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第一章 異世界への旅立ち

#2 家族と再会

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 気がつくと僕は、よく知っている生前の自分の部屋の中にいた。
 

「ここは?」
 
「匠真さんと手を繋いだ時に、少し記憶を覗かせてもらいました。 両親と話すのならばここが一番話しやすいかなと思ったので、似たような空間を再現しました」
 
「なるほど…… 確かに話しやすいと思う、ありがとう。 それで、父さんと母さんは……?」
 
「リビングの方にいると思います。 それでは、私は別のところで待っていますので、一時間後に迎えにきますね」
 

 そう言うとフォルティはシュッとどこかに消えてしまった。
 

「リビングの方にいると言っていたよな……」
 

 リビングに向けて、部屋を出た。
 
 階段を降り、廊下を抜け、リビングの扉の前に立つ。
 
 見慣れた扉のはずなのに何故だか開くのを躊躇ってしまう。
 
 ……躊躇っていてもしょうがないな。
 
 少し息を吐き出し、意を決して扉を開いた。
 
 見慣れたリビング、その真ん中にある机と椅子。
 
 そこには……
 

「おう、おかえり」
 

 五年振りに会った、何も変わってない父さんと
 

「おかえりなさい、匠真」
 

 写真で見たままの微笑みでこちらを見つめる、母さんがいた。

 二人を見た途端、色々なものが込み上げてきた。

 また…… 会うことができた。
 

「父さん…… 母さん…… その……」
 

 言葉が、出てこない。

 二人に会えたら、これを言おう、あれを言おうと、伝えたいことが沢山あった。

 なのに…… 何も考えられない。
 

「おいこら、匠真」
 

 そんな風に半ばパニックになっていた僕に、父が強い口調で声をかけてきた。
 

「こっちは、おかえりって言ったんだぞ? なら、初めに言うことは決まってんだろうが」
 
「もう、匠悟さんったら、そんな強い口調で言わなくてもいいじゃない。匠真が困ってるじゃない」
 
「……うるせぇ」
 

 初めて見る、両親同士の会話に少し呆気にとられた。
 
 同時に、父さんと母さんの関係性が少し分かった気がして、自然に笑みがこぼれた。
 
 僕は、何を迷っていたんだろう。
 
 家に帰って、家族に会ったら、言うことなんて一つじゃないか。

 
「……ただいま。父さん、母さん」
 

 二人で、少し言い合っていた父さんと母さんがこちらを見る。
 
 そして、二人とも笑って、
 

「「おかえり、匠真」」
 

 我が家に帰ってきた息子に、親愛がこもった声をかけた。

 その瞬間、僕の目からは涙が零れてくる。

 ああ、帰ってきたんだ……



 *
 


「落ち着いたか?」
 
「うん…… ありがとう」
 
「おう、気にすんな」
 
「いいのよ、ふふっ」
 

 僕が泣いている間、父さんと母さん無言で頭や背中を撫でていた。
 
 優しい表情を隠そうともせずに。
 
 少しして落ち着いてお礼を言うと、母さんが、父さんの方を見て、やけにニコニコしている。

「……なんだ?」
 
「いえいえ、なんでもありませんよ? ただ、私がいない間、しっかりお父さんしていたんだなー、と思っただけで」
 
「うるせぇよ」
 

さっきも見たようなやりとりが繰り返される。
 

「二人とも、仲良いよね」
 
「あら、そう見える? 息子に見られるとちょっと照れ臭いわね」
 
「……………」
 

 母さんはニコニコとしながらちょっと恥ずかしそうに、父さんは照れ隠しなのかそっぽを向いてしまった。
 

「それで、父さん、母さん、二人に会ったら、まずは謝りたいと思ってたんだ。 僕のせいで、関係ない二人が死んでしまうことになってしまって、本当にご…… 痛ったぁ!!!」
 
「バカ言ってんじゃねぇよ」
 

 謝ろうと頭を下げようとしたところに、父さんのデコピンが入った。
 
 これ…っ、久しぶりに食らった…。 

 小さい頃、悪いことをした時には、決まって父さんにはデコピンされて、その後、頭を撫でられて笑って許されるということが何回かあったけど…。
 
 思わずジト目になって父さんを見る。

 父さんはふん、と鼻を鳴らして僕を見ている。 

 なんで、デコピンされたんだろうか? 

 僕は謝ろうとしただけなのに。

 その行動の意味は、父さんの言葉を継いで母さんが答えてくれた。
 

「そうよ、匠真。 謝ることなんてなんもないの、お父さんとお母さんは匠真のことを生んだことに後悔はないし、もし、そのせいで私達が死ぬって分かっていても匠真のことを生んだわよ?」
 

 母さんの言葉に絶句する。 

 なんで、そんな風に言える?

 いくら親だからと言って……
 

「親だからだよ」
 

 僕の表情から、なにを考えているか察したのだろう。
 
 父さんはそう言った後に続ける。

「親っつーのはそういうもんなんだ。 子供のためだったらなんだって出来る。 それは、あー、その、なんだ…… 「愛してるからよ」 ……そう、それだ。 だから、謝んじゃねぇよ。 息子から謝られたら、お前を産んだことを否定されてるようじゃねぇか」
 

 そうぶっきらぼうに言い放つ父さんの言葉は、どこまでも温かく、胸の中にストンと落ちてきた。
 
 母さんの方を見ると同じ考えなのか、うんうんと頷いている。
 

「……ほんとにご「謝んなつってんだろうが」……はい」
 

 そう言われて、頭を上げる。
 
 父さんと母さんの顔を真っ直ぐ見つめて、さっきみたいな悲しみや申し訳なさではなく、とびっきりの感謝、そして、愛を込めて、
 

「父さん、母さん、本当に…… ありがとう。 僕を産んでくれて、育ててくれてありがとう。 僕は二人の子供で幸せだよ」
 

 思いを告げた。
 

「……おう」
 
「いいのよ、生まれてきてくれてありがとうね」
 

 母さんは、とても嬉しそうな表情で言葉を返してくる。 その表情は、愛に満ち溢れ、とても魅力的な表情だと思った。
 
 父さんは…… 顔を背けてしまったので表情が読み取れなかった。 ただ、顔を背ける直前、目尻に光るものが見えた気がするが、指摘するのも野暮だと思うので、黙っておく。

 ……少しは親孝行出来ただろうか?
 
 生前は、なにも返すことは出来なかったけど、少しは両親にもらったものを返すことが出来ただろうか。
 
 どこか、幸せそうな雰囲気を見せる両親を見て、そんなことを思った。
 


 *



 気持ちを伝え合って、会った直後の緊張や興奮が収まり、安らかな気持ちになったところで、色々と気になったことを聞いてみる。
 

「そういえば、二人共、よく僕のことが分かったね? 父さんはともかく、母さんは俺の顔なんて全く知らないのに、この部屋に入って来た時、確信持ってたみたいだけど、なんで分かったの?」
 
「んー、話すと長くなるんだけど…… そうね、匠真はここに来る前に女神さんに会った?」
 
「フォルティを知っているの?」
 
「知ってるもなにも、私もお父さんもあの女神さんに会っているのよ。 ね、あなた?」
 
「ああ、会ったな。 んで、対面した瞬間、土下座されたな」
 

 あー、父さんも母さんもフォルティに土下座されたのか。
 
 
「それでね、匠真の不幸体質のことを教えてもらったの。 それと同時に、『お詫びとして、匠真さんが死んでしまった時に、会って話すことを望みますか?』って聞かれたの」
 
「……そうだったんだ」
 
「もちろん望みますって即答したわ。 もう話すことも叶わないと思ってたことが叶うと聞いて、いてもたってもいられなかった。 そこからは、色々話を聞いて、その時が来るまで備えようって話になっていたんだけど……」
 
「けど?」
 
「俺が死んじまったんだよな」
 

 ずっと母さんの横で話を聞いていた父さんが、母さんの代わりにそう告げてきた。
 

「そうなのよ。 今まではお父さんが、匠真の近くにいたから安心していたけど、お父さんが死んでしまって、とても不安になったわ。 それで、私達二人で女神さんに、どうにかして匠真のことを見守れないかって頼んでみたら、すごい悩んでたけど、女神さんと一緒に匠真の生活を見せてもらえることになったのよ。 だから、匠真がどんな顔で、どんな性格なのかとかは知っていたの」
 
「そうだったんだ」
 
「そう、だから、匠真が最後に女の子を庇ってトラックにひかれた所も見ていたわ。 その瞬間を見た時は、死んでいるのに心臓が止まるかと思ったわ」
 

 そんなところまで見られていたのか。
 
 確かに、自分の子供が死ぬところなんて見たくないに決まっている。
 
 あ、そういえば……!
 

「もしかして、その場面を見てたなら、あの女の子がどうなったか分かったりする?」

 
 そう、あの女の子のことだ。
 
 庇ったはいいが、その後どうなったのかは、死んでしまった今、分からない。
 

「ああ、あの女の子なら無事だぜ。 流石に骨の何本かはヒビ入ったりしたみたいだが、命に別状は匠真がしっかりと抱え込んで庇っていたおかげでないみたいだ」
 
「そっか…… 助かったんだ。 それなら良かった……」
 
「ついでに言っておくと、その後が気になってちょっと見てたんだが、匠真の葬式にも来てたぜ。 お前の写真の前で、泣きながら謝ってたよ。 それで、最後は「私のことを守ってくれてありがとう。 お兄さんの分も精一杯生きていきます」って言ってたぜ」
 

 そう言ってもらえると、助けた甲斐があったかな?
 
 僕のことは忘れてくれていいんだけど、そうもいかないならせめて、あの子が強く生きれるように願うことにしよう。
 

「匠真が死んでしまったのは、とても悲しかったけど、そのおかげで一つの命が救われたって思うと、少し誇らしく思うわ。 ほんと、自分より他人を助けようとするなんて、誰に似たのやら」

 
 そう言いながら母さんは、クスクス笑いながら父さんの方を見る。
 
 父さんはそれを受け、明後日の方向を向いた。
 

「どういうこと?」
 
「ふふっ、お父さんも昔、私が高校生の頃、ガラの悪い人に絡まれて困っていた私を助けてくれてね。 三人くらいだったかしら? 「四人だ」 そうそう。 それで、ガラの悪い人に向かって 「困っているから離してやれ」って言ってくれたのよ」
 
「それで、どうなったの?」
 
「もちろん、向こうは拒んだわ。 人数も多いし負けるわけないと思ったんでしょうね。 そこからはもう、大喧嘩よ」
 
「え、四対一で? 大丈夫だったのお父さん?」
 

 じっと話を聞いていた父さんに視線を向ける。
 

「ああ、一応それなりに武道の経験があったからな。 お前も行っていた、道場の師範代の爺さんに色々仕込まれていてな」
 

 あー、あのお爺さんか、僕が行っていたのは父さんが死んでしまった時までだったけど、結局、一撃も入れることは出来なかったな。
 

「それでね、流石に武道をやっていたと言っても四対一だったから、不良達が逃げていく頃にはお父さんもボロボロになっててね。 それでも、私の事を気遣って 「怪我はないか?」 って言ってくれたの。 そこで私はお父さんに惚れちゃった」
 
「それは、確かにカッコいいね」
 
「でしょー? それで、その後、平気そうな顔してたけど、やっぱりキツかったみたいで、お父さん倒れちゃってね。 私の実家の近くだったからそこに運んで介抱したの。 それで、目を覚ましたお父さんはお礼だけ言って、さっさと行こうとしたんだけど、私は呼び止めてこう言ったの。 「あなたに助けられて惚れてしまいました。 連絡先教えてくれませんか?」 ってね」
 

 なんというか…… 行動が早いな。
 
 でも、会ったばかりの人だし、そこで別れてしまったら、二度と会えないかもしれないって考えると、その行動も理解できるのかな?
 

「父さんは、それでどうしたの?」
 

 黙ったままの父さんに話を聞いてみたくなったので、聞いてみる。
 

「……最初は断った。 俺みたいなつまらん男を好きになってもいい事はない。 君にはもっといい人がいるって言ったよ」
 
「そしたら?」
 
「怒られた」
 
「へ?」
 
「『勝手に私の気持ちを否定しないでください。 私があなたを好きになったのは間違いないことで、私にとってのいい人はあなたです。 それに、あなたがつまらないかどうかも私が決める事です。 なので、連絡先を教えてください。 あなたをもっと知りたいんです』ってな」

 母さん…… すごいな。
 
 言葉では表しにくいけど、強い心を持っているってことはわかった。
 

「それで、お父さんも折れたのか、連絡先教えてくれてね。 それからは、私のことを好きになってもらいたくて猛アタックしたわ。 告白も私からで、改めて付き合ってください。 って言ったら、お父さんも好きになってくれていたみたいでOKしてくれたの。 そこから付き合い始めて、お父さんは高校卒業した後すぐ、実家の仕事を継いで、私はお父さんを支えたくて大学に行って、色んなことを学んだわ。 その後、私が大学卒業して二年くらいした時に、お父さんから、プロポーズしてくれたの」
 
「お父さんからだったんだ?」
 
「……最後まで母さんに言わせてたら情けないだろ」
 

 明後日の方向を向いたまま、父さんはそう言う。
 

「それでね、お父さんのプロポーズの言葉がね……」
 
「オイ。 そこまででいいだろ」
 
「え~、匠真にも聞いてもらいましょうよ~」
 
「ダメだ」
 
「なんでよー?」
 
「……二人だけの秘密ってことでいいだろ」
 
「それもあるかもしれないけど、一番は恥ずかしいからでしょ?」
 
「……チッ」
 

 父さんが不機嫌そうに舌打ちする。
 

「まぁ、二人だけの秘密ということにしましょうか。 ……とてもいい言葉だったのに、匠真に教えられなくて残念だわ」
 
「はは…… いいよいいよ。 ここまでの話で父さんと母さんの馴れ初めは十分、分かったから」
 

 これ以上聞いたら、本当にお父さんが怒りそうだったから自重した。
 

「匠真も好きな人が出来たら、ちゃんと自分から言うのよ? 出来ればその子が喜びそうなことをね! 女の子はそういうことを、好きな人に言われたら本当に嬉しいものだから」
 
「いや、母さん、俺もう死んでるんだけど?」
 

 死んだ自分に好きな人なんて出来ることはないだろう。
 

「え? あ、もしかして、まだ聞いてないのかしら?」
 
「そうみたいだな」
 
「ん? どういうこと?」
 
「うーん、なんでもないわ! この後、女神さんが話すと思うし、私たちは余計なことは言わない方がいいわね」
 
「そうだな」
 

 なんか、二人で納得してしまった。
 
 なんなんだろうか?

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