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六
しおりを挟む「この傷は全て、マリア嬢とノーランド夫人が?」
「え、あ……はい、そうです、姉と、母に」
「あんな生き物を姉だ母だと呼ぶ必要はないだろうよ」
掴まれていた手首はあっさりと解放される。
呆れたように呟く伯爵の声を聞きながら、シェリーは痣や火傷で傷だらけの身体を守るように抱き締めた。
その上から、ふわりと何かが被さる。
俯いていた顔を上げると、そこには伯爵が身に纏っていた上着が掛かっていた。
「は、伯爵様、こんな、汚れてしまいます」
「おや、君はどうも、度々この惨状を頭から追い出してしまうようだ。折角、憎い姉と母を亡き者に出来たというのに、忘れてしまうのは勿体無いな」
笑いながら血染めの部屋を見渡す伯爵に、シェリーは項垂れるしかなかった。
忘れてしまう、というより、どうにも最中の記憶すら曖昧なのだ、と答えるのはあまりにも言い訳じみていた。
姉と母を殺す最中、恐ろしいほどに甘美で、まるで飲んだこともない酒に酔っているかのように気分が高揚していた。でなければ、長年虐げられた鬱憤が溜まっていたにしても内気で気の弱いシェリーに殺人など犯せるわけがない。
「だが、まあ仕方あるまい。判断を鈍らせる香を焚いておいたからな……君は、随分と効きが遅いようだったが」
指先を曲げ、比較的丸みを帯びた部分でシェリーの顎を持ち上げた伯爵が、上機嫌に笑う。
紡がれた言葉の意味を解する暇も与えず、伯爵は言葉を重ねた。
「シェリー、君は姉と母を喪い、行く宛もなく困っているね」
「は、い……そうで、す」
「そうか、それは都合が良い。私も式神ばかりと過ごすのは少々飽いていた所だ。君をこの屋敷に雇い入れることにする。給金は言い値を出してやるから、考えておきなさい」
楽しげに告げた伯爵の言葉に、シェリーは目を見開いた。
さてどうしたものか、と少し悩むように部屋を見渡す伯爵へ、一歩詰め寄る。
「そんな! そこまで迷惑をかけるわけには、私のことなどどうぞ、姉や母と同じく――、」
「ところで、私の名前はハルヨシというんだ。サンドーラ・リファルというのは此処に住んでいた男の名でね」
「は、はい?」
突然、伯爵はごく親しい友人と交わす世間話のような調子に語り口を変えた。
目を瞬かせるシェリーの返答など耳に入っていないようだ。そもそも聞く気がないのかもしれない。
「今から五十年ほど前に殺して喰らって以来、私はずっとリファル伯爵のフリをして生きている。おかしいと勘繰っている者もいるだろうに、誰一人何も言ってはこない。私が、街の厄介者ばかりを狙っていると気づいているからだろう。賢明な判断だ、彼らに私を屠る術はないからな」
伯爵は軽やかな、甘みを帯びた声で歌うように続ける。
「私のようなものを、祖国では『混ざりモノ』と呼ぶ。妖怪、物の怪の類だが……人にも成れず妖にも成れない、無様で惨めな生き物だ。しかして、私には他の者に勝るだけの霊力がある」
何が面白いのか、笑いを堪えるように語る伯爵――ハルヨシは、シェリーの軋んだ金髪を指で梳きながら、そっと彼女の耳元に口を寄せた。
「さて、これらを知った君を帰す訳にはいかないし、殺さないのには理由がある。君には、私の望みを叶えて欲しいんだよ。それには雇ってしまうのが手っ取り早い」
「望み、ですか?」
「ああ、そうだ。私はそれを夢見て生きてきた。いつか君にも話そう」
だから今は、黙って私に仕えたまえ。
甘く痺れるような優しい声音に、シェリーは黙って頷くことしかできなかった。
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