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一話 〈2〉

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「マリーと僕って結構仲良しじゃない? なのに名前も出ないの?」
「……悪役の過去なんてどうでもいいもの。ロバートなんて登場人物はいなかったわ」
「ひっど」
「しょ、しょうがないじゃない。貴方、三男だし。きっと冒険者として家を出ていて、物語に関わることなんてなかったのよ」
「それにしたってさあ……ひどい、酷すぎるよ、僕だって物語に関わりたいよ。どうすればいいと思う?」

 実際はそんなに悲しくもないし関わりたくもない。
 マリーディアが断罪されて幽閉されるような状況って、割と殺伐とした物語なんだろうし。
 それでも彼女の想像に付き合って大袈裟に嘆いてみせると、マリーディアは少し困ったような顔をして僕を見上げた。

「…………そうね、少なくとも学園には入学すればいいんじゃないかしら」
「王立魔法学園?」
「ええ。お話の舞台がそこだから……」
「十五歳から入学だったっけ。冒険者登録が出来るのも十五歳からだから、通う気なかったんだけど……行ってみようかな」
「……ロバートも来るの?」
「うん、行こっかな。除け者は嫌だし」

 僕は冒険者になりたくて堪らなかったから早々に家を出る気でいたけれど、王立騎士団の長である父はどうにかして僕を騎士団員にしたがっている。
 剣術なら兄弟で一番の才能があるんだってさ。僕は連携とか規律とか死ぬほど嫌いだから絶対行きたくなくて、しょっちゅう揉めている。

 最悪、身一つででも逃げ出す気満々でいるのだが、マリーディアがこんな状況なら落ち着くまでは側にいた方がいいかもしれない。
 元々通えって言われているところを拒否しているのだから、僕の意思一つでいつでも行ける訳だし。

「その物語ってやつはどういう話なの? マリーディアが断罪されるって、何する訳?」
「それは…………、………………」
「えっ、もしかして人とか殺す?」
「…………殺しかけはする、わ」

 沈黙があまりにも長かったのでかなり重い犯罪かと思って尋ねたところ、なんと肯定が返ってきてしまった。

 なんだか長くなりそうなのでとりあえず着席を促す。
 後ろの家庭教師は今にも怒鳴り散らしそうな顔をしていたけれど、そこには確かに半分ほど怯えが混じっていた。
 突然こんなことを言い出したマリーディアを見て、気が狂ったのだと思ったのだろう。

 いずれは王太子の婚約者に、と望んで教育を施している筈の娘が気狂いになったとなれば、恐らく公爵はマリーディアと共に家庭教師も責めるに違いない。

 侯爵にとってまだ利用価値のあるマリーディアと違って、家庭教師は職を失えば後がない。
 『あのローヴァデイン家の令嬢を狂わせ教育に失敗した教師』という評判がついてしまえば、少なくとも王都では職は見つからない訳で。

 その辺りはしっかり打算的らしい彼女は、治った手のひらを忌々しげに摩りながらも、この場はマリーディアを正気に戻せるように口を挟まないことを決めたようだった。
 あと多分、単純にさっきのマリーディアが怖かったんだろう。
 まあね。あれはちょっと。人の子がする目じゃなかったと思う。

「……私は王太子の婚約者になるけれど、婚約者は学園で出会った平民出身の少女に恋をしてしまうのよ。そして婚約破棄されそうになった私はそんな彼女に嫉妬して、将来聖女の力を発揮する彼女を私欲で殺そうとしてしまうの」

 椅子に腰掛けたマリーディアは、幾分落ち着いた、というよりは覇気のなくなった声でつぶやいた。

 第一王子アルフレッドの婚約者候補として有力視されている令嬢は現在四人いる。
 当然、マリーディアもそこに含まれている訳で、彼女が第一王子の婚約者になる、という未来自体は誰でも予測のできるものだった。

 しかし第一王子が婚約者がいるにも関わらず平民出身の少女に恋をして、婚約破棄までする、とは。
 なかなかにぶっ飛んだ発想であると言えるだろう。

 そもそも王族は通常の貴族とは違い、側室を持つことが許されている。
 公的に複数人の妻を持つことができるし、王妃以外に愛を向けることもある。
 その辺りは、歴史でも示されている通りだ。

 そんな中でアルフレッド殿下の目に留まり正妃として娶られるのが平民出身の、しかも聖女となると…………どんな確率でそんな未来に繋がるのか。

 正直なところ、素直に受け入れることは出来ない話だった。
 だが、ここで否定してしまえば、マリーディアは二度と僕にこの話をしてくれることは無くなるだろう。

 特に口を挟むこともなく頷きながら聞き続ける。マリーディアは時折言葉を途切れさせながら、記憶を辿るようにしてゆっくりと『物語』を説明した。

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