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えがおで
しおりを挟むディグがニヤケながらこちらを見ているのが少しムカつく。
ご飯を食べるにも、トイレに行くにも、お風呂に入る時も、片時もルビアは私から離れようとせず、私の腕を大事そうに抱きしめていた。
「あのさ…ルビア……」
「ん」
嫌ではないものの、少しだけ日常生活に支障をきたしている旨を伝えようとルビアに顔を向けたところ、何を勘違いしたのか、両目を瞑って唇を軽く突き出してくる。呼吸が浅くなりそうなほど、我が恋人の愛嬌に胸を打たれ、突き出された唇にそのまま吸い込まれてしまう。
数秒後、ルビアの顔から離れた時、そういえばディグに見られていたことを思い出し、気絶しそうなくらいの恥ずかしさに襲われる。流石に、実の母の前で堂々といちゃつけるほどの気概は持ち合わせていない。
どうせムカつく笑いを浮かべている母親の方を一切見ることなく、さっさとルビアを連れて自室へと戻った。
番号としてしか呼び名がなかった銀髪の少女に、完全に響きだけで「ルビア」と名付け、一緒に暮らし始めて既に二週間が経っていた。ルビアは何故か、最初から自分を過剰なほど好いており、エリクサーとしての本能もあるだろうが、スキンシップが激しい。
どこにいようが何をしていようが、必ずなにかしらのセクハラを加えてきて甘えてくる。しかし、ルビアは基本的に真顔だから、実際には何を考えているのかあまりわからない。
ふかふかのカーペットに二人で座りながら、ベッドの側面に背中を預ける。
「…ねぇルビア」
「どうしたの?」
「……私のこと、好き?」
「うん」
「………どれくらい?」
めんどくさい彼女みたいな質問を投げかけると、ルビアは「んー」と唸りながら、私の太ももを撫でた。相変わらず手癖が悪い。
「あの…くすぐったいんだけど」
一応伝えてみたはいいものの、その手は太ももから離れる気配はなく、足の付け根へと展開し、スカートの布下に手を入れて陰部の周りを優しく触れる。
全然その気はなかったのに、思わず全身がびくんと震えた。
恨めしそうな目でルビアの方を覗くと、悪戯めいた目に変わっており、膝立ちになって私の伸ばした両足を跨いだ。
片手は下着の上から陰部を刺激し、ほんの近くまで迫った顔は私の耳元に近づき、吐息を混ぜながら耳たぶを食んだ。唇で耳の輪郭をなぞって、対耳輪を乾いた舌で舐めた。
特別耳で感じたりはしないが、不意にくると慣れないからか、気持ちよさと嫌悪感の丁度真ん中くらいの感覚になり、恥部を愛撫されていることで何とも言えない気持ちよさに変わる。
「…イブの耳、小っちゃくて可愛い」
「…ルビの方が小っちゃいよ…バカ……ん…」
触れるだけの口付けをした後、ルビアは顔を一度離した。
赤面している私を確認して、満足げに笑みを浮かべてから、両手足で私を熱く抱擁した。
「このくらい好き」
ルビアの体温を全身に感じながら、抱擁されているだけなのに、変な気分になりそうなほど気持ちがいい。思わず、ずっとこうしていたいと言う考えになりそうな煩悩を気合いで吹き飛ばし、愛くるしい少女の頭部を軽く撫でた。
「……わかった」
愚問だったなと反省しながらも、一方的に向けられる無償な愛に少しだけ戸惑っていた。
プロセスを経てならいい。初めからこうだったから、こんなにも不安になってしまう。そして、人肌が苦手だったはずの自分が、何の抵抗もなくその愛を受け入れてしまっていることも、私の苦悩に加担していた。
お互い何も言いださないまま、五分ほど過ぎてから、玄関の方から小さくノック音が聞こえた。
ディグが出てくれるだろうからと、ルビアと体温を分け合っていたが、沢山の足音がこちらに迫って来たので、なにごとかと思い慌てて少女を自分から引きはがした。
母親が何か叫んでいる声が小さく聞こえた後、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、裾が足元まである灰色の外套をまとった男性が三人、女性が二人。顔は皆、人形のように整っているが、無機質すぎて仮面でも被っているかのような印象を受ける。
最初にルビアを見た時と似た雰囲気があった。
そこで何となく、彼らが何者なのか察し、反射的にルビアを隠すように体を動かした。
謎の集団はこちらを真顔で見ながら、小声で何かを呟いていた。それから躊躇いなくこちらへ近付いていき、私のすぐ目の前で立ち止まった。
「先日、私たちの暮らす村から、コード546880が脱走しました。コード546880にかけた追跡魔法を元に所在を特定し、連れ戻しに参りました。一時は緊急性のないものとし、事を最小限に留めるため様子を伺っておりましたが、急遽、隣国の国家防衛機関からコード546880への買取希望があり、強硬手段に移りました。速やかに、コード546880をこちらに引き渡してください」
目の前の男は、私の目を真っすぐ覗き込んでいたが、その瞳の中に自分の姿はないような気がした。
コード546880。「ルビア」と言う名前を付ける前、彼女が自分で言っていた番号と同じだ。思っていた通り、ルビアはエリクサーの一人で、この連中が言っている人物と人違いでもないらしい。
ディグがすぐに来ないことを鑑みるに、逆らうと言う選択肢はないだろう。ディグが敵わない相手に、自分が敵う見込みはまずない。
とはいえ、黙って引き渡すこともあり得ない。
「…嫌です」
「そもそも、コード546880は村の所有物です。現在予定されている買取価格一万フラグラン以上を分割や見込みではなく、この場で払えない場合、あなたに拒否権はありません。もう一度、コード546880の引き渡しを拒否した場合、あなたの身の安全を保障しかねる手段を取ります」
一万フラグランは、都会で家一軒が購入できる値段である。そう易々と用意できる額ではない。
逃げる?どこへ?どのようにして?
魔法の基礎や国ごとの礼儀、歴史など、教科書にあるようなことなら本で過不足なく学んできたつもりだったが、こういう時、どれ一つ役に立たないことを今、眼前に叩きつけられる。
基礎がどうした。
国がどうした。
何も思いつかない。下らない知識ばかりで満たされた脳裏に浮かぶのは、ルビアが連れ去られるのをすすり泣きながら見送る、最も現実的な未来だった。
「沈黙は異論なしとみなします。では、コード546880を連れていきますので、横を失礼します」
男は、私の隣をすり抜け、ルビアに手を伸ばした。
ルビアは特に抵抗することなく、その手を取り、立ち上がる。
こちらに一瞥もくれず、私を通り過ぎて、離れていく。扉を潜り、エリクサーの連中も、ルビアと男に追随する。離れていく。
複雑な感情がない交ぜに胸の奥を圧迫し、悲鳴にも似た何かが腹の底からこみ上げて、涙声となって吐き出される。
「嫌だ!嫌!!嫌だ!!返して!!ルビアは私の恋人なの!あんたたちのところから逃げて!私のところに来たから!だから!!その手を離してよ!!」
叫んでから、ようやく手足が動くようになり、立ち上がって閉められかけた扉を止める。
連中の間をかき分けて、ルビアの方へと思い切り手を伸ばした。
しかし、連中の一人に後ろから服を掴まれて、全力で前進しようとしても、地面と素足との摩擦音だけが虚しく響くのみ。
「離して!バカ!!!」
全身を激しく動かして、右手で掴まれた手を解こうとしても、機械のように硬くて一切動く気配はない。その手は軽々と私を動かし、窓際の壁に勢いよく打ち付けた。
意識が飛びそうなほど激しい衝撃が左半身に加えられて、騒音を鳴らして壁を壊し、その勢いのまま外まで放り出された。痛みは何故かほとんど感じないが、左腕はダラリと垂れて、足を動かそうとしても上手く力が入らない。
玄関から連中が出てくるのが見えた。
こちらを振り返ることもなく、国を囲む外壁に、東西南北で計四カ所構えられている出入り門へと向かっていく。国自体が特殊な防衛魔法で守られているため、出入り門には傭兵などはいない。
なんの停滞もなく、ルビアが自分の元から遠ざかっていく。
最後に、本当に見えなくなる寸前、ルビアがこちらを振り返った。
笑っていた。
下唇を噛んで、目元が小刻みに痙攣していた。
それでも、笑顔で。
「待っ………て………」
右腕だけ動かして、少しずつ体を引き摺って進む。
門に辿り着く頃には、筋力は既に限界で、呼吸も酷く乱れていた。結界をすり抜け、国外まで出た。
野には草原が広がっていて、丁度ホトケグラ(魔力が原動力の車)に乗り込む連中とルビアの姿が視界の端に見えた。
車は魔力を注入すると燃料に還元され、エンジンがかかる。車輪が動き始め、段々と速度を上げていく。うつ伏せで必死に顔を上げるが、影すらも見えなくなっていく。
たった二週間の同居と、育ち始めた愛情の芽。
しかし、それ以上の感情がどこかから漏れて、涙となって地に滲む。
ルビアが帰ってこない現実を認識した途端、生きていることが馬鹿らしくなる。
タイミング良く、遠くから何者かの鳴き声が聞こえ、大きな羽音が接近してくる。
ここはもう防衛魔法外だから、魔物か何かだろう。ドラゴンか鳥類か、音からしてかなり大きい。
あぁ。丁度いいかも。
襲うなら襲って。どうせなら、脳や内臓も引っ張り出して、肉の一欠片さえなくなるまで貪り尽くして欲しいな…どうせ、ルビアともう会えないなら―――――
「……お前、諦めるつもりか」
誰かの声が聞こえた。
「足が折れても走れ。腕が折れても剣を振れ。魔力が尽き果てたなら、死体を喰らってでも魔法を撃て。生命の糸が切れる寸前まで、確かに生き続けろ………これは、私のギルド内での鉄則だ。従わない者は、部隊にいる資格はない。しかし、もし従う意思があるのならば………」
少しだけ、俯いた顔を上げた。
「今すぐ立て。そうすれば、今のお前の全てを救ってやる」
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