人喰い伯爵は少女を救って恋を知る。

藍槌ゆず

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十四

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「髪色が合わないかと思ったけど、案外見れるな」

 散々体をまさぐられ、途中、息すら止まりかけながらも着付けを終えたシェリーを見下ろして、ハルヨシは一応は満足した様子で頷いた。
 彼の手によって結い上げられた髪には、これもまた彼の国の物だという装飾品の簪なるものが刺さっている。
 針を思わせる形状のそれには、着物に描かれた花に似たものが印されている。我が家の家紋だった、と特に感慨も無く呟いたハルヨシの声を聴きながら、シェリーは未だ収まらない鼓動を押さえつけるように胸元に手を当てていた。

「じゃあ、行こうか。二階のバルコニーにしよう、きっと今が一番綺麗な色をしている」

 靴は流石に用意できなかったようで、シェリーが履いているのはいつも通りの物だ。歩きやすいが、明らかにちぐはぐで、なんだか妙な気持ちになる。
 それを言ってしまえば普段のハルヨシもそうなのだが、姿見で確かめた自分の見目は、見慣れない分、少し頓珍漢な有様に思えて恥ずかしかった。
 バルコニーの椅子に慎重に腰掛けながら、不安をそのままに口に開く。

「あの、私、おかしくないでしょうか。どうにも着慣れないものなので、その……違和感があります」
「無いと言えば噓になるけども、許容範囲だな。重要なのは似合っているかどうかより、私がそれを君に着せたことだからね」
「……そう、ですか」

 女性に服を贈る、というのがどういう意味かは、シェリーも一応知っていた。
 けれども、それを色々と感性の違うハルヨシがどう思っているのかは知らない。単純に、『自分が着せたかったこと』が重要でシェリーの見目になど興味はないということかもしれないし、好きで着せたのだから似合うかどうかなど気にするなということかもしれない。
 別に、シェリーにとってはどちらでも、これを着ることでハルヨシが楽しんでくれるのなら問題は無いので構わなかった。
 ただ少しだけ、妙な期待をしてしまった自分が恥ずかしいだけだ。

「ハルヨシ様、お持ちいたしました」
「ああ、ありがとう」

 沈む夕日が、空を真紅に染め上げている。
 頃合いを見計らってやってきたアルフレッドから西瓜の乗った皿を受け取り、ハルヨシはその中の一切れを手にした。
 シェリーも促され、同じように西瓜を取る。持ってきた西瓜の半分を切り分けたらしいそれは食べやすい大きさになっていた。
 
「甘いね。私が子供の頃は、もっと味が薄かった」
「ハルヨシ様にも子供の頃があったのですか」
「あるよ、君は僕がこのまま生まれてきたとでも思ってるのかい?」
「それは思わないですけど、でも、想像がつかなくて」

 シェリーの言葉に、ハルヨシはからからと機嫌良さそうに笑った。
 こういう笑い方をする時の彼は、少年めいていて愛らしい雰囲気に変わる。度々、一人称が変わるのもそれを加速させていた。
 時を重ね、言葉を交わす内に、ハルヨシは時折とても砕けた口調になることがあった。それは親しくなればなるほどに増え、その態度と辺りに漂う雰囲気から、シェリーは自分が彼に気を許されていることを悟った。
 それに気づいた時の喜びと言ったらない。シェリーは、彼が柔らかい、少年じみた物言いになるのが堪らなく好きだった。

「母とこうして、夕日を見ながら食べたものだ。家を出てからは殆ど口に出来なかったけれど、夕日を見るとあの味を思い出していたよ」

 屋敷の周りに広がる森の中へ、太陽が赤く輝きながら沈んでいく。
 橙色に染まり、輝く森の木々は美しく、それを眺めるハルヨシはどこか遠くへ意識を向けるような顔をしている。
 どこか寂しげに見えるその横顔を眺めていると、不意にハルヨシが視線を此方に向けた。
 シェリーはびくりと肩を震わせ、そして静かに息を呑んだ。

 赤く照らされたハルヨシは、見目も相まってとてもこの世の存在とは思えない。
 時間が止まってしまったのかと思えるほど長く、見つめ合う。
 じっと、お互いがお互いを見つめている。僅かに熱の籠った視線を受け止め、シェリーは体が熱くなるのを感じた。

「シェリー、言ってくれる?」

 微笑んでいるのだと、その目を見て分かった。無機質にすら見える、表情の変わらない顔。
 彼はもう、シェリーの気持ちを分かりすぎるほど、分かっているのだろう。
 本来ならば人のように微笑むことなどありはしないのに、その目に映る温かな感情に惹かれ、シェリーは半ば無意識にそれを口にしていた。

「あいしています」

 口にした途端、シェリーは自分の内側から燃えるような熱が上がるのを感じた。
 夕日は既に沈んでいる。けれども、火照った顔はランタンの灯りで隠しようもない。どうしようもなく甘く、苦しく、堪らない気持ちを抱えたまま、シェリーはハルヨシを見つめていた。
 シェリーの告白を受け取ったハルヨシは、小さく笑い、その触角を揺らす。シェリーにとってはその笑い声すら愛おしく、堪らない気持ちになった。

「ありがとう、嬉しいよ。本当に嬉しい。だからね、シェリー。僕の願いを叶えてくれないか」
「なんでしょうか、ハルヨシ様」

 その時、ハルヨシの瞳がとても嬉しそうに、けれどもどこか悲しげに輝くのを、シェリーは見た。

「僕を殺してほしいんだ」

 
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