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第五話 〈3〉
しおりを挟む「────はい、今日はここまでと致しましょう」
「う、うぐっ、この、このひ、ひきょうもの! 聖女であるわたくしから逃げおおせるだなんて、なにか卑怯な手を使っているに違いないわ! 許しがたい冒涜よ、絶対に、絶対にいつか地に這い蹲らせてやりますわ……!」
「そのいつかが来るとよいですね。少なくとも今日ではないようですので、敗北者のお嬢様は素直に着替えて食堂に向かってくださいませ」
「ぐ、ぐう……っ、今日の所はこれで勘弁してやるわっ! ウスノロ、今日のメニューは何!?」
「白煙ピュィの石楼焼きと塩ビエッタのコドツリフ、コロド産ファプルスのクーデンフェインです。先に行って用意しておきましょうか?」
「結構よ!! お前が取ると私の空腹が半分も満たされない量になるじゃない!!」
魔法学園のいいところは、特殊製法の美味しい食事が食べられるところだ。名前からは料理がほとんど想像できないところが困りものだが、見た目は案外普通のスープや焼き物なので、そう身構えるものでもない。
魔法調理人というのは自分達を一般の調理人と区別したがる節があり、日夜よくわからない名前の料理を生み出し続けているのだ。まあ、美味しい創作料理店のようなものである。とっても美味しいので、俺もお嬢様も食堂の料理は好んで食べる。食べ過ぎてリバウンドしたお嬢様が、奥方様からお叱りの手紙を受け取って涙目になっていたこともある。
旦那様と国王陛下の思惑はともかく、奥方様が俺をお嬢様につけているのは、あくまでもお嬢様を淑女らしい適正体重にする為である。
元々俺としても、お嬢様をプライドがなく食べ物を粗末にする許し難いデブから脱却させるために専属執事になったのだ。……なったんだったか? 時系列が曖昧だが、とにかく、目的としてはそんな感じだった。
故に、此処で手放しに好き放題お嬢様に食事を取らせて、再度リバウンドさせる訳には行かないのである。
従者である俺を置き去りにする勢いで食堂へと駆け出すお嬢様を追う。俺の記憶が正しければ、お嬢様は常に廊下を駆けている気がする。
淑女とは一体。そして聖女とは一体。
何故これが許されるのかと言えば、やはりお嬢様の光魔法が歴代でも群を抜いて優れているからだろう。
三ヶ月前、遠方で予兆に過ぎない小規模な魔王の顕現の被害を受けた騎士が、騎士団施設の医療班では治療不可能として学園へと運び込まれた。
片腕が腐り落ち、傷が塞がることはなく、尚も身体を蝕まれ続け発狂しかけている騎士に対し、通常の魔法治療は何の意味もなさなかったのだ。
それをものの一時間で治してみせたのが、お嬢様である。まさしく聖女様だ、と歓声が上がった。
見事成し遂げたお嬢様を褒めたい気持ちになったりもしたが、それをするのは旦那様の役目だったので、俺は黙って後ろに控えておいた。
あの場での俺の役目は、騎士団長である父の為に引き受けたものの、見慣れない凄惨な負傷の様に内心怯えているお嬢様へ『おや、聖女様なのにあの程度も治せないのですか?』と飛び切りの嘲笑つきで告げることだけだった。
あの時のお嬢様は俺の挑発に奮起し、何故か握り締めた俺の片手に潰さんばかりの力を込めながら治療に当たったのだ。つまり俺は一時間片手を握り潰され続けた訳である。
光魔法は八つ当たりでも強くなるらしい。是非とも研究に役立ててほしいところだ。
「──遅いわよウスノロ! わたくしはもう二度目のおかわりを済ませましたわよ!?」
「己が食い意地の張った豚であることを意気揚々と宣言しないでくださいませ、ミートローフ様」
「私の名前はリーザローズよ!! 全く、生まれながらの愚か者は人の名前も覚えられないのかしらっ?」
「どうぞお嬢様、此方鏡でございます」
「あら、今日も麗しい聖なる乙女が写っているわ。午後もこの美しい顔を見るだけで頑張れそうね。ね? 皆様方?」
「答えなくて結構ですので誰かきちんと写る鏡をお持ちの方はお貸しくださいませ」
お嬢様がにっこり微笑むと同時に無意識に放たれる光魔法の波長を、ざっくりとした嫌味で打ち消す。一瞬、熱に浮かされたようなら目を向けていた人々がこれで我に帰るのだから、なんとも厄介で面倒なものだ。
恐らくこれで俺がいなかった場合、周囲は聖女の魔力に当てられてお嬢様の言うことをなんでも聞くようになるのだろう。学園に学ぶことで光魔法の威力が強まるにつれて、俺の罵倒の必要性を肌で感じるようになった。
現状、この通り言動が碌でもないお嬢様であるので、罵倒のネタには事欠かないのが救いだ。
繰り返すが、俺は別にお嬢様を罵倒するのが趣味の変態ではない。むしろ、お嬢様を褒めたくなる時だって当然ある。
やや人格が破綻気味のお嬢様だって、何もいついかなる時も褒めるべき点がない訳ではないのだ。
綺麗な所作で、なんとも美しく全ての食事を平らげたお嬢様は、その見事な食べっぷりで厨房の料理人を魅了してから、自らの手で食器を片付けに向かった。
「本日の料理もわたくしの舌を満足させる素晴らしい出来でしたわ、褒めて差しあげてもよろしくてよ」
心の底から満足しているらしいお嬢様の笑みからは、まさに聖女以外の何者でもない高貴な光が放たれている。光魔法が漏れているので、実際本当に輝いていた。
こういう時にもお嬢様を罵倒しなくてはならない、というのは俺にとっては少し辛いものがある。美味しいものを美味しいと言って、きちんと綺麗に食べる人が大好きだからだ。
なので俺はいつも、この時ばかりは事前に許可を得ることにしている。
「お嬢様、少々罵倒してもよろしいですか?」
「……毎回思うのだけれど、お前、それでよく人を変態呼ばわり出来ますわね」
周囲に聞こえては要らぬ誤解を生むため、囁くように告げた俺に、お嬢様は片耳を押さえつつ、やや赤い顔で睨みあげてくる。
俺は決してお嬢様を罵倒して喜ぶ変態ではないが、お嬢様からするとそのように思われても仕方ない感じにはなっていた。こうでもしないと、食堂の人間が光魔法に当てられて人格崩壊しかねないのだ。致し方あるまい。
勲章をチラつかせつつ言えばお嬢様は「この国の為ですものね……」と完全に騙され切った顔で言って下さるので、適当に「お嬢様はいつまで経ってもアホでございますね」とだけ言っておいた。
しかしこの方法、魅了じみた効果と正気に戻すのを交互にやる時点で色々勘づかれないだろうか。
察しのいい人間は具体的な作用はともかく、気分の高揚くらいは薄々気づいている様子もある。陛下にも報告はしているが、現状これ以外に方法がないので継続の意向を示されてしまった。
研究開発によって依存性のみを打ち消す魔道具を作りたいようだが、光魔法そのものに組み込まれた性質を切り離すのは容易いことではないようだ。
この先五年半も罵倒し続けるのは流石に心が折れそうなので、俺としては何とか道具の開発を急いでもらいたいものである。
「セバスチャン! 料理長が新作の菓子を献上してきたわ! 高貴なるわたくしをイメージしたゼリーですって! 見なさい、この麗しく鮮やかな緋色の輝き! まさしくわたくしですわ!」
艶やかな金髪に緋色の瞳を持つお嬢様は、赤色の鮮やかなゼリーを見せつけてくると、もうすぐで午後の授業が始まるというのに再度席に着こうと踵を返した。
その肩を軽く掴んで方向転換させ、バランスを崩しかけたお嬢様の腰を支えつつ、皿を取り上げてカウンターへと戻す。
「ななっ、なん、なんて無礼を! このっ、こ、このウスノロ!!」
「アホのお嬢様はこの後の授業をすっかりお忘れのようですから申し上げますが、始業まであと二分でございます。此方は放課後に頂くとしましょう」
「一分で食べれるわ!!」
「は? 料理長渾身のこんなにも美しいゼリーを一分で掻っ込む気ですか? お嬢様は底無しのアホでございますか?」
それは作った者への礼儀がなってなさすぎる。瑞々しい果実を花のように切り、外側を飾るように配置されたこの美しい三層のゼリーを一分で掻っ込むと言うなら、俺も黙ってはいない。
「っ、……わ、分かったわよ!! 後で食べるわよ!! だから離しなさいよっ!! 料理長!! これは冷蔵して取っておきなさい!!」
料理長は元から見せるだけのつもりだったのだろう。恭しく頭を下げた彼は魔石保冷庫にゼリーをしまうと、すぐさまドドドドと駆けていくお嬢様と、それを追う俺を苦笑いで見送った。
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