33 / 37
失われた皇國
しおりを挟む「ふむ……言われてみれば、確かに」
謎の占い師?について、何か掴んでいるかと思いきや――マーテルは、初めて気づいた。という顔をした。
「ミリアム姉様は、輸送隊の襲撃の件では、サルファンの占い師の予見? の可能性も少し考えたらしいけど、そこまで詳しい場所と時間を当てられる占いなんて流石に現実的じゃない。とも言ってたんだ。結局、内通者から情報が漏れてたってことだから、占いは関係なかったみたいだけど――飢饉が起こるだけじゃなく、それが二年に及ぶことも予見できてたんなら、もしかしたら近々起こる戦や奇襲とかが予見できてもおかしくないかもって……」
リデルはそこまで言ってから、
「あ、もちろん、そんなの考えすぎだと思うけどね!」
慌ててそう付け足した。
「いや、ご賢察であられます。あらゆる可能性を視野に入れるのは大切なことですからの。――エグデスらは、占い師と思っているようですが……聞くところによれば、我らが想像する占い師とは少し違うらしいのです」
「聞くところによれば……?」
って誰から聞いたんだろう? てか占い師じゃないの???
不思議そうな顔で見つめるリデルに、マーテルは説明を始める。
「我が東方領は、サルファンと国境を接しておりますゆえ民間の交流もあり、彼の国の難民が領地に逃れてくることもあります。近年は食い詰めた流民が次々とね。此方のもそうした難民を養う余裕などないのですが……話を聞けば追い返すのも、忍びないような状況でしてな。それが今となっては――彼らのもたらす情報は、非常に有益なものとなっております」
なんだかんだ言って、マーテルは温情派で無辜の民には慈悲深い。敵には容赦ないけど。そのおかげで、未知の国だったサルファンの情報も流れてくる。ってことか。
「殿下は、サルファン公国人――古くはサルファーンと呼ばれた民族ですが、彼らについて何かご存知ですかな?」
「サルファーンは、ユレクミア山脈の向こう側、東方に住む人たちのことだよね。こちら側とはかなり違った文化を持つっていうのは聞いたことはあるけど……言葉も違うって」
それ以上のことはよく知らなかった。
「そうですな。彼らは黒髪黒目で顔立ちも我らとは違うので、見ればすぐにサルファーンだとわかります。ユレクミア山脈によって隔てられた地ゆえ近年まではほとんど交流もなく、こちら側とはかなり異なる文化圏でした。ですが――十数年前、彼の国はエグデス大公らの手に落ちてしまった」
「どうして、そんなに簡単に……」
皇統が絶えた混乱に乗じて、というのは聞いていたけれど。
「あの国は、山や森、川や湖の広がる緑豊かで水資源にも恵まれた豊かな地ですが、その分、人の住める平地は少なく、国土の割に人口が少ない。周囲を険しい山脈や山々、広い河川や大湖に囲まれた要害で、長らく外敵による侵略もなかった。要するに、古来より連綿と続く万世一系の皇家が治める国――彼の国『サール・ファアム皇國』は、それまでずっと『平和な独裁国家』だったわけです」
なんだか地理と歴史の授業を思い出すな。と思いながら、リデルはマーテルの話を聞いていた。今の国名であるサルファン公国の『サルファン』は、元の国名を公用語読みした名称だ。東方の言語で発音すれば、『サール・ファアム』になる。
「全ての権力は皇とその一族に集中しており、政治も軍も全て皇の直下で、それに準ずる勢力は他になかった。それなりの権限と領地、領兵を持つ貴族階級に当たる勢力がの。まぁ小規模な国家であれば、その方が効率的。国内での争いも生じにくいですしな。だが、その代わり――その天辺を奪われたら終わり。ということです」
なるほど。もしそれがジャスリーガルなら――仮に、王国騎士団が全滅し王が討たれ王都を押さえられたとしても、諸侯らが領兵を率いて立ち上がることが出来る。だが他に兵力もなく指導者もおらず、残ったのが市井の民だけならば抵抗は難しいだろう。
「皇國では皇は神に等しい存在で、信仰に近い崇敬を集めていたとか。ゆえにその尊い血筋でなければ、皇とは認められぬのです。そこに付け込んだエグデスは、騙し討ちのように血族が絶えてしまった皇國自体を廃し、自らを君主として新たにサルファン公国を建てた。――民からすれば、まさに青天の霹靂。知らぬまに国を乗っとられていたのですから」
一旦そこで話を切り、マーテルは揺れる馬車の中で居住まいを正す。
「さて、本題はここからです。――実は皇國には、その途切れた皇統と同じくらい古い血筋の、代々『巫女』を輩出する家系があったらしいのです。だが、エグデスらはその存在を知らず、当時の巫女は戦乱に紛れ身を隠したらしいのですが……」
「それが、例の占い師?」
思わず身を乗り出していたリデルに、
「さよう。詳しい経緯まではわかっておりませぬが、飢饉を予見したのはおそらくその巫女とやらで、彼女は今エグデス大公の囚われている。という情報を、流民たちから得ております。……あくまで噂ですがの」
マーテルは、占い師だろうが巫女だろうが胡散臭いことには変わりはない。とでも言いたげに鼻を鳴らす。マーテルは神を信じてない。信と誠を捧げるのは主君のみ。だ。そこは絶対にぶれない。
「そっかぁ……。んー、でもその噂が本当だとして……それならもしその巫女が奇襲を予見できてたとしても、わざわざそれをエグデス大公には教えない。よね?」
「儂なら、絶対に言いませんな」
だよね。とリデルは頷く。
飢饉の場合は、民の生活や生死に関わる事だから広く知らせる必要があるけれど。わざわざ敵にそれを教えてやる必要はない。宮殿のどこかに囚われているなら、奇襲に紛れて逃げるチャンスもあるかもしれないし。
「そんな状況なら――この作戦が成功することは、ジャスリーガルだけじゃなく、サルファーンのためにもなる」
「その通り。彼らはエグデスに国を奪われ、その圧政に苦しんでおります。国を取り戻すために結束し、そろそろ反乱を目論む組織もいくつか育ってきておるようですな」
マーテルのその口ぶりから、サルファンにはすでにマーテルの手のものが潜んでいそうだな。と思う。逃げ込んできた難民では知り得ないような情報もあった気がするし。水面下ではすでにもう動き始めているのかもしれない。
リデルとマーテルは、その旅路の間ずっと、時にはライラたちも加わり、サルファン攻略のための作戦会議に明け暮れていた。
24
ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
些細なお気持ちでも嬉しいので、感想沢山お待ちしてます。
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~
仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」
アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。
政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。
その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。
しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。
何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。
一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。
昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる