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九
しおりを挟む久々に、アルフレッドの姿を見た。
シェリーがメイドとして勤め始めてから半年と、二月を過ぎた頃のことだ。
それまでシェリーを雇い入れてから姿を見せていなかったアルフレッドが、あの時に見た御者を連れて屋敷を出ていくのを見た。
アルフレッドも御者も、ハルヨシの式神だ。彼の血と、幾つかの材料から作られた、命を持たない存在。
そんな彼らが働くということは、つまり、また『食事会』が開かれるのだろう。
シェリーは何故か世話をせずとも一向に枯れる気配も色褪せる気配もない薔薇を戯れのように弄りながら、ほう、と溜息を吐いた。
なぜ自分には何も教えてくれなかったのか。考えて、すぐに出た結論に思わず自嘲した。
元々何の取り柄もない。教えてもらったところで何が出来るのかと言えば、何一つ、出来ることはない。
全てを知った上で素知らぬ顔で客人を誘い込むような真似は、シェリーには想像することすら難しい。恐らく、食事会が始まる前に自室に戻り、出てこないようにと言われるのだろう。
朝から書斎に籠り切っているハルヨシと顔を合わせていなかったから言われていなかっただけで、そんなに深く考えることではない。
それでも、どこか憂鬱な気持ちになりながら溜息を吐いていたシェリーの耳に、足音が聞こえた。
二人分、だ。
「おやおや、美しい庭に似合いのメイドまでいるとは、此処を選んで正解だったな」
不意に響いた聞きなれぬ声に、シェリーの肩がびくりと跳ねた。
憂鬱に任せて慰めるように撫ぜていた薔薇から手を離し、振り返る。そこにはどこから入り込んだのか、だらしなく膨らんだ腹を撫でつけ、むくんだ顔に厭らしい笑みを浮かべた男が立っていた。
よく肥えた蛙のような印象を受けるその男に、シェリーは見覚えがあった。
隣の領地を治めるウィンゲルム伯爵だ。まだノーランド家が程ほどに裕福だった頃、姉が一度声をかけられたことがある。その頃から既に脂ぎった中年に差し掛かっていたウィンゲルムの誘いを我儘と駄々を捏ねて父に何とか断ってもらった結果……シェリーにとっての地獄が出来上がった。
彼に対して良い印象は無い。それどころか存在すら疎ましい、と思っていたが、ウィンゲルムの方はシェリーのことなど記憶の片隅にも無かったようだ。
脂肪の乗った瞼を機嫌よさげに細め、シェリーへと近づいてくる。お付きの者が一人、その後ろについていた。
「中々に愛らしい娘じゃないか、ん? 歳は幾つだ」
問いかけてくるウィンゲルムの顔をまじまじと見つめながら、シェリーは思考する。
幾ら伯爵と言えども、何の断りもなく庭まで入ってくるなんてことが許されるだろうか。ということは、もしや、彼が食事会の客? いや、それならばきっと、ハルヨシは朝から部屋を出ないよう、シェリーに言い含めたに違いない。
恐らく、いや、明らかに、彼は招かれざる客だった。
「あ、あの、どうしてこちらに、旦那様からは何も聞いておりません、が」
一歩近づかれるたび、同じく下がる。
決して距離を縮めないようにして問うと、ウィンゲルムは明らかに機嫌を損ねたようだった。
「わしが入ってはならん理由など無かろう。見事な庭園があるというから、わざわざこんな辺鄙な所まで来てやったのだ」
高圧的な物言いからは、突然の訪問や、家主に断りもなく庭に入り込んだことへの遠慮など微塵も感じられない。
姉へ誘いをかけている際にも度々そういう面は見ていた為、そのような人間であることは想像がついていたが、いざ目の前でふてぶてしい態度を取られると不快感を抑えきれなかった。
そのまま、顔に出てしまった。眉を顰めかけ、慌てて表情を取り繕うがもう遅い。
目ざとくそれを見つけたウィンゲルムは、シェリーを屋敷の玄関扉まで追い詰めると、無遠慮に彼女の胸を掴んだ。
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