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第四章 帝都動乱

#81 玉座の間の戦い(2)

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 ——自分は空っぽだ。


 命令に従うだけの存在。

 時には誰もやりたがらないような雑用をさせられたり、またある時には研究に必要な魔物を狩ってこいと、まともな用意もさせてもらえずに狩場に放り出されたりといった扱いをされている。

 だが、それも仕方のないことだ。

 
 ——自分は奴隷なのだから。
 

 そのため、自分は主人であるアカードには逆らうことができない。

 アカードは怪しい研究をしている男だ。 

 一年ほど前に帝国に来て、それなりの立場を得てからはその研究に拍車がかかった。

 詳しい現場は見ていないが、どうやら人体実験のようなものまでしているらしい。

 反吐が出る。

 そんな非人道的な研究を平気な顔でしているアカードも、それを許しているこの国も。 

 ……それに対して何もできない自分自身にも。

 そしてついに今日、災厄が起きてしまった。

 自分はアカード自身に護衛を命じられてずっとその近くにいる。

 そして、アカードはいつの間にか自分と同じように奴隷としていた筋骨隆々の大男に命じて、この国の王族達を皆殺しにしたのだ。

 なぜ自分には命令しなかったのか分からない。 

 ただ運が良かっただけかもしれないが、大量殺人を躊躇なく行い、それに対して「もう必要ない」と何の感慨もなく言い放ったアカードには言い様のない恐怖を感じた。
 

 ——もう、こんな事はしたくない。
 

 まだ自分は運がいいのか、人を殺せと命じられた事はない。

 だが、アカードに奴隷とはいえ協力してしまってる以上、自分も無関係というわけにはいかないだろう。


 ——誰か、助けて。


 叶うはずのない願いが頭の中に浮かんでは消える。


 ——叶わないのならせめて、今対峙しているこの人達に自分達を止めて欲しい。


 このまま、罪を重ね続けて生きるくらいならば、いっそ…………


 ――僕を、殺して。



     *



 まさか、女の子だったなんて。

 ショーマは目の前で剣を合わせている相手の正体にとても戸惑っていた。

 見た目にそぐわない実力もそうだが、なにより気になったのは目の前の少女の発言についてだ。

 てっきりショーマはここにいる3人が今回の件の主犯だと思い込んでいたが、先程の少女が口にした謝罪と、罪悪感や後悔のようなものをひしひしと感じさせる表情からすると、それはどうも間違いだったのではないかと思い始めた。

 だがしかし、今はそれについて深く考えている余裕はない。

 とりあえず今すべきことは、今対峙している3人をどうやって無力化するかどうかだ。


「『フィジカルブースト』!」


 ショーマは現状、膝をついて相手の剣を片手で受けるという不利な体勢を取らされていた。

 だが、それを無理やり魔法を使って膂力を上げることでなんとか押し返して立ち上がることに成功した。


「ふぅ…… ごめん、今は君のことを判断できる余裕がないんだ。 悪いけど、止めさせてもらうよ」

「おね……がい……」


 ショーマはプルニーマをアイテムボックスから5機取り出して宙に浮かべた。

 そして、近距離に潜り込まれると厄介だと分かったため、近寄らせないようにとプルニーマを牽制として飛ばし始めた。


「くっ……」

「『ロックウォール』!」


 ガガガガッッ!


 少女は機敏な動きでプルニーマを避け、当たりそうなものは短剣で弾くことで凌いでいたが、その移動範囲をショーマはロックウォールで狭めていく。


(中々隙を見せない…… っ! ここだ!!)

「『ウィンドインパクト』!」

「っ! あぐっ……」


 土壁とプルニーマによって少女の行動が制限され、僅かな隙が生まれたところへ、ショーマは風の魔法の一つで、空気圧の塊を相手にぶつける魔法を放った。

 ドンッ! といった炸裂音と共に吹き飛んでいった少女は数m程転がった先、アカードの足元で倒れ伏した。


「ぐぅっ、ようやく目が見えてきた…… むっ! おい奴隷! 貴様なにをやられているんだ!」

「うぅ……」

「っち! 高い金を払ったってのに使えんやつだ!」

「奴隷だって……? そんなものがこの世界にはあるのか……」


 この世界に降り立って初めて目の当たりにした奴隷という存在に、ショーマは少しの困惑とかなりの憤りを感じた。

 奴隷制というものは日本人からしたらあまり実感がなく、なんとなく悪いものだという認識がショーマにはあったからだ。


(けど今は、それについてどうこう考えている場合じゃないな)


 そう結論づけたショーマは、


「次はあなたの番ですよ」

「……くくっ、私の番だと? お前など、私の闇魔法ですぐさま操り人形にしてくれるわ!」


 そう言ってアカードはいつの間にか持っていた先端に髑髏の付いた怪しげな杖をバッと眼前に掲げると、魔力を高めて杖の先を僕の方に向けた。


「食らえっ! 『カースパペット』」


 詠唱と共にアカードの杖の先からドス黒い靄が発生し、ショーマを包み込もうと迫っていった。


「『シールド』!」


 それを食らうまいとショーマは自らを囲むようにプルニーマを展開してシールドを張った。

 しかし、その靄はなにも存在しないかのようにシールドを通り越し、ショーマを包み込んでしまった。


「えっ!? うわっ!!」

「はーっはっは! シールドで防ごうとしたようだが、残念だったな! この魔法は込めた魔力以下の魔法の効果を受けない! つまりはそんなチンケなシールドくらいじゃ防げないのだよ!」

「…………っ! ………っく……」

「あれは…… 闇属性の禁忌魔法!? どこであんな魔法を……!?」


 黒い靄に包まれていくショーマをアリシャは少し離れたところから見ていた。

 そしてアリシャはアカードが使った魔法を知っていた。 

 ……それを受けたものがどうなってしまうのかも。


「まずい、このままじゃショーマが……!」


 ガキンガキンガキンッ! ——ズバッ!


「ガァァァッ……!!」

「……アリシャ! ショーマはどうなってるの?」

「ノアル!」


 するとアリシャのところへ、大男に一撃を入れた隙に距離を取ったノアルが合流した。


「……あれは何?」

「あれはエルフの里では禁忌と呼ばれている魔法の一つよ。 書物によればあの魔法を受けた相手は…… 使用者の命令を聞く生きた人形と化してしまうの……」

「……!! それじゃあ、ショーマは……」

「えぇ…… まずいわね……」


 2人が固唾を飲んで見守る中、ショーマを包んでいた靄が徐々に消えていく。

 やがて中から現れたショーマは、俯き下を向いた状態で、剣を持つ腕はダランと下ろしたまま無言で佇んでいた。


「くっくっくっ! 私にかかればどんな力を持っている者でもこの通り操り人形にできるのだよ!」

「……ショーマっ! ショーマっ! 返事して!」

「ダメよノアル! 今、不用意に近づくのは危険だわ!」

「あぁ、やはりこの魔法は素晴らしいな! この国の王もこの魔法を受けた途端、私の命令を聞く人形と化した! おかげで研究もなにもかもやりたい放題だった!」

「……この、外道」

「なんとでも言うがよい! 全ては私の仕えるあのお方のためだ!」

「あのお方ですって?」

「ふんっ! これから死にゆく貴様達には関係のないことだ! それよりショーマと言ったか? こっちへ来い!」

「…………………」


 アカードに命令されたショーマはゆっくり、そしてフラフラとアカードのところへと歩いていく。


「この魔法は完璧だが、私は用心深いのでな…… こいつを着けさせてもらおう」


 そう言ってアカードは懐から隷属の輪を取り出した。


「これさえ着けてしまえば魔法で縛る必要もなくなるからな! くくくっ…… そうだな、貴様の意思を保ったまま、貴様が悪とする私達の所業に加担させてやろう!」


 そう言い放ったアカードはショーマの首元へと隷属の輪を付けようと手を伸ばした。

 そして、ショーマは隷属の輪を着けられ、正真正銘の操り人形になる……


 ――はずだった。


 ズバァッ!! ……ボトッ


「はっ? ……ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?!? う、腕がぁぁぁぁぁぁ!!」


 先程まで勝ち誇っていたアカードの悲鳴が玉座の間に響き渡った。

 そして、その前にはアカードが望んでいた操り人形などではなく、アカードの腕を持っていた剣で斬り飛ばしたショーマが立っていた。
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