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二十二
しおりを挟むハルヨシが、顔を上げた。シェリーの言葉の意味が、いまいち掴めていないのだろう。
伺うように見上げてくる彼の前で、シェリーはその日一番の、優しい笑顔を浮かべた。彼を安心させられたらいい、と思いつつ。
「本気でかかってきて頂けますか。私も、本気で行きますので」
「……………僕は度々、君のことがよく分からなくなる」
「これから知っていってくだされば嬉しいです」
ハルヨシが、自分を害することで傷ついてしまうというのなら、シェリーには躊躇う必要はなかった。
彼女の暴力的なまでの力の強さは、誰かを構わずに傷つけてしまうものだ。あまりにも人間離れしていたそれを疎まれ、押さえ込み、人の枠に収まって生きてきたシェリーには、ハルヨシの苦しみが少しは分かる。
自分で抑えられないものならば、他の人がどうにかしてやればいい。人は助け合って生きていくものだし、それは、恋人同士なら尚更だ。
「来ないのであれば、そうですね。私から、いかせていただきます」
「う、ん?」
未だ戸惑っているハルヨシの両手を掴むと、シェリーは躊躇うこと無く彼を押し倒した。
ベッドに落ちたハルヨシの腹の上に乗り、そのまま彼を押さえつける。呆けた顔をしていたハルヨシは、そこでようやく身体に力を込め、そして、暫くの後に力を抜いた。
「……おや、まあ」
全力を出した、というには少し違う。ハルヨシの霊力は身体に回すことが出来る分と、式神に回す事が出来る分が存在しているからだ。
両手が自由であったなら、きっとこれほどまでになすがままにならないだろう。式神を使って初めて本領発揮となるハルヨシに、単純な腕力での押さえ込みが完全に有効だとは言えない。
けれども、ハルヨシを心から愛し、彼の為を思って力を振るうシェリーがその動きを封じるには、それで充分だとも言えた。
「どうでしょうか。貴方の隣を歩くには、これでは足りませんか?」
ハルヨシを見下ろしたまま、シェリーは少し不安げな様子で口にする。
「…………これは、参ったなあ」
足りない、と言い切れない。
ハルヨシを失えば死ぬ、という、ハルヨシにとっては喪いたくない少女。彼女に隣を歩いてもらうには、これだけの力があれば充分だろう。
何よりも、愛してしまったのだ。自分を愛してくれる人を愛す喜びを知ってしまった。恋をすると、人は強欲になる。ハルヨシは半分は人ではないけれど、もう半分は人だ。
鈍った判断力は、真剣に見つめてくる少女の熱いまなざしによって、容易く傾いてしまった。
「……君を愛してもいい?」
「勿論です」
「僕が君を食べそうになったら、その時は殺してくれ」
「……勿論です」
「…………シェリー」
「……どの辺りまで許容範囲かを決めましょう」
「シェリー」
「利き手と逆まででしたら、私は大丈夫です」
何一つぶれることのない真剣な眼差しがハルヨシを見下ろしている。彼女は至って真面目に、どこまでも本気で口にしているようだった。
それはそれで、あまりにもタチが悪い。
「……あのな、シェリー」
呆れた様子で口を開きかけたハルヨシは、寄せられた唇が大顎に触れると同時に黙る羽目になった。
無意識にでも動かしてしまうと危ないからでもあったが、単純に虚を突かれて言葉を失ったからでもある。
固まったハルヨシの手袋が残る方と指を絡め、握りしめたシェリーは、なんとも幸せそうに笑った。
「ハルヨシ様。愛するというのはそういうことです」
「……そういうことなのかい」
「はい」
自信満々に頷くシェリーに、ハルヨシはただ、困ったように笑うしかなかった。
一月後、海を越え、閑散とした丘の端に居を構えた二人は、生涯人目につくことなく共に暮らすこととなった。
了
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