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第三章 獣人国へ

#55 星空の下で

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 ソルムの村を助けに来た騎士団の中にいた貴族の男と戦闘をした日の夜。 

 今はもう夕飯も食べ終わり、あとは寝るだけという時間に、僕は村の外れの方に1人で向かっている。

 昼間は本来、スキルポイントを使って職業のレベルを上げようと思っていたのだが、貴族の男に邪魔をされる形になってしまい、結局レベルを上げる事は出来なかった。 

 昼間と同様に1人でいるのは、他人には見えないとはいえ、ステータス欄を操作している所は人に見られたくなかったからだ。 

 なので、皆がそれぞれの寝床に戻ったところを見計らって1人で抜け出してきたのだ。

 村の復興も少しずつ進んでいて、少し壊れた家などはここ数日の作業で修復されてきて、元の持ち主である人達はその家で寝ている。 

 その他のまだ家が直っていなかったり、新しく作られるのを待っている人達は集会所で雑魚寝をしているらしい。

 あと、騎士団の人達は村の周りにキャンプのようなものを設置して、そちらで見張りも兼ねて休息を取っている。

 ちなみに、昼間絡んできた貴族の男達は、武器や防具を没収され、縛ったりはしてないが、小さいテントの中で見張り付きの軟禁状態になっているそうだ。

 数日後に、第一騎士団の面々は第二騎士団と交代するらしく、それと同時に首都に戻り、今回の件を報告した後、貴族の男達の処遇が決まるそうだ。

 オロンさん曰く、彼等の処遇は悪い事にしかならないとのこと。

 何でも、今回の件に加えて今までの所業も明らかにするつもりらしい。 

 まぁ、自業自得である。

 その事で色々と事後処理をしていたらあっという間に時間が経っていて、今に至る。

 その間、真面目な騎士団の人達にはすれ違う度に謝られたりもしたため、更に時間がかかってしまったのである。

 詳しいことは知らないが、貴族の男には逆らえないのは仕方ないと思うので、謝ってくる人に対しては、僕自身は気にしていないという事を伝えておいた。

 そんな風に、今日起きたことを思い返しながら歩いていたら、村の外れに手頃なベンチが置いてあったのを見つけたので、そこに腰掛けてステータス欄を開く。

 そして、早速スキルポイントを使って鍛冶師のスキルレベルを上げてみる。


『鍛冶師 Lv4→5:ミスリル加工を習得、技術のパラメーター補正上昇』


 おー、ミスリル加工かー。

 ミスリルという鉱物の存在は知っていたけど、実物はまだ見たことないな。 

 いずれ手に入れて何かしら作ってみたい。

 続いて、ウェポンマスターのレベルも上げる。


『ウェポンマスター Lv4→5:武器操作の練度向上。 力のパラメーター補正上昇』


 こちらは特に前回と変わらないみたいだ。 

 一見すると地味だが、重宝している事には間違いないから、レベルを上げるに越した事はないだろう。

 ただ、僕自身のレベルが前よりは上がらなくなってきているので、いざという時にスキルポイントが足らなくなるという状況になってしまわないよう、今後はもう少しポイントの使い所は慎重に考えていくようにしよう。


「……ショーマ、なにしてる?」


 と、ステータス画面に夢中になっているところに、いつの間にかノアルが僕のすぐ目の前まで来ていた。


「ちょっとね。 ノアルはどうしたの?」

「……ショーマが1人で歩いて行くから気になった」

「そっか。 何か言ってから行くべきだったね」

「……ん、大丈夫」


 そう言って、ノアルは僕の隣に座る。 

 ベンチの幅は丁度2人分くらいなので、肩や腕が自然と触れ合う形になっている。

 なんとなく、ノアルとこういう距離感でいる事に慣れてしまった自分がいる。 

 少し、無言の時間が流れ、ふと空を見上げると、綺麗な星空が広がっている事に気付いた。

 当然、僕の知ってる星座などは一つもないのだが、それでもとても綺麗な星空だと思う。

 標高が高い訳でもないのに、ここまで綺麗に見えるのは、恐らく空気がとても綺麗なのだろう。 

 今度、この世界の山とかに登ってみるのもいいかもな。 

 そうしたら、もっと綺麗な星空が見えるかもしれない。

 ノアルも僕の見ているものに気づいたのか、空を見上げて、同じように星を眺め始めた。

 しばし、その時間が続いた後、ノアルが不意に口を開く。


「……ショーマは、明日帰るの?」

「ん? あぁ、そうだね。 思ったより長く滞在しちゃったから、そろそろ帰らないと。 ギルドに今回の件の報告しないといけないし、ゲイルさん達にも色々と話したい事があるね。 それに、ミラルちゃんとの約束もあるからね」

「……ん、確かに」


 皆、元気にしているだろうか? 

 そんなに長く離れた訳ではないけれど、帰って話す事はたくさん出来たな。


「……ノアルも、今日のうちに準備しなくちゃ」

「そうだねー、準備は前日に…… って、え?」

「……ん?」


 今、なんと言いました、ノアルさん?


「えーっと、ノアルもどこかに行く用事があるの?」

「……ん、ショーマに付いて行く」

「え!? なんで!? 折角、故郷に戻ってきて、家族と再会したのに……」

「……もう、お父さんとお母さんには話した。 ……ショーマに付いて行きたいって」

「そ、そしたらなんて?」

「……お父さんは、『行ってこい! たまーに顔見せるくらいでいいから、俺達の事は気にせずにな!』って。 ……お母さんは『楽しんで行ってらっしゃい。 ショーマさんに迷惑かけないようにね?』って言ってた」


 えー…… 反対しないのか……

 僕のこと信頼してくれてるのかもしれないけど、本当にいいのかな……?


「ノアルは、本当にいいの? 家族と一緒にいなくて?」

「……もちろん、お父さんとお母さんの事は好き。 ……感謝もしてる」

「だったら……」

「……でも、それ以上に、ショーマと一緒にいたい」
 

 ノアルはいつの間にかこちらに体を向け、手は僕の手の上に重ねられてきた。
 

「僕と……?」

「……ん」


 そう短く返すと、ノアルはベンチから立ち上がり、僕の目の前に立って僕の事を見下ろしてくる。

 そして、自分の胸に手を当て、息を吐き、こちらをしっかりと見据えて言葉を紡ぐ。


「……ノアルは、ショーマの事が好き。 パーティーの仲間とかじゃなく、一人の女として。 だから、この先もずっと一緒にいたい」


 その言葉を聞いた瞬間、体が熱くなるのを感じた。

 ここまで真っ直ぐ両親以外の他人から好意をぶつけられた経験が無いため、嬉しさもあるのだが、戸惑いの感情も湧いてきた。


「えーっと…… とりあえず、その、ありがとう。 ノアルのその気持ちはすごく嬉しい」

「……ショーマはノアルの事、どう思ってる?」

「もちろん、ノアルの事は好きだよ。 叶うならこの先も一緒にパーティーを組みたいと思ってたのは確かなんだけど…… 正直、この気持ちがノアルと同じようなものなのかは分からない。 なにせ、初めての感情だから」

「……一緒にいたいとは思ってる?」

「それは…… うん。 ノアルがいいなら、僕も一緒にいたい」

「……良かった」


 そう言うと、ノアルは僕の体に倒れ込んでくる形で抱きついてきた。

 僕も慌ててノアルの背中に手を回して、彼女の体を支える。


「わっ、ノ、ノアル?」

「……今は、それでもいい。 ……けど、いつかショーマがノアルの事を本当の意味で好きになってくれるよう、頑張る」

「……そっか。 ……うん、それじゃあ、お手柔らかに頼むよ」

「……ん!」


 至近距離で見つめ合い、2人で笑い合う。

 そのまま少しの間、僕達は星空の下で暖かい時間を過ごした。

 

     *


 
「……ただいま」

「ただいま戻りました」

「あら、おかえりなさい。 ふふ、その様子だと、ちゃんと気持ちは伝えられたみたいね」

「仲が良くてなによりだな!」


 村長宅に戻ると、アルジェさんとドレアスさんがこちらの様子を見て、そう言ってきた。

 ちなみに、僕達がどうなっているのかというと、今の僕はノアルに腕を組まれ、体もぴったりとくっつけられている状態だ。


「……ん、ばっちり」

「あはは……、そういえば、アルジェさんとドレアスさんは既に話を聞いていたそうですね?」

「ああ、お前さんが魔力枯渇で寝込んでる時にな」

 
 そうなると、結構前から話してたんだな。 始めからノアルは僕とずっと一緒に来るつもりだったのか。


「ショーマさん、私達の娘をお願いしますね」

「いえ、ノアルの事は頼りにしていますから。 むしろ僕が世話になる事もあると思いますよ」

「いいじゃねぇか! お互いが足りない部分を補っていくのがパートナーってもんだ!」

「そうですね、支え合っていければいいなと思います」

「……ん、ショーマと一緒に、色んなところに行く」

「そうね、楽しんで行ってきなさい」

「帰って来た時には色々と聞かせてくれや!」

 
 しばしの間、僕達は4人で話していた。

 その途中で、僕自身の過去の話になったので、ノアルと一緒に行く以上、ある程度のことは話しておく事にした。


「僕の両親は既にこの世にはいません。 それに、大切といえるような人も故郷ではいませんでした」

「……だから、ショーマは家族とかの話をする時、悲しそうだったの?」

「あー、表情に出てたかな? まぁ、そうだね。 正直、ノアルとドレアスさんとアルジェさんが見せる家族の風景はとても羨ましいと思うよ。 僕の母は僕を産んだ時に亡くなってしまったから」

「そうだったんですね……、大変な事も沢山あったのでしょう?」

「確かに辛くもありましたけど、両親の事は既に僕の中でしっかりと整理していますから、今はもう大丈夫です」

「まぁ、ノアルと一緒になるなら、俺達は既に家族みたいなもんだ! なんかあったら、遠慮なく帰ってこいよ。 いつでも待ってるからな!」

「そうですね、夫の言う通りです。 いつでも帰ってきてください。 私達はあなた達2人の事を応援していますから」


 ドレアスさんは、大きな手で僕の頭に手を置き、ポンポンと叩きながら、アルジェさんは優しい笑顔でこちらを見据えながらそう言ってくれた。


「ドレアスさん、アルジェさん……、ありがとうございます。 また定期的にこの村には戻ってこようと思います」

「たまにでいいぞ! 今度来る時は孫の顔でも見れるといいな!」

「あら、それはいいですね」

「えっ……!? い、いやいや、まだまだそういう関係とは言えないですから……」

「お、そういえばそうだったな。 まぁ、お前ら2人なら上手くいくさ」

「私もそう思います」

「えぇ……」

「……ショーマとの子供……」


 ノアルは何か思う事があったのか、そう言って下を向いている。

 ……皆、気が早すぎないだろうか?


     *


 翌朝、僕とノアルは旅支度を整えて、村の出入り口の一つまで来ていた。

 どこから聞きつけたのか、村の住人ほぼほぼ全員が僕らの見送りと言って集まっているのには驚いた。 中には騎士団の人も数人集まっている。


「ショーマよ、今回の件、お前さんには感謝してもしきれない程の事をしてもらった。 この恩を返すためなら、俺達はいつでもお前さんの力になるから、なんかあったら遠慮なく言ってくれよ!」


 村の代表として、ドレアスさんが僕に向かってそう言ってくれた。

 なので、僕も、同じように感謝の言葉を告げる事にする。


「僕の方こそ、ありがとうございました。 皆さんと過ごした数日は大変でしたが、とても有意義で楽しかったです。 必ずまたこの村には来るつもりなので、その時はまた、一緒の時間を過ごしましょう」


 その言葉を聞いた村の人達は、口々に喜びや別れを惜しむ声をあげてくれる。


「ショーマさん」


 その声に少し応えていると、オロンさんがこちらに来て、声をかけてきた。


「まずは、ショーマさんに謝罪を。 うちの騎士団のものが迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。 今回の事は上に報告し、同じような事が起きないよう、騎士団全体で注意していくつもりです」

「気にしないでください。 前にも言った通り、周りに被害が無かったのなら、僕からはなにも言うことはありません」

「そう言ってもらえると助かります。 それと、今回、この村で起きたことを報告するに当たって、ショーマさんの事を話す事になると思います。 それで、もしかしたら、ギルドを通してショーマさんに、我が国から何か伝達があるかもしれないと言うことを覚えていて欲しいんです」

「国から、ですか?」

「はい、これは私の推測でしかありませんが、ドレアス様を助けた事で、恐らく我が王はあなたに会いたがると思います。 ですので、何かしらの手段でその旨を伝え、王都に来てもらうということになるかもしれません」

「そうなんですね。 分かりました。 冒険者という職業上、何が起こるか分かりませんから、必ず行くとは言いきれませんが、国からの招集であれば、出来る限り応えるつもりではあるので、しっかりと覚えておきますね」

「はい、それくらいの認識で大丈夫です。 恐らく王も必ず連れて来いとは言わないと思いますので」


 あまり、偉い人と会うなんて事にはなって欲しくないが、国からの直接的な招集に応じないというのも、それはそれで問題になるだろうから、もし、そういうものが来たら、応えるようにしよう。


「それでは、僕達は行きますね。 本当にありがとうございました」

「……お父さん、お母さん、行ってきます。 ……皆もまたね」

「おう! 行ってこい!」

「ショーマさんと仲良くね」


 最後に僕達は、そんなやり取りをして村を出た。

 見送りに来てくれた人達は、僕達の姿が見えなくなるまで手を振り、大声で感謝の言葉を投げかけてくる人もいた。

 僕達も、振り返りながら歩き、同じようにずっと手を振っていた。

 やがて、来るときに走り抜けた大きな丘を越えると、村も見送りの人達も見えなくなった。


「それじゃあ、ハゾットに戻ろうか」

「……ん!」


 僕とノアルは、2人で寄り添って歩き続ける。

 ソルムの村の皆がくれた暖かさを忘れないように。

 

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