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十三
しおりを挟むハルヨシは、案外甘党だ。案外、という言い方は少し間違っているかもしれない。
彼はスズメバチを模した物の怪と人の『混ざりモノ』である。完全に虫の性質を持つわけでも、人の性質を持つわけでもない彼をどちらかにはっきりと分類することなど不可能ではあるが、逆を言えばハルヨシはどちらの性質も持ち合わせているといえた。
スズメバチらしく、花の蜜や果実を好ましく感じる部分があるのだ。
「ハルヨシ様! すいかですよ!」
冬を越え、春を過ぎてすっかり暑くなった頃のこと。
結局詳細を教えて貰うことも無く終えた『食事会』の記憶も薄れ、ただただハルヨシと過ごす生活に日々喜びを噛み締めているシェリーはその日、ひとたまの西瓜を抱え、書斎に閉じこもるハルヨシを訪ねた。
「うん? おや、本当に西瓜だ」
分厚い古書に目を落としていたハルヨシが、顔を上げる。シェリーの腕に抱えられた西瓜を見とめた彼は、本を脇へ寄せると興味深げに立ち上がった。
革手袋の指が軽く西瓜を叩く。身の詰まった音を聞いたハルヨシは、満足そうに頷いた。
「良い西瓜だね」
「はい! 品種改良?というので、前の物より甘くなっているんですって!」
「ほうほう、それは楽しみだ。いつ食べようか? 私はこれを日が沈む頃に食べるのが好きだな」
「じゃあ、すぐに用意します」
窓から外を覗く。緩やかに夕陽とへ姿を変えつつある太陽に、シェリーは一礼し踵を返した。
部屋の外へと踏み出そうとした彼女は、そこで後ろから体を抱えられ軽い悲鳴を上げた。
「ひゃあ!?」
「おっと、危ない。落とさないでくれよ」
「は、はい、でも、その」
「折角の西瓜だ。懐かしいついでに君にも付き合ってもらおう」
「はい?」
きょとん、と目を瞬かせるシェリーに、ハルヨシは指を鳴らしてアルフレッドを喚び出した。
主人の意思は全てを把握しているアルフレッドは、穏やかな笑みを浮かべて一礼し、シェリーの手から西瓜を受け取る。
部屋を後にしたアルフレッドを間の抜けた顔で見送っていたシェリーは、そのままハルヨシに抱えられ、彼の私室へと移動させられた。
書斎と違い、あまり立ち入ることのないハルヨシの部屋。
物珍しさからつい室内を見回してしまったシェリーは慌てて目を伏せ、抱えられるままにクローゼットの前へと引きずられていった。
片手で開かれたクローゼットから、ふわりと甘い芳香が漂う。花の蜜を思わせるそれは、時折ハルヨシ自身からも漂っているものだった。
目を奪われる。
クローゼットの中には、美しい刺繍の施された藍白の着物がかかっていた。
薄い、水色のような、溶け行く雲に似た色合いのそれには、白や金の刺繍で大輪の花が描かれている。
知らず、見入るシェリーの口から惚けた吐息が零れる。シェリーにはこういったものの良し悪しは分からないが、ただ、気圧される程美しいことは分かった。
「まさか本当に誰かに着せる日が来るとは思わなかったよ」
ハルヨシは呟き、脇に抱えていたシェリーを下すと、珍しく裂くことなくシェリーのエプロンドレスに手をかけた。
半ば呆然としていたシェリーは反応が遅れる。気づいた時には既にアンダードレスだけにされていた自分の体を見下ろして、シェリーはお馴染みの首まで染まる赤い顔のまま、ものの見事に固まった。
幾らなんでも、肌着を見られすぎではないだろうか。ハルヨシは基本、言葉は雑だがシェリーを大事にしてくれている。けれど、どうしても生き物としての性質の差なのか、彼自身の性格故か、こういう部分での配慮が全くと言っていいほど無かった。
「ハルヨシ様! 私、いつも自分で脱ぎますと! 言って、おります!」
「でも君は私が見ていると服を脱ごうとしないだろう?」
「とっ、当然です! こんなものを見せる訳にはいきませんし、その、だって、」
「それに君はこれの着方を知らない。私が脱がせて、着せてやった方が早いよ。さ、アルフレッドが準備を終える前に着替えてしまおう」
淡々と、それでいてどこまでも楽しげに言い放つハルヨシを相手にして、逃げる道はひとつも見つからなかった。
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