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十六
しおりを挟むそうして、今日まで二人は顔を合わせることもなく過ごすことになったのだ。
拒絶の言葉を浴びせられた訳ではない。けれども、部屋に入ることも許されず、呼びかけても出てこないのなら、そういうことなのだろう。
ハルヨシは死ぬために生きてきた。自分を殺してくれる、そんな人を求めて。
百年以上待ち続けた彼が、漸く出会えた人間がシェリーだというのなら、それは、確かに、悲しいけれど、嬉しいことなのかもしれない、とシェリーは思った。
――――もうすぐ、夏も終わる。このまま、彼に甘えている訳にはいかないだろう。
ハルヨシには恩がある。シェリーには彼のいない世界で生きていく自分など想像が出来なかったが、それならそう、彼を失った後に自分も死ねばいいのだ。
その結論に至り、覚悟を決め、元より諦めていた人生だったのだと開き直ったシェリーは、ハルヨシの望みを叶えよう、と思った。
このまま顔も合わせず、言葉も交わせないのなら、むしろ最後に至上の幸福を経て大切な人を失おう。
そう、決意をして、シェリーはハルヨシの私室の前に立った。
「ハルヨシ様、よろしいでしょうか」
返事はない。シェリーは尚も呼びかけた。
「あの件について、お話があります。開けてくださいませんか」
「……開いてるよ」
扉を開け、一礼する。何をするでもなくぼんやりと椅子に腰掛けていたハルヨシは、シェリーを見ることなく本を一冊、手元に引き寄せた。
目を合わせないで済む理由付けだろう。シェリーは真っ直ぐ、背を正したまま、俯くハルヨシに声をかけた。
「貴方を殺す決心がつきました」
「……本当に?」
顔を上げたハルヨシと、視線がかち合う。
先日悲痛な顔で頼みを断ったシェリーが何を思って心変わりしたのか分からないのだろう。どことなく訝しげな視線を向けてくるハルヨシに、シェリーは一度呼吸を整えてから口を開いた。
「……でも条件があります。それを叶えてくれたなら、私は、ハルヨシ様を……殺させて頂きます」
「条件? いいよ、何なりと」
「私を抱いて下さい」
本が落下した。
ごとん、と音を立てて落ちた古書が雑に開かれる。紙の捲れる音すらはっきりと聞こえる程の沈黙が落ちた。
表情の動かない顔が呆然としているのが、手に取るように分かった。そんなに驚くようなことだっただろうか。シェリーはハルヨシを愛していたし、愛する人に求めることなど、究極的にはそういうことしかないだろうに。
これまで、こんな風に動揺するハルヨシを見たことがなかったシェリーは、些か面食らいつつ返答を待った。
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