悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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[ミシュリーヌ視点] 後④

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「――――ミミィが決闘を受けた理由が、今なら分かる気がする」

 放課後。第八闘技場の使用許可を得たダンは、翌日の放課後に予約を入れると、疲れの滲む溜息を零してそう言った。
 まだ何も始まっていないと言うのに、仕事終わりの御父様のように首を回している。

「あら、そう? 今回はノエルの時とは少し毛色が違うように思えるけど、どんな理由かしら」
「……うーん、なんというか、……そうだな」

 癪に障る、と小さく呟いたダンに、私は思わず噴き出していた。
 笑いの波が引かず、そこから声を上げて笑い始めた私に、ダンは首元を掻きながら目を逸らす。
 拗ねないで頂戴。笑うつもりなんか無かったのよ、本当に。でも、なんだかおかしくって。
 殆ど使われない廊下だから、人目を気にすることなく子供のように笑う私に、本気で照れ臭くなり始めたらしいダンの耳が僅かに赤く染まるのが見えた。
 この一年で、ダンの背は私より十センチも高くなってしまった。同じくらいの目線で可愛かったのに。

「馬鹿にして笑ってる訳じゃないのよ、ただ少し嬉しかっただけで」
「……嬉しい、ね」
「ええ、そうよ。私、案外ダンに愛されてるのね、と思って」

 珍しく本心から素直な気持ちを口にすれば、隣に立っていたダンは顔こそ赤いものの、微かに眉を顰めた。
 あら、怒らせてしまったようだけど、理由が少し分からないわね。何か失言でもあったかしら、と思考を他所にやっている内に、私の背は煉瓦造りの壁に押しつけられていた。
 ヒールを履いている分、今の身長差は五センチしかない。ほぼ眼前に迫るダンの顔に浮かんでいたのは、怒りと言うよりも呆れだった。

「ミミィまでそんなこと言うのか」
「……だって貴方、愛してるだなんて言ってくれないでしょう?」
「普段過ごしてて、言うタイミングなんか無いだろ」
「馬鹿ね、そのくらい自分で見つけてよ」

 意識していたよりも拗ねた口調になってしまった私に、ダンは微かに瞠目した。その発想はなかった、という顔だ。
 恐らくだけれど、ダンは無意識に私から『愛していると口にしてもいい許可』を得なければならないとでも思っていたのだ。〝飼い犬〟だなんてあだ名を付けたのは誰かしら、言い得て妙ね。

「じゃあ、今言ってもいいか?」

 もう、本当に馬鹿なんだから。かわいいひと。
 愚直なまでに許可を得ようとするダンに微笑みを返し、抱き締めるようにして私を見下ろす彼の唇に人差し指を押し当てる。

「駄目よ、勝ってからにして」

 『絶対に勝ちなさい』と同義の言葉を口にすれば、ダンは一度ゆっくりと瞬き、唇を笑みの形に吊り上げた。



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