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失われた皇國

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 「ふむ……言われてみれば、確かに」

 謎の占い師?について、何か掴んでいるかと思いきや――マーテルは、初めて気づいた。という顔をした。

 「ミリアム姉様は、輸送隊の襲撃の件では、サルファンの占い師の予見? の可能性も少し考えたらしいけど、そこまで詳しい場所と時間を当てられる占いなんて流石に現実的じゃない。とも言ってたんだ。結局、内通者から情報が漏れてたってことだから、占いは関係なかったみたいだけど――飢饉が起こるだけじゃなく、それが二年に及ぶことも予見できてたんなら、もしかしたら近々起こる戦や奇襲とかが予見できてもおかしくないかもって……」

 リデルはそこまで言ってから、

「あ、もちろん、そんなの考えすぎだと思うけどね!」

 慌ててそう付け足した。

「いや、ご賢察であられます。あらゆる可能性を視野に入れるのは大切なことですからの。――エグデスらは、占い師と思っているようですが……聞くところによれば、我らが想像する占い師とは少し違うらしいのです」

「聞くところによれば……?」

 って誰から聞いたんだろう? てか占い師じゃないの???
 不思議そうな顔で見つめるリデルに、マーテルは説明を始める。

「我が東方マーテル領は、サルファンと国境を接しておりますゆえ民間の交流もあり、彼の国の難民が領地に逃れてくることもあります。近年は食い詰めた流民が次々とね。此方のもそうした難民を養う余裕などないのですが……話を聞けば追い返すのも、忍びないような状況でしてな。それが今となっては――彼らのもたらす情報は、非常に有益なものとなっております」

 なんだかんだ言って、マーテルは温情派で無辜の民には慈悲深い。敵には容赦ないけど。そのおかげで、未知の国だったサルファンの情報も流れてくる。ってことか。

「殿下は、サルファン公国人――古くはサルファーンと呼ばれた民族ですが、彼らについて何かご存知ですかな?」

「サルファーンは、ユレクミア山脈の向こう側、東方に住む人たちのことだよね。こちら側とはかなり違った文化を持つっていうのは聞いたことはあるけど……言葉も違うって」

 それ以上のことはよく知らなかった。

「そうですな。彼らは黒髪黒目で顔立ちも我らとは違うので、見ればすぐにサルファーンだとわかります。ユレクミア山脈によって隔てられた地ゆえ近年まではほとんど交流もなく、こちら側とはかなり異なる文化圏でした。ですが――十数年前、彼の国はエグデス大公らの手に落ちてしまった」

「どうして、そんなに簡単に……」

 皇統が絶えた混乱に乗じて、というのは聞いていたけれど。

「あの国は、山や森、川や湖の広がる緑豊かで水資源にも恵まれた豊かな地ですが、その分、人の住める平地は少なく、国土の割に人口が少ない。周囲を険しい山脈や山々、広い河川や大湖に囲まれた要害で、長らく外敵による侵略もなかった。要するに、古来より連綿と続く万世一系の皇家が治める国――彼の国『サール・ファアム皇國』は、それまでずっと『平和な独裁国家』だったわけです」

 なんだか地理と歴史の授業を思い出すな。と思いながら、リデルはマーテルの話を聞いていた。今の国名であるサルファン公国の『サルファン』は、元の国名を公用語読みした名称だ。東方の言語で発音すれば、『サール・ファアム』になる。

「全ての権力はおうとその一族に集中しており、政治も軍も全て皇の直下で、それに準ずる勢力は他になかった。それなりの権限と領地、領兵を持つ貴族階級に当たる勢力がの。まぁ小規模な国家であれば、その方が効率的。国内での争いも生じにくいですしな。だが、その代わり――その天辺を奪われたら終わり。ということです」

 なるほど。もしそれがジャスリーガルなら――仮に、王国騎士団が全滅し王が討たれ王都を押さえられたとしても、諸侯らが領兵を率いて立ち上がることが出来る。だが他に兵力もなく指導者もおらず、残ったのが市井の民だけならば抵抗は難しいだろう。

「皇國では皇は神に等しい存在で、信仰に近い崇敬を集めていたとか。ゆえにその尊い血筋でなければ、皇とは認められぬのです。そこに付け込んだエグデスは、騙し討ちのように血族が絶えてしまった皇國自体を廃し、自らを君主として新たにサルファン公国を建てた。――民からすれば、まさに青天の霹靂。知らぬまに国を乗っとられていたのですから」

 一旦そこで話を切り、マーテルは揺れる馬車の中で居住まいを正す。

「さて、本題はここからです。――実は皇國には、その途切れた皇統と同じくらい古い血筋の、代々『巫女』を輩出する家系があったらしいのです。だが、エグデスらはその存在を知らず、当時の巫女は戦乱に紛れ身を隠したらしいのですが……」

「それが、例の占い師?」

 思わず身を乗り出していたリデルに、

「さよう。詳しい経緯まではわかっておりませぬが、飢饉を予見したのはおそらくその巫女とやらで、彼女は今エグデス大公の囚われている。という情報を、流民たちから得ております。……あくまで噂ですがの」

 マーテルは、占い師だろうが巫女だろうが胡散臭いことには変わりはない。とでも言いたげに鼻を鳴らす。マーテルは神を信じてない。信と誠を捧げるのは主君のみ。だ。そこは絶対にぶれない。

「そっかぁ……。んー、でもその噂が本当だとして……それならもしその巫女が奇襲を予見できてたとしても、わざわざそれをエグデス大公には教えない。よね?」

「儂なら、絶対に言いませんな」

 だよね。とリデルは頷く。
 飢饉の場合は、民の生活や生死に関わる事だから広く知らせる必要があるけれど。わざわざそれを教えてやる必要はない。宮殿のどこかに囚われているなら、奇襲に紛れて逃げるチャンスもあるかもしれないし。

「そんな状況なら――この作戦が成功することは、ジャスリーガルだけじゃなく、サルファーンのためにもなる」

「その通り。彼らはエグデスに国を奪われ、その圧政に苦しんでおります。国を取り戻すために結束し、そろそろ反乱を目論む組織もいくつか育ってきておるようですな」

 マーテルのその口ぶりから、サルファンにはすでにマーテルの手のものが潜んでいそうだな。と思う。逃げ込んできた難民では知り得ないような情報もあった気がするし。水面下ではすでにもう動き始めているのかもしれない。


 リデルとマーテルは、その旅路の間ずっと、時にはライラたちも加わり、サルファン攻略のための作戦会議に明け暮れていた。
 

 
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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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