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三
しおりを挟む「いやぁぁああ————っ!?!」
「マリア!? どうしたのマリア!」
カーテンの向こうから聞こえたそれに、シェリーも目を向ける。
赤いカーテン。赤い絨毯。先程までと同じ色がそこにはあった。
違うのは、姉の水色のドレスが、それらと同じく真っ赤に染まっていることだった。
絶え間なく叫ぶ姉は、暴れまわりながらこちらへと逃げ出す。逃げ惑う姉の体にはカーテンが巻き付き、錯乱した姉はそれを引きちぎるように床へと転がった。
向こう側が、露わになる。
「ひっ、ひぃ! 化け物——!」
母が叫ぶ。驚きのあまり尻餅をついた彼女の少し後ろで、シェリーはただ呆然と彼を眺めていた。
|首から下は、華美ではないが質の良い服に包まれており、見慣れた貴族と同じく権威と品格を漂わせている。
だがしかし、首から上は、凡そ、人間と呼べるものではなかった。
見た目は、図鑑で見たオオスズメバチによく似ていた。
黄色と黒の入り混じる、複雑な作りの顔。揺れる触覚も、煌めく複眼も、大きく発達した顎も、どう見ても人間のものではない。
引きちぎったばかりの姉の腕でゆるりと宙を凪ぎ、鮮血を撒き散らすリファル伯爵は、成る程、確かに母が零した通り、化け物としか言いようのない存在だった。
「あっ、あ、あ、私の、おかあさま、私の腕がぁ——!」
「ああ! ああ! マリア、マリア、私の可愛い子、なんてこと……!」
姉の右腕は、肘から先が無かった。
泣き叫ぶ姉の元へと母が走り寄る。母は千切れたカーテンの端で必死に傷口を抑え、それでも止め処なく溢れる血を見ると泣き叫んだ。
「どうしましょう、血が、血が止まらないわ! 貴方! 一体どういうつもりですの、私の可愛いマリアに、どうして!」
涙声で詰る彼女の手も、見る見る内に赤く染まっていく。
早鐘のように打つ自身の鼓動を抑えるように胸元を握り締め、シェリーはどこか遠くでその叫びを聞いていた。
「先日、面白い話を聞いたのだよ。ノーランド夫人」
何一つ、変わることなく柔らかな声が落とされる。
千切った腕を皿の上に乗せ、その腕を包む袖を剥ぎ取った伯爵は、ナイフとフォークで丁寧に姉の腕を切り分け始めた。
「近頃、年若い娘が姿を消しているのだとか。それは決まって——ノーランド夫人、貴方の古馴染みの店の近くで起こるそうで、ええ、もう二十人は消えているようだ」
固まる姉と、母の前で、姉の腕が切り分けられていく。特別製なのか、随分と切れ味のいいそれは瞬く間に姉の腕を一片の肉塊へと変え、フォークに乗せられたそれは伯爵の口へと収まる。
大顎の奥、口内へとそれを収めた彼は、二、三咀嚼すると、何とも残念そうな声音で呟いた。
「ああ、これは不味いな。貴方がたが売り飛ばした娘達の方が、余程美味かったに違いない」
「な、なん、なに、何を、言って」
「マリア嬢、ノーランド夫人。私は貴方がたの罪を問うことはしない。逆に、何を言われようと生かして帰すこともないが。正義を気取る気もないし、貴方がたが自身の過ちに気づいて、手を引けば私も見ぬふりをするつもりだったよ。ペドフィリアのマコヤック男爵も、シリアルキラーのフロゥキア子爵も、ネクロフィリアのダカイル伯爵も……度が過ぎなければ今も生きていただろうに」
挙げられた名が、リファル伯爵の紹介で|王都へ居を移した家のものだと気づくのに、あまり時間はかからなかった。
そういうことに疎いシェリーですらそうなのだ、母と姉はとうに察したのだろう。話の途中から、失血していない母までが蒼白だった。
「は、伯爵様! 仕方なかったのです、わ、私達には後ろ盾もなく、夫を亡くし困窮した我が家を支えるにはこれしか方法が、」
「ああ、そういうのはいい。興味が無いんだ。重要なのは貴方がたが仕出かしたことと、私の腹が満たされることだから」
「たす、助けてください! 私はどうなってもいい、娘だけは、娘だけは! たす——、」
叫ぶ母の言葉が途切れた。
いつ間にか立ち上がっていた伯爵の手から、手袋が外されている。真っ赤に染まったそれは、形こそ五本の指と手のひらを持つが、顔と同じく人とは異なる代物だった。
鋭利な刃物のように尖った指先が、母の首を薙いだのだ。そう、気づいたのは、その首がごろりと床に落ちるのと同時だった。
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