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二十一
しおりを挟む昔、彼は一人の女性を愛したことがあるそうだ。彼女は人であったが分け隔てなく優しく、当然混ざりモノのハルヨシにも優しくしてくれた。
人を遠ざけようとするハルヨシにも何かと食べ物を差し入れてくれ、彼を蔑むものがあれば庇ってくれた。
母を喰らい、死を願いながら生きていた彼がその優しさに惹かれるのに然程時間はかからなかった。
優しい人だった。そして、その優しさが、彼女を死へと誘った。
人として惹かれる気持ちの他に、どうしても、どうしても彼女を喰らいたくなったのだと、ハルヨシは語る。
妖だった父ならば完璧にそれを御することが出来たのだろう。だがハルヨシにとってはそれは抑えようもない衝動へと変わり、矛先は違えることなく彼女へと向かった。
彼女は優しかったけれど、決してハルヨシを愛してはいなかったから、母の守りによって彼女の抵抗は抵抗にすらならなかった。
「……君に抱いてほしいと頼まれた時、危ういと思ったよ。自覚しかけていたんだ、いつも、そういう感情は無視することにしていたのに。だから早急に、死ななければならない、と思った」
「…………それは、つまり」
「……言わないよ。言葉ってのは、心を縛るんだ。奮い立たせることも、切り裂くことも出来る。口にすることで力になるんだ、言霊とも言うけれど」
だから言わない。言ったら、すぐにでも喰らってしまいそうだから。
それそのものが答えのようなものだと、ハルヨシも分かっているのだろう。苦笑交じりに、彼は疲れの滲む息を吐く。
「だから、僕が死んで、君が死んでしまうのなら意味がない。かといって、生きていても君を殺してしまうだろう。君には、僕を殺して、忘れてどこか別のところで生きていって貰わなきゃ困る」
「…………出来ません。ただでさえ忘れられないのに、殺した上で忘れるなんて、……出来る筈がありません」
「…………だろうね」
乾いた笑みを零したハルヨシは、それでも、と続けた。声は微かに揺れている。
君を喪うのが恐ろしい。それならば失ったほうがまだマシだ。
そう、呟くハルヨシはまるで幼子のようだった。行く宛を失ったような、取り残されたような声音。彼は実感し、自覚してしまったのだろう。
シェリーが本当に彼を愛していることを。彼もまた、シェリーを愛してしまったことを。
衝動を堪えているのか、かちかちと、大顎が噛み鳴らされる音がする。
微かに響くその音を聞きながら、シェリーは意を決して、前へと進み出た。
ぎ、と古ぼけた床板が軋む。俯いたままのハルヨシの肩が小さく跳ねた。構わず、目の前へと歩む。
「ハルヨシ様、ひとつ試して頂けませんか」
「……何を?」
「私が、貴方を押さえ込めるかどうかを」
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