人喰い伯爵は少女を救って恋を知る。

藍槌ゆず

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十七

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 不動で待ち続けるシェリーの前で、ゆっくりと本を拾い、埃を払う。そしてゆっくりと本棚に戻したハルヨシは、明らかに困り果てた声音で呟いた。

「…………抱くって、つまり、……………性交渉をしろと?」
「はい。あ……もしかして、ハルヨシ様はそういうことは出来ないお身体なのでしょうか……」

 だとしたら要求を間違えたかもしれない。一人焦り始めるシェリーに、ハルヨシはそっと頭を抱えた。
 はあ、と深く落とされる溜息に益々慌て始める。彼を殺さなければならないと思った時に、一番に出てきた望みがこれだったので素直にそれに決めてしまったのだが、もう少しよく考えるべきだった。
 焦りながら代案を探そうと思考するシェリーをちらりと盗み見たハルヨシは、ふ、と笑みを零すと身体を椅子の背に預けた。ぎい、と古い椅子の背が鳴る。

「そういう……そういうことだろうな。全く、参った」
「ハルヨシ様……?」
「ああ……うん。君を、抱こう。今夜、部屋においで」
「ほ、本当によろしいのですか」
「……良いけれど、その後は確実に殺してくれ。でないと、君が困ったことになる」

 ほんの少し、冷えた声で告げられた言葉の意味は、シェリーに推し量ることは出来ない。
 傾げそうになった首を慌てて首肯に切り替える。ハルヨシはどうにも少し、参っているような様子で、これ以上彼の手を煩わせることになる前に部屋を出た方が良さそうだった。
 ぼんやりと呆けたように、宙を見るハルヨシに一礼し、シェリーは部屋を後にした。





「確認だけれども、本当に構わないんだね?」

 ベッドまで入ってから聞くことなのだろうか、とシェリーは真っ赤な顔でハルヨシを見上げながら思った。
 この状況でそれを聞かれるのは、途方も無く恥ずかしい。折角覚悟を決めてやってきたというのに、そういうことを聞くのはどうなんだろうか。
 恥ずかしさと不満から、少しむっとしたシェリーに、ハルヨシは困ったように笑った。

「ごめんよ、無粋な質問だった」
「いえ……本当に、構いませんから……お好きなように、してください」

 ぎゅ、と両手を胸の前で握る。その手に、革手袋に包まれた手が重なった。
 二人とも、双方の理由から服は着たままだ。シェリーは傷だらけの身体を見られたくはないし、ハルヨシもあまり自分の身体を人に見せたくはない。
 譲歩し合った結果こういう形になったのだが、これはこれで妙に恥ずかしいような気もして、居心地が悪い。衣擦れの音がする度に心臓が跳ねる。真っ赤な顔で震えるシェリーを見下ろして、ハルヨシはどこか惚けた声で呟いた。

「……君は本当に僕が好きなんだな」
「…………そうですよ、言ったじゃありませんか」
「うん、聞いた。聞いたけども……実感が無い」
「……好きですよ、ハルヨシ様」

 ひく、と手のひらが震えるのを感じた。

「愛しています」
「うん」
「愛してるんです」
「……うん、」
「あいしてます、はるよしさま」

 殺したくないです。言葉に出来なかったそれを、ハルヨシはきっと感じ取っているだろう。
 ぼろぼろと、涙を零すシェリーの頬を、ハルヨシの指先がそっと拭う。それはとても優しい手つきで、堪らなく嬉しかったけれど、それでも彼は一度も、「僕も」とは言ってくれなかった。


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