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第三章 獣人国へ

閑話 銀色の花(1)

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「それにしても、アルジェ様は変わりましたね」
 

 久しぶりに会ったオロンさんがそんなことを言ってきた。
 

「そうでしょうか?」

「はい。 当時のあなたを知っている者は多くはありませんが、皆、今のアルジェ様を見たら驚くと思います。 王もあなたの顔を久しぶりに見たいと言っていましたよ。 最後に会ったのは、ノアル様が6歳くらいの頃でしたから、10年以上前になりますかね?」

「そうですね。 時間が出来たら久しぶりに王都まで行きましょうか」

 
 その言葉と共に、思い返されるのは、過去の記憶。 

 まだ、自分が王都にいた頃の記憶……
 


     *

 

「ここにいるので全てか?」

「へい、毎度毎度ありがとうございます」

「今回は多いな。 若者ばかりで高く売れそうだ」

「そうでしょうそうでしょう。 という訳で、約束していた代金をもらってよろしいでしょうか?」

「ああ、直ぐに準備をする。 おい、こいつらを檻に入れて監視しておけ」
 

 違法商人の男は、部下の男数人にそう命じると、用意していた金を取りに別室へと向かった。

 ここはアラサド国内にある、表向きは貴金属などを扱う店の地下。 

 そこでは、定期的に人身売買の闇オークションが行われており、毎回貴族や商人達が身分を隠して参加をしている。
 

「今回の仕入れは上々だな。 次のオークションが楽しみだ」
 

 男は上機嫌に別室に用意してあった金を手に取り、先程話していた部屋に戻るため、扉を開けた。

 しかしそこには、


「なっ……、なんだこれは……」
 

 広がっていたのは、惨状。

 部屋の地面や壁にはおびただしい量の血が飛び散っていて、自分の部下も、先程まで会話をしていた男も、全員が首を斬り裂かれ絶命している。

 それに、檻に入れたはずの奴等も居なくなっている。 
 

「い、一体なにが起こ……」


 ザシュッ


 そう口にしていた途中で、何かが斬り裂かれる音が自分の体から聞こえた。

 自分の前には、誰もいない。

 急激に力を失う体をなんとか捻り、後ろを振り返ると、そこには血の付いた短剣を持った銀髪の女獣人が立っていた。
 

「お、まえ、は……」
 

 それが違法人身売買組織のトップであった男が見た最後の光景だった。
 


     *

 

「ご苦労様です、アルジェさん。 奴等の尻尾は中々掴めなかったのですが、情報だけでもと思っていたところに、まさか首を取ってくるとは思っていませんでした」

「……この国の為ならば、お安い御用です」

「あなたをこのように使っておいて何なんですが、そろそろ身を引いて、普通の生活…… 例えば伴侶を見つけたりしたらどうですか? あなたには、幸せになる権利があると思うんですよ」

「……報告の際、毎回そう言ってきますが、身を引くつもりはありません。 ……それに、普通の生活など私は知りませんし、人を殺した者の手を喜んで取るような男がいるとも思えません」

「そうですか…… 忌み子と呼ばれていたあなたを保護した時は、あなたを国の諜報部隊に入れるつもりなど、毛程も無かったのですが、まさかあなたが自ら腕を磨き、今や若くして諜報部隊長にまで登り詰めるとは思ってもいませんでした」

「……私には、これしか出来る事はありませんから」

「まぁ、なにはともあれ、お疲れ様でした。 辞表ならいつでも受け入れますから、しばらくはゆっくりと体を休めて下さい」

「……失礼します」
 

 この国の王である、ルコシール様に報告を終え、私はルコシール様の執務室を後にした。

 あの方に、かつて忌み子と呼ばれて疎まれていた自分は救ってもらった。

 私のユニーク職業は暗殺者。 

 この職業が、私の忌み子だった理由だ。

 ルコシール様によると、もう今では顔も思い出せない両親に不吉だと捨てられ、その後、孤児院に拾われた後も、腫れ物扱いされていたそうだ。

 だが、恨んだりはしていないし、今の自分に後悔もない。 

 自分はこうすることでしかルコシール様の役に立てないのだから。


 
     *

 

 仕事の報告を終えた私は、王城にある庭園に来ていた。

 美しく整えられた庭園は、そこに立っているだけで落ち着く。 

 仕事が終わると毎回ここに来て、花や草木を眺めている。

 普段は庭師や王城勤務の者がちらほらいるのだが、今日は珍しく誰もいなかった。

 なので、ゆっくりと過ごそうと思ったのだが……
 

 ダダダダダダッ……!

 遠くから誰かがこちらに走ってくる足音が聞こえた。
 

「ハァ…… ハァ……! くそ、オロンのやつ……!」

「……あなたは、ドレアス大団長」

「ん!? おぉ、お前さんは諜報部隊の隊長さんか! こんな所でなにをしてるんだ?」

「……それはこちらの台詞です。 ……たしか今は騎士団の会議中では?」

「抜け出してきた! じっと会議をするのは苦手なんでな!」
 

 ……この人は、よく分からない。 

 大団長という立場でありながら、よく会議を抜け出したり、1人で城下町に繰り出したりとやりたい放題だ。

 それでも、部下の面倒見はとても良く、城下に困っている者がいたら自ら解決に動いたり、なにより、その実力が他とは隔絶したものがあるため、一部の貴族以外の民や騎士たちには好かれているようだ。

「ドレアス様ーー!! どこに行ったんですかー!?」

「やべ! 隠れるぞ! お前さんも来い!!」

「……え? きゃっ……!」
 

 彼は焦った様子でそう言うと、私の手を取り引っ張っると、私の体をその大きな体で抱き抱え、近くの垣根の陰に隠れた。

 早いところ抜け出したかったのだが、彼の大きく逞しい腕でガッチリと固定されてしまい、簡単に離れる事が出来なかった。

 それに…… このように、誰かに抱えられるなど、初めての経験だった。 

 ルコシール様には負担をかけたくなくて、子供の頃も甘えたりはして来なかった。 

 生まれて初めて体で感じる他人の体温はとても暖かくて、こんな状況だったが、やたらと安心してしまった。
 

「……よし、行ったか。 すまんかったな、急に引っ張り込んだりして」
 

 そう言って彼は、抱き抱えていた私を丁寧に地面に下ろした。

 
「……あ」

「ん? どうした?」

「……い、いえ。 ……なんでもありません」

「そうだ、少し話さないか? お前さんとは今まで関わりがなかったから話を聞かせてくれよ」

「……私の事など、聞いても面白くないかと」

「いいんだよ! ほら、こっちで話そうぜ」
 

 私は半ば無理やり庭園のベンチに座らされ、そのままドレアス大団長と話すことになった。
 

「今日は仕事終わりか?」

「……なぜ知っているのですか?」

「いや、全然知らんぞ。 ただ、お前さんから血の匂いが少ししてな」

「……しっかり落としたはずですが」

「まぁ、大団長だからな! 他の奴等が気付かないような微かな匂いも俺には分かっちまう!」

「……あなたは、私を恐れないのですか?」

「ん? どうしてだ?」

「……私は、人を沢山殺しています。 ……それに、職業も暗殺者です。 ……そのせいで私は忌み子と呼ばれていました」

「別に怖くもないし、恐れもないぞ。 話している限り、お前さんは普通の女だ。 それ以上でも、それ以下でもないさ」

「……ですが、私は人を……」

「そんな事言ったら、俺も戦場でいくつもの命を切り裂いてきたが、お前は俺を怖いと思うか?」

「……………いえ、思いません」

「だろう? まぁ、人を殺さないで済むならそれが一番良いが、何かを守るためにはそういう事をしなければならない事もある。 俺の場合、国のためだな。 そういった理由もなく、人を殺すのはただの殺人鬼と変わらないが、お前さんにはなにか理由があるかい?」

「……理由、ですか?」

 私が人を殺す理由……

 それはなんだろうか?

 国のため? 

 ルコシール様のため? 

 いや、ルコシール様は一度も、対象を殺せと直接命じた事はない。 

 生死不問とは言われていたが。

 では、今まで私は、なんのために……
 

「っと、悪いな偉そうに語っちまって。 聞き流しちまって構わないぞ」

「あ、ドレアス様!! 見つけましたよ!!」

「げっ!? オロン!?」

「げっ!? じゃ、ありません! あなたがいないと会議が進まないんです! 早く戻ってください!」

「ぐぐぐ、わ、分かった。 ……って事で悪いな隊長さんよ。 また話そうぜ」

「……は、はい」
 

 彼はそういうと、自分の部下に連行されて行った。

 私は、そのまま庭園に残り、彼の言葉について考え続けていた。
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