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 一人の夕食は寂しかった。
 静かで、静かで。食べ終わってからママにも食べさせる。なんとなく、昨日よりも顔色がいい気がした。

 寝る準備を済ませてママのベッドに潜り込む。そこには確かな温もりがあって、けれどそれが逆に寂しくて、涙が出そうになった。

 その時、突然ボッと何もない空間に火が点く。

「わっ!?なっ、何!?」

 火の玉はぐるぐると空を飛び回り、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

「こ、コットンさん?」

 頷くようにぴょんぴょん跳ねる。
 明日くらいから様子を見に来てくれるはずだとアカリは言っていたのに、恐らく心配で早めに来てくれたんだろう。

 みんなの心遣いが胸に沁みる。

「…ありがとう。私、がんばるね」

 それからは静かだけど大変な日々だった。一日家事をして夕方頃にママの治療で必死に押さえ付けて、疲れて泥のように眠る。
 ナタさんの言う通り二日目から少し暴れ具合が落ち着いて、四日目にもなるとロープがなくても大丈夫な程度になっていた。それでも大変なことに変わりはなくて、終われば毎度へとへとになっていた。

 そして、五日目の朝に、

「フィリア」

「…んぅ?ナタさん…?」

 唐突な声に起こされて反射的にナタさんかと思って返事をしたけど、寝惚けた頭で鍵かけてるからナタさんな訳ないと思い至る。

 じゃあ、誰?

 目を擦りながら段々と視界が明瞭になっていって、目の前にいる人を認識する前に思い切り抱きしめられた。柔らかいものに埋もれる。

「わぶっ!?」

「フィリア!フィリアぁ!!」

 かなり掠れていて一瞬誰か分からなかったけど、それは生まれてからずっと聞いていた大好きな家族の声だった。

「ママぁ……」

 大きな胸から何とか脱出して顔を上げると、病気になる前よりかなりやつれているけど、ずっと見てきた優しい顔がそこにあった。

 私もようやく抱きしめ返して、仄かに汗っぽいママの匂いをいっぱいに吸い込む。
 しばらくお互いの体温を分け合ってから、体を少しだけ離す。
 ママの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。私も多分似たようなものだろう。

「ママ、もう大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。もう腕立て伏せだって出来るわ」

「それは……しない方がいいかも」

「冗談よ」

 ママが悪戯っぽく笑うと、私もつられて笑う。
 その後ゆったりと今まで何があったのかベッドの上で話して、ご飯を食べながら話して、ソファで並びあって話して、私は気付けばママの太腿の上でうたた寝していた。

 目が覚めるとソファの上には私しかいなくて、急激な不安に襲われて、

「ママ!?」

 叫ぶと、台所の方から「どうしたの!?」と慌てた様子のママが顔を出した。
 私はホッと息を吐いた。良かった。夢じゃなかった。

「ううん、ちょっと不安になっちゃっただけ」

「良かった。もうちょっとでご飯出来るから、ゆっくり待ってて」

「わ、私も手伝う!」

 ソファから飛び降りてママの方へとてとて走り寄る。

「ホント?って言っても、もうほとんど完成してるから…そうね、食器とか用意して欲しいわ」

「分かった!」

 私はにっこにこで食器を食卓に運んで、ママの作った料理も運んだ。
 二人真向かいに座って食べ始める。
 久しぶりのママの料理は本当に美味しくて、ほとんど無言でバクバク平らげてしまって、見ればママのはまだ半分も残っていた。

 私は癖で台所にママの分のご飯を取りに行こうとして、止まる。もうママは元気に自分でご飯を食べていて、何なら作ってくれたのに、すっかり習慣づいてしまっていたらしい。

「えーとそれで、フィリアの恋人ちゃんの所に私たちは住まわせてもらうのよね?」

「まっ、まだ恋人じゃないからっ!!なりたいとは思ってるけど…」

 スープを飲みながら、ママはにやにやと私を見ていた。
 ママが病み上がりじゃなかったら一発小突いていたかもしれない。

「とりあえず今日はこの後ナタさんの所に報告とお礼しに行って、村は明日出ようかなって思ってるんだけど、ママはそれで大丈夫?」

「大丈夫よ。ただ、この家を離れるのはちょっぴり寂しいわね」

「ずっとお世話になったもんね」

 それからもう少しだけゆっくりしてから、ナタさんの所を伺った。

 ナタさんは涙を流して喜んでくれて、私の家に招き、私とはちょっとだけ、ママとはいっぱい話していた。私はボーっとお茶を飲んでいたからあまり話は入ってこなかったけど、ナタさんの熱量に若干ママが引いていたのが面白かった。

 ナタさんにも、明日には私とママが村を出ることを話した。ナタさんはすごく寂しそうな顔をしたけれど、新たな門出を喜んでくれた。

 ナタさんは自分のことを「肝心な所で役に立てない女」と落ち込んでいたけど、ナタさんがいなかったらどう頑張ってもママの病気は治らなかっただろうし、ママと一緒に沢山褒めてあげると顔を真っ赤にして照れていた。自分よりずっと大人なはずなのに、可愛い人だなと思った。

 そして翌日、軽く家の中を掃除して、大切なものとか今後必要そうなものとかをバッグにまとめた頃に、また突然何も無い所に火が灯った。

「わ!?びっくりしたー!コットン!もう準備出来たけど、アカリはもう来てる?」

 尋ねると、コットンは頷くように空中を跳ねる。

「ママー!アカリもう来てるってー!」

「はいはい、じゃあ出発しましょうか」

 思ったより大きな荷物を抱えたママが部屋から出てきた。何が入ってるんだろ。
 戸締り、忘れ物、色々確認してから玄関を出て扉に鍵をかける。
 村の門に向かう途中、

「あ、そういえば村長が、出発の時気が向いたら尋ねて来てくれって言ってたよ」

「あら。じゃあちょっとだけ挨拶しに行きましょ」

 案外軽く了承されて驚きつつ、村長の家に向かう。

「村長、もう村出るよ」

「来てくれたか。フィリアと………リアよ」

「お久しぶりです、村長。長い間お世話になりました」

 私は特に話すことはなかったから「今までありがとうございました」とだけ伝えて、後は椅子に座ってお茶を啜っていた。ママはそこまで長くなかったけど、それなりの時間村長と色々話していた。
 昨日もあったなこれ。

 私たちが家を出る時、村長はちょっとだけ泣いていた。

 門番は相変わらず寝ていて、ママが頭を思い切り叩こうとするのを慌てて止める。

「最後くらいいいじゃない。別れの挨拶みたいな」

 なんか病気になる前よりママがわんぱくになっていて嬉しいけど、この時ばかりは焦る。

「最後なんだから静かに出ようよ!」

 私の大声で門番が目覚めかけて、私たちは急ぎ足で村を飛び出した。

 コットンの火の玉に付いていくと、そこには最愛の人が待っててくれていた。

「アカリ!!ただいまっ!!」
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