上 下
198 / 222

#198 クリスマスにはケーキも食べたい

しおりを挟む
「何だかとってもいい匂いが」

「おや、グレースさん」


 昼下がり。

 シュージが厨房で作業していると、グレースがやって来た。


「とても甘くていい匂いがしたのでつい来ちゃいました」

「はは、そうですか。 ちょうどケーキの生地を焼いていたので、多分その匂いですね」


 グレースの言う甘い匂いというのは、先程焼き上がったケーキ生地のもので、確かに中々良い匂いを食堂に漂わせていた。
 

「あら、今日はケーキが食べれるんですか?」

「昨日は僕の故郷にあったイベントの料理を食べましたけど、実はその時にケーキも出てくるものなんです」

「そうなんですね?」

「ただ、昨日はローストチキンの準備に時間が取られてしまって作れなかったので、代わりに今日作ろうかと」


 本来は昨日作ろうかと思っていたクリスマスケーキだが、想像以上に昨日使ったコッコ肉が大きくて、調理に時間が取られた事であっという間に時間が過ぎてしまい、断念したのだ。

 まぁ、シュージの感覚的には今日も今日でクリスマスだと思うので、問題はないだろう。
 

「それはとっても楽しみですね」

「グレースさんは年末の過ごし方はもう決めているんですか?」


 今作っているケーキに使ういちごを切ったりしつつ、シュージはグレースにそう尋ねた。


「私はギルドで年を越しますよ」

「おや、そうなのですね。 帰省とかはされないんですか?」

「あぁ~…… 実を言うと、実家とちょっと折り合いが悪いと言いますか……」


 そう言うグレースの表情は、嫌悪感とまではいかないが、ちょっと困っているような、そんな表情だった。
 

「おや、そうとは知らずにすみません」

「ああいえ、気を遣わなくとも、別に仲が悪いとかそういうわけじゃないんですよ?」

「ふむ?」

「私は教国のそれなりに良い家に生まれました。 我ながらとても大事に育てられたんですけど、10代の頃に他家との縁談が持ち上がりまして、少し歳上の方と婚約したんです」

「政略結婚というものですかね?」

「そうですね。 私も良家に生まれた以上、その責を全うしようと思っていて、婚約者の方ともそれなりに仲良くやっていました。 ただ、ある日、お相手の家の汚職が発覚したんです」

「それはよろしくないですね」

「幸いと言っていいかは分かりませんが、私の婚約者の方は無関係でした。 ただ、縁談自体は白紙になり、私は出戻る形で実家に戻りました。 そうなると、もう他の方とは結婚は望めないので、私は冒険者になって今に至るという形ですね」

「貴族とか良家の結婚ともなると、やはり一度婚約した相手がいた方は……」

「そうですね。 やはり外聞が悪いので」

「世知辛いですねぇ……」

「そういうこともあって、私の父と母は私に対して凄く負い目があるようで…… 実家に帰ると凄く腫れ物を扱うかのように優しくしてくれるんですけど、それがちょっと居た堪れないというか……」

「確かに、グレースさんの親御さんからすると、責任を感じてしまってもおかしくはないですよね」

「あまり気にし過ぎないで欲しいんですけどね。 私は今、とても楽しく日々を過ごせてますから。 ……って、ちゃんと言った方がいいんでしょうけど」

「いつかちゃんと伝えられるといいですね」

「そうですね。 あ、その時にはシュージさんが作ったお菓子とかをお土産に持っていくのもいいかもしれません」

「そういう事なら喜んで力を貸しますよ」

「ふふ、よろしくお願いします。 何だかシュージさんと話してると、暖かい気持ちになるというか、勇気が貰えます」

「はは、それは良かったです。 何かお困りの事とかあれば、何でもおっしゃってください」

「あ、グレース」

「あら、ネルちゃん、どうしました?」

「ちょっと買い物付き合って欲しい」

「分かりました。 では、行ってきますね、シュージさん」

「行ってらっしゃいませ。 外は寒いのでお気をつけて」



 *



 それから少し時が経ち、晩ご飯の時間。

 既にメインの料理は食べ終え、シュージが冷蔵庫にしまっておいたケーキを皆んなの前にお披露目した。

 ちなみに、今日のメインの料理はビーフシチューで、ゴロゴロとした肉が沢山入っており大変美味しい一皿だった。


「わぁ、いっぱいありますね?」

「興が乗ったので、何種類か作ってみました」


 今回用意したケーキは、シンプルないちごのショートケーキと、スッキリした甘さのチーズケーキ、そして、チョコクリームがたっぷりと塗られたブッシュドノエルだ。


「何だか木の丸太みたいな見た目ですね?」

「正しくそうですね。 ロールケーキにチョコクリームを塗ったような形になります」


 早速用意したケーキを切り分けていき、好きなものを取っていってもらった。

 男性陣はそこまで甘味の強くないチーズケーキを主に選び、女性陣は各種類少し小さめに切り分けて、なんとか全種類食べようと皆で分け合っていた。


「あぁっ♡ とっても美味しいですね♡」

「美味しく作れて良かったです」

「やっぱりシュージさんの作るケーキは至高です♡」

「来年はもっと多くの方にこういう甘味も広まるといいですね」


 明らかにこの世界の食事事情は改善されているものの、まだこういった手の込んだ甘味は貴族ぐらいしか食べる事が出来ていないのが現状だ。

 それでも、簡単に作れるクッキーや飴菓子などは商会でも少しずつ取り扱われるようになってきたので、来年はもっと甘味も手に入りやすくなればいいなとひっそり思うシュージなのであった。



※※※



 最近少しバタついてて、あんまり読み直しが出来てないです。

 もし誤字とかがありましたら、遠慮なく教えてください。
しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

KBT
ファンタジー
 神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。  神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。      現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。  スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。  しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。    これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

異世界でホワイトな飲食店経営を

視世陽木
ファンタジー
 定食屋チェーン店で雇われ店長をしていた飯田譲治(イイダ ジョウジ)は、気がついたら真っ白な世界に立っていた。  彼の最後の記憶は、連勤に連勤を重ねてふらふらになりながら帰宅し、赤信号に気づかずに道路に飛び出し、トラックに轢かれて亡くなったというもの。  彼が置かれた状況を説明するためにスタンバイしていた女神様を思いっきり無視しながら、1人考察を進める譲治。 しまいには女神様を泣かせてしまい、十分な説明もないままに異世界に転移させられてしまった!  ブラック企業で酷使されながら、それでも料理が大好きでいつかは自分の店を開きたいと夢見ていた彼は、はたして異世界でどんな生活を送るのか!?  異世界物のテンプレと超ご都合主義を盛り沢山に、ちょいちょい社会風刺を入れながらお送りする異世界定食屋経営物語。はたしてジョージはホワイトな飲食店を経営できるのか!? ● 異世界テンプレと超ご都合主義で話が進むので、苦手な方や飽きてきた方には合わないかもしれません。 ● かつて作者もブラック飲食店で店長をしていました。 ● 基本的にはおふざけ多め、たまにシリアス。 ● 残酷な描写や性的な描写はほとんどありませんが、後々死者は出ます。

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...