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御者の正体
しおりを挟む「御者……?」
って、誰? え、自分が乗ってる馬車の御者って逆に死角っていうか、一番視界に入らなくない?
最強の護衛……って、それ、マーテルのことじゃないなら、あの人以外いる? ――いやいやいや待って。つい最近それでぬか喜びしたの、忘れないで!
「ええ、領地に戻られる閣下の代わりに残る護衛ですから、最強でなくては困りますわね」
ボソリと呟き、固まったまま自問自答で頭の中がぐるぐるしているリデルに、ライラがにっこりとそう微笑んだ。
じゃあ、やっぱりそれって……! と、思わず扉に駆け寄ろうとしたリデルの前に、エリスがすっと立ち塞がる。だって外にいるんだよね? せ、せめて顔だけ見せて! 確認させて~~~~っ!!!
「ご確認の必要はありません。リデル殿下の護衛は五名。全員が扉の向こうに控えておりますよ」
リデルの心の叫び声を読んだかのように、エリスがそう諭す。
いつもの護衛騎士が四名、リデルの乗った馬車の両脇を守るように騎馬で並走していたのは知っている。
て、ことはその御者が、五人目の護衛で……。
「さ、湯浴みの準備が整いましたわ。――まずは湯に浸かりゆっくりとお寛ぎくださいませ。それから歓迎の宴に出る準備を」
頭の中を整理している間に、リデルは居室の奥にある浴室へと案内されていた。
確かに、言われてみれば――まだ旅装も解いていないし、長時間の馬車を旅を終えたばかり。まずはゆっくりと疲れた身体を温め、ほぐしたい。
うん。確認するのは、落ち着いて心の準備ができてから。だよね。
騎士団長が護衛として紛れ込んでる。だなんて、絶対にサルファン側に気づかれてはいけない。慌てて飛び出さなくてよかった……。止めてくれてありがとう、エリス。
そう。慌てなくても、次にこの部屋を出るときにはわかること。リデルはドキドキする胸を抑え、香油を垂らした広い湯舟に身体を沈めた。
もう作戦は始まっているのだ。と、気を引き締めて。
湯浴みを終えたリデルは、エリスのスペシャルマッサージを受け、髪もお肌もピカピカにお手入れされた。今まで使っていたケア用品も全て持ってきているから、いつも通りの完璧な仕上がりだ。
どこにいても、どんな状況でも、そこだけは決して手を抜かない。侍女たちの、信念というか執念? てスゴいよね。と感心する。
この部屋のクローゼットには、すでに煌びやかな衣装が山ほど用意されていたが、侍女たちはそれを見て、真顔で顔を見合わせた。
「衣装も何もかも、持参して正解でしたわね」
「ええ。全く」
にこやかにそう会話しているけど、目が笑ってない。彼女たちはそのやたらと布地の少ないキラキラした衣装を乱暴に脇に押し退け、持ってきた衣装を並べ始める。
ライラは持参した衣装の中から冬の略礼装を選び、リデルに着付けてゆく。
基本の形は伝統的なジャスリーガル王族の装束だけど、表は光沢のあるベルベットで裏はふわふわのファーを使っているから、暖かくて肌触りも良い。袖口や襟元には裏地のファーを出して縁取っていて、見た目もほわほわだ。
襟が高くネックガードもすっぽり隠れるデザインだから、髪を結い上げて襟足をすっきりさせ、揺れる耳飾りを付けて――完成。
「お綺麗ですわ。殿下」
仕上がったリデルの姿に、侍女たちがほうっとため息をつく。
うん。ここまでの流れも、いつも通り――だけど。
「こういう感じで、良かったの? ――ああいうの、着た方がよかったなら……」
「とんでもございません。あれはゴミです。お目汚しすることのないようすぐに片付けておきますので」
目線をクロゼットのキラキラの方に向けてそう言うと、間髪入れずにライラが被せてきた。
えーと、そりゃアレだけじゃ寒いけど、せっかく用意されてたんだし、エグデス公の機嫌を取るためにはその方がいいのかな。って、ちょっとそう思っただけなんだけど……そうですか、ゴミですか。すみません。という気持ちになる。
「とりあえず、お腹も空いたしね。――行こうか」
歓迎の宴。というからには、それなりの料理が並ぶのだろう。その場にエグデス公がいると思うと気が重いけど……食べておける時にしっかり食べておかないとね。
それに、ここを開けたら。きっと扉の前には……。
リデルは高鳴る胸を押さえながら、ライラが開けたその扉から一歩、足を踏み出した。
というわけで――。
リデルは、ぽやぽやした夢見心地のまま宴の間にやってきた。もちろん、きっちり護衛騎士を引き連れて。
一騎士に紛れてはいるが、レックス騎士団長は当然のようにリデルの一番近く、斜め後ろを歩いてる。
少し見ない間にちょっと痩せた? と心配になったけど――相変わらずの精悍な研ぎ澄まされた男らしさに、つい声が出そうになったよね! 目は伏せてらしたけれど、この至近距離で! 自分に向かって敬礼されて、一瞬気が遠くなりました! いつもこんな距離で一緒にいて平気な兄様、スゴくない? って違うか、僕がキモオタなだけですよね! ごめんなさい。
脳内はわーわー大騒ぎなリデルだが、その優雅で楚々とした立ち姿と、何の表情も浮かんでいないその氷の美貌に、会場にいた誰もが目を奪われていた。
本人の意識は背後のレックスに全集中しているので、リデル自身はそれに気づいてもいないが。
王宮にいた頃とは違って、護衛たちはすぐそばにいる。王や王妃の護衛と同じように。道中マーテルと一緒に居て、この距離に慣れておいて良かったな。とリデルは思う。
以前なら、男性が近づくだけで勝手に身体が強張ってしまっていたけれど、今は平気だ。……なんだか不思議な安心感すらある。兄であるヘイゼルだけが唯一の例外のはずだったのに。
推しは離れて愛でるもの――だったけれど。え、この距離ならもしや、みゃーちゃんを介さなくてもレックス様の香気が、吸える……!?
なかなかに変態じみた妄想だったが、リデルは思い切り息を吸ってみた。
……うん。すごく美味しそうな良い匂い。
だよねー。背後にいるレックス様の香気より、広間中に漂うご馳走の匂いの方が勝つよねー。
中身の残念さと反比例する優雅さで、用意された席に向かう。ありがたいことに、エグデス公の隣ではなく、向かい側の席だ。
婚儀が終わるまでは、一応お客さんの立場だからね。と、ホッとしながらリデルは席に着いた。
貴族や王族の結婚の場合は、初夜まで手を出してはいけない。という不文律がある。王族同士の政略結婚の場合は特に。婚儀の当日に初めて顔を合わす。ということも珍しいことではないし。
たくさんの女性やオメガを後宮に囲っている好色なエグデス大公だから油断はできないけれど、もし近づいてきたとしても、婚儀が終わるまでは拒否できるのだ。
リデルの歓迎の宴、と言いながら、エグデス公側の席ではもう勝手に宴会は始まっており、食べきれないほどのご馳走と酒を前に、部屋のクローゼットにあったような布面積の少ないキラキラ衣装の女性たちを侍らせている。……それ、寒くないのかな? とチラリと女性たちに目をやったリデルに、
「おお、お待ちしておりましたぞ、リデル殿。ささ、存分に召し上がれよ。嫋やかな様も美しいが、私はふくよかな方が好みでしてなぁ」
相変わらずの、ナメクジが這うようなべっとりした視線を送られて、本気で寒気がした。せっかくのご馳走なのに、食欲が失せるようなこと言わないでほしい。
並んだ料理の中には初めて見る料理もあって、どれも美味しかった。この国の民族衣装らしい独特の形の衣服を身につけていた給仕の者たちは、皆サルファーンで、男女ともにきびきびと動きもよく気配りも行き届いている。おかげで食事自体はとても満足できるものだった。
広間の端には舞台が設けられ、大道芸や舞踊なども披露されていたが、総じて下品で、リデルが楽しめるような種類のものではなかった。
器も盛り付けも美しく、工夫を凝らした美味しい料理なのに、エグデスは、下品な舞踊を見ながら品のない笑い声をあげ、汚らしく食べ散らかしている。
無理やり酒を勧められそうになったり、酔っ払った大公に、こちらを来て酌を、などと、絡まれる度に、ライラたち侍女ややんわりと断り、後ろの護衛が睨みを利かせてくれるので、リデルは眉一つあげることなくスルーしていた。
もういいかげん席を辞したいんだけどな。とタイミングと伺っていると、ちょうど出し物が終わり、舞台上には、誰もいなくなった。この合間に退出しようかと席を立ちかけたリデルだが――。
次の瞬間、舞台に押し上げられたものを見て、目を見開いた。
これまで取り澄ました顔しか見せなかったリデルのその反応に、
「大国ジャスリーガルの王弟殿下から見れば、鄙びた田舎のつまらぬ余興の数々、退屈させてしまっいましたかのぅ。――ですがこの見せ物は、世界広しといえど、このサルファン公国にしかございませんぞ」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべたエグデスは、余興に何の興味を示さなかったリデルの態度を揶揄しながら、得意げに言った。そうして酔いにふらつく足で立ち上がると、
「こちらが我がサルファンの宝珠。未来を見通す占い師『緋染』にございます!!」
ジャスリーガルの宝珠と称されるリデルに向かって、大公はまるで興行師のようにそう声を張り上げた。
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ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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