだ。チェレギンでも読み取れない以上、本人の口から吐き出させる他無い。
吐かせたところで私にとってメリットがあるか、と聞かれれば微妙なラインだが、このまま分からずに放置しておくのも据わりが悪い。分からないことを分からないまま放置しておくのは性分では無かった。
「ロザリー・ペルグラン。貴方の能力について洗いざらい吐き出せば、今回のことは不問してあげても構わないわよ。素直に口を割るか、それとも割らざるを得ない状況に追い込まれるか、好きな方を選びなさい」
「おや、それでは結果的には同じことでは?」
「自分から吐くか、吐かされるかくらいの選択肢は必要でしょう?」
「無意味な選択肢ですねえ」
のんびりとした口調で呟いたチェレギンは、それでもわざわざ止める気は無いのか、一歩引いた様子でロザリーと私を眺めている。視線の先に居るロザリーは、挨拶以外に一言も発さなかった唇を細く開くと、やがて諦めたように息を吐き、静かに語り始めた。
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