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第七話 【リザ視点】 〈2〉

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 先日の式典だってそうだ。自分のことだけ考えていて下さい、なんて、また意味不明なことを言い出した。どうせ、国王陛下から聖女の証を賜ったとしてもその裏には影の支配者である自分がいるのですよ、とか、そんなところだろう。わざわざ誤解を招くような言い方をするところが腹立たしい。

 そう、あの男はいつの間にかその魔の手を国王陛下にまで伸ばしていたのだ。
 こうなってはなんとしてもあの男の目を覚まさせ、わたくしを聖女として崇め奉り、『リーザローズ様に忠誠を誓います、もう二度と国家転覆など企みません』と誓わせて傍に置いておくしか許される方法がない。
 公爵家の令嬢が国家規模の犯罪者と結ばれるなんてそれしか、むす、結ばれるなんて!? え!? いえ!! 違うわ!!!!

「違うわ!!!! そんなこと考えていないわ!! 幻覚よ!!!!」

 ベットの上で抱き締めていた枕を思わず壁に叩き投げる。丁度よく何の装飾品も無い部分に当たった枕は軽い音を立てて壁にぶつかり、力なく落下した。

「とんでもないわ……わたくしが、こんな……これは明らかに、なんらかの精神汚染に決まっていますわ……そうよ……そうに違いないわ……」

 そうでなければ高潔なロレリッタ家の一人娘、気高き公爵令嬢であるわたくしがあんな碌でなしの執事に、その、あの、あれを、あれするなんて、有り得ないことだわ!!
 衝動を振り払うように強く目を閉じる。串焼きを差し出してくる阿呆執事の阿呆面が浮かんできたので、慌てて目を開け身体を起こした。

 あの阿呆執事、国家支配を企む碌でなしのくせに、国王陛下の弱みを握ったからと思って余裕の態度で日々を楽しんでいるのだ。お忍びで食べ歩きだなんて、わたくしを余程甘く見ていないと出てこない案だった。

 たまに、もう全て筒抜けになってしまっているのでは、と思って何もかもが恥ずかしくなる時がある。かと思えば、わたくしを微塵も興味の対象に入れていないことを察して妙に苛立ったりもする。

 乙女心は複雑だ。聖なる乙女でもそれは変わらないらしい。歴代の聖女は皆第一王子や第二王子などと婚約を結んだらしいが、そこには今わたくしが振り回されているような感情があったのだろうか。分からない。何も分からない。

 わたくしは社交の場では常に崇め持て囃される側だったので、下々の者と言葉など碌に交わしたことがないのだ。聖女なのだからそれでいい、とみんなが言ってくれる。が、あの陰険執事は別だった。

 溜息に似た吐息を零しつつ、部屋に設えられた書き物机に向かう。引き出しを開ければ、ここ最近やり取りをしている貴族令嬢との手紙が入っていた。
 ほとんどは高位貴族。わたくしを褒め称える言葉を記した見込みある令嬢たちとは、文面だけだが懇意にしている。一応、件の令嬢からも丁寧な書状とそれなりの詫びが届いたので、適当に許しを与えておいた。

 色取り取りの、様々な思惑が詰まった美しい封筒たち。
 その中から淡いグリーンの封筒を指で掬い上げて、ゆっくりと開く。

 差出人はルナ・ウィステンバック男爵令嬢。例の公爵令嬢に虐げられていた気弱そうな令嬢だ。なんでも、入学前から度々社交界でも目を付けられていて、裏ではずっと憂さ晴らしに使われていたらしい。
 『突然のお手紙を差し上げる無礼、どうかお許しください』から始まった手紙に並んだ長ったらしい礼の言葉を半分以上読み飛ばしたのは既に一年も前のことだ。

 そこから半年空けて、今では月に一度の頻度で手紙のやり取りをしているのだから、人の関わりというのは不思議なものだ。
 ルナはわたくしの聖女としての価値を非常に深く理解して、日々わたくしの尊さを褒め称えている。男爵家にしては中々に見込みのある令嬢だった。

 そんなルナから、思わず破り捨てたくなってしまう手紙が届いたのはほんの一週間前のことだ。

『私のような愚鈍な人間の的外れな憶測だと思うのですが、もしやリーザローズ様は、あの方に恋慕の情を抱いてはいらっしゃいませんか?』

 勢い良く破りそうになって、なんとか堪えて、叩き付けるようにしてしまい込んだ。そこから返事を書き始めてもいない。書けるわけがなかった。
 ルナにも分かってしまうということは、もしかしてあの碌でなしにも伝わってしまっているのではなくて?と思うと、気が気ではなかった。思えば、ルナに送った手紙にはそれらしい文言を無意識にでも綴ってしまったような。今すぐ燃やしに行きたかった。そうね、燃やしておきましょう。

 インク壺と羽根ペンを取り出し、ルナに長期休み明けに手紙をまとめて渡すように、と命じた文を記す。伝達鳥に送らせたりして紛失でもしたら事だ。絶対に直接受け取り処分しなければ。
 わたくしからの手紙を聖遺物として扱おうとしているルナは食い下がってでも拒否してくるだろうが、そこはわたくしの私物のひとつでも与えてやれば黙ることだろう。

 れ、恋慕、がどうだとか、こうだとか、そういう話は、絶対に文面に残してはならないのだ。わたくしは高潔にして偉大なる聖女。いずれ本当に歴史に残ってしまう可能性だって大いにある。
 全く、魔王の他にも解決しないとならない問題が多すぎるわね。

 溜息混じりに封をして、伝達鳥に手紙を括り付けに向かう。
 途中、中庭で筋トレ?をしている執事と目が合ったけれど、無視しておいた。ふん。ヒョロガリのくせに生意気なのよ。ヒョロガリと呼べなくなった辺りが特に生意気ね。

「………………」

 無事に手紙を出し自室に戻る道すがら、そっと片手で腹部の肉を摘む。
 幼少期からは大分減ったと自負しているが、ルナや他の令嬢たちに比べるといささか、認めたくはないけれど、そうね、確かに、太かった。
 そもそもわたくしはお肉のつきやすい体質なのよ。だから致し方ないのだわ。しかも、あの馬鹿執事、美味しいものを見つけるとそれとなく勧めてくるし。ちょっと陛下の弱みを握ったからと言って、わたくしのことを舐め腐っているのよ。

「────見てらっしゃい!! 今に、今に目に物見せてやりますわ!!」

 腰まで伸ばした髪を一つに括り、ドレスを運動着に着替えるべく部屋へと戻る。汗を流した馬鹿執事が「お嬢様は今日も非常にやかましく元気でいらっしゃいますね、怪鳥のような雄叫び、見事でございます」などと言ってきたので、奇声で返しておいた。
 誰が怪鳥よ。あんなウスノロ、鼓膜でも破れればいいんだわ。

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