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内通者の正体

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「――じゃあ、サルファンに輸送隊の通るルートとその日時を漏らしたのは、エヴァンス侯爵家だったってこと? ミハエルの独断ではなく?」

 マーテルから聞いた内通者の正体は、微妙に意外な人物だった。

「さよう。あの若造に、独断でそれをやる度胸も知恵もありませぬよ。当主から命じられてシーバーの息子から輸送ルートをそれとなく聞き出そうとはしていたようですが……そもそも息子といえどシーバー副団長がそれを漏らすはずがない。その息子だとて、聞かれたところで知らないものは答えようもない。だが、そのあと極秘ルートを進んでいた輸送隊が何者かに待ち伏せされて襲撃された。となれば、さすがに黙ってはいられない。息子は父親にそれを打ち明け、当然シーバーもそれをすぐに騎士団長に報告した。騎士団内の情報共有はきちんと出来ておるようですな。――なので、この時点で、シーバー副団長とその息子へ疑いはほぼ消えました。そしてミハエルもそれを探っていたことは認めましたが、情報を手に入れることはできなかったと」

「じゃあ、エヴァンス侯はどこからその情報を?」

「――騎士団の馬は、どこから調達しているかご存知ですかな?」

「馬といえば、エヴァンス領の……え、そこから?」

 広く雄大な平原を領地に持つエヴァンス領は牧畜が盛んで、食用の畜産だけでなく優秀な軍馬の産地としても名を馳せていた。当然、騎士団に所属する馬もそのほとんどがエヴァンス産で、馬だけでなく調教師や厩務員はもちろん、馬具職人や装蹄師もエヴァンス領出身の者がほとんどだ。

「ルートの特定は出来なくとも、峠を越えるための装備や装蹄が必要。となれば、その準備を命じられた者には、サーベントで荷を受け取った輸送隊とその荷馬車がティグィ峠を通る。というのはすぐわかる。サーベンドと王都との間にある峠は、ティグィだけですからの」

 確かに、言われてみればなるほど……だけど。

「証拠はあるの?」

「はい。騎士団の方で、エヴァンス家の者にそれを漏らしたことを認めた装蹄師を証人として確保してるようです。装蹄師はもちろんそんなことになるとは夢にも思ってなかったでしょうから、聞かれるままにすべて正直に話したそうです」

 エヴァンス侯爵家は、恵まれた領地を持つ古くからの有力貴族の一つで、マーテル侯爵家のように先王とともに戦場を駆け回っていたような武闘派ではなく、貴族主義的な傾向の強い保守派だ。実力主義で身分にあまり拘らない王家に対して不満はあったかもしれないけど……彼らの王家に対する忠誠を疑ったことはない。何より、成り上がりの小国だとあからさまにサルファンを侮っていたのは、彼ら保守派だったはずだ。
 その筆頭とも言えるエヴァンスが、サルファンと通じていたなんて――リデルは俄には信じられなかった。
 
「なぜエヴァンスはそんなことを……」

「不測の事態に備え、少なくとも一年分以上の食糧の備蓄をすることは、各領主の義務です。農作物の取れない領地ならいざ知らず、畜産だけでなく豊かな農地も持つエヴァンスなら、それ以上の蓄えはあったはず。ですが――足りなくなった」

「備蓄を怠っていたってこと?」

「いいえ。前年の飢饉の際に、余剰の備蓄をサルファンに売り渡してしまっていたからですよ。相場よりも随分と高い値段で、こっそりと。さぞや儲かったことでしょうな。。だが――凶作は次の年も続いた。さて、となるとどうしましょう? もう食糧の備蓄はない。だが、王家を頼ることもできない。本来あるはずの備蓄を、目先の金に目が眩んで友好国でもないサルファンに勝手に売り払いました。などとは、口が裂けても言えませんからの」

「それって……」

「左様、まんまとサルファンの罠に引っかかったのですよ、エヴァンスは。そうして結局、売った値段の倍以上の値でサルファンから食糧を買い戻す羽目になった」

「……馬鹿なの?」

 リデルは、思わず眉間を押さえた。
 目先の欲に目が眩んだエヴァンスは、王家を裏切り、サルファンに財を剥ぎ取られ、弱みを握られた。それを盾にとって脅されては逆らえないだろう。そうして――ついには売国奴に成り下がった。と。

「救いようのない阿呆ですな。――まぁ、凶作が二年も続くと思わなかったのは、我らも同じですが。本来恵みの雨となるべき雨季の異常なまでの長さと、追い打ちをかけるようなイナゴの大発生までは、我が国の星見も予見できなかった。だがなぜか、サルファンだけがそれを知っていた。占い師とやらのおかげ。というのは眉唾ですがの。――結局、サルファンの思惑通りにことは進んでしまった」

 忌々しげに、マーテルはそう話す。

「こちらも、すでに証拠は押さえたそうです。直接の取引の記録を残したくなかったのでしょう、商会を介してサルファンとやり取りしていたらしく、その商会に残っている記録を入手できたようで」

「え、もう?」

「国の内外を問わず、大陸中を行き来する商人には彼ら独自のネットワークがあります。サルファンとの付き合いの深い商会とエヴァンス家との取引の噂を聞きつけたレックス商会が、不審に思い調べておったようですな。取引そのものは違法ではないが……商人の勘とやらで、何かきな臭いものを感じたのでしょう。そのうちに輸送隊の襲撃事件が起こり、そのすぐ後にサルファンからの使者が、とくれば、何か関連があるやも。と考えた義父殿から騎士団長に報告があって――昨夜のうちに秘密裏に取引の証文を押さえたそうですよ。騎士団長は仕事は早いですな」

 レックス様、凄すぎる……。てか、この何日間かでそこまで成果を上げてたんなら、そりゃ姿を見ないはずだよね。ちゃんと寝てる? と心配になるレベルの急展開だ。

「……ま、出発に遅れまいと必死だったのであろうがの」

 どこか呆れた調子で、ボソリとそう呟く。

「あとはすべての証拠を突きつけて、本人に認めさせるだけですが……それは我らがサルファンを下した後で良い。いま下手に動いて、サルファンにこちらの目論見を気取られても厄介ですからな。あの茶番劇は、エヴァンスや役ただずの貴族どもへの目眩しの意味もあったのですよ。なにしろ、この作戦は秘密裏に下された国王直々の命令」

 そこまで言ったマーテルは、ニヤリと不適な笑みを浮かべ、

 「知っているのは、王国騎士団の精鋭と、一騎当千の我らマーテル領の領兵のみ。奇襲にて一気に方をつける所存にございますれば。なぁに、サルファンの雑兵ごとき、恐るるに足らず。一瞬で蹴散らして見せましょうぞ!」

 嬉々としてそう続けた。
 ……なんか、生き生きしてるねマーテル。めちゃくちゃ楽しそう。

「確かに兵力はうちの方が上だと思うし、何も知らずに油断しているところを突けば、奇襲は成功するだろうけど……」

 今回の戦は、エグデス大公とその一味を倒せばそれで勝ちだ。そうなった時、金で雇われた傭兵や彼に搾取され虐げられていた国民が、それでもジャスリーガルに刃向かってくるとは考えられない。
 でも奇襲って、相手がそれに気づいていない。というのが大前提で。もし気づかれていたら――逆にそれは相手の罠に陥ることになってしまう。

「何か、気になることでもありますかな?」

 そう眉を上げたマーテルに、リデルはこの話をする前からずっと引っかかっていたことを告げた。

「サルファンの占い師に、この奇襲作戦が予見されてたりする可能性は、ない……のかな?」



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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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