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運命の出会い 4

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 王家の金庫番として財務を預かるカレンディア候は、一人息子で唯一の後継であるユリウスにだけはその鍵の在処を明かしていた。もし万が一、突然自分の身に何かあった場合、鍵の在処がわからなくならないようにと。

 堅物で贅沢を嫌う父に厳しく育てられたユリウスは、子供の時から大人しく真面目な性格で、父の後を継ぐべく財務官となり、真面目に勤めていた。だが――その反動だったのか、大人になってから悪い遊びを覚え、賭け事と女に溺れてしまった。
 そうして、父の目を盗み上手く遊んでいたつもりが、いつの間にか自分ではどうにもならない額の借金を抱えてしまっていた。その時――借金をしていた賭博場の胴元に囁かれたのだ。

『あんたの家には、宮殿の宝物庫の鍵があるんだろう? ほんの少しの間だけその鍵を開けてくれたら……あんたの借金はチャラにしてやってもいい。――なぁに、何も根こそぎ盗もうってんじゃねぇ。見つかりゃ俺たちだって首が飛ぶ。ほんの少し、バレない程度にいただくだけさ。あんたが上手く手引きしてくれりゃ、誰にも見つからず、お互いの懐が潤う。そうだろ?――――ああ、見張りの騎士がいるって? そんなもの、どうにでもやりようはある。あんたが俺たちの言う通りに動けばな。……ま、できないならできないで別に構わないがね。こっちは、どっからだろうと借金を返して貰いさえすればいいんだ。あんたより、親父さんに直談判した方が早いかねぇ?』

 王家の金庫番としての矜持こそが全ての、昔気質の父にこのことが知られれば……勘当どころか、恥晒しと激昂され、切り捨てられてもおかしくない。
 いま宝物庫にある金銀や宝物は、この国の予備資産だ。よほどの財政難にならない限り、その中身に手をつけることはない。自分の借金分にほんの少し色をつけた程度なら……きっと誰にもわかりはしない。
 少しずつ自分の給金から、いや代替わりして自由にカレンディア家の財産を管理できるようになったら、そこからこっそり返しておけば良いのだ。

 世間知らずのユリウスは、そんな甘い浅はかな考えで自分を誤魔化す。
 どちらにしろ、盗賊たちの罠にすっかり絡め取られていた彼に、それを断る選択肢は残されていなかった。

 ――そうしてユリウスは、見張り番が眠り込んだのを見計らい、震える手で宝物庫の鍵を開けた。
 収穫祭の賑わいに紛れ彼らがことをなし終えたら、扉の鍵を閉めにゆく。それで何もかも、上手く行くはずだった。

 だが式典が始まって間もなく――突然駆け出していった護衛騎士に、会場は何事かと騒然となった。他の騎士団員がすぐさまその後を追い、ヘイゼル王までもが厳しい表情で退出してゆく。彼らが向かった方向は、王宮の奥、宝物庫のある方向だ。
 何食わぬ顔で鍵を持ったまま式典に参加していたユリウスは、顔色を失った。
 残ったミリアム王妃が、皆はこのままこの場でしばらく待つように。と、中断した式典に騒めく会場を静める。
 見つかったのだ。と、突然うろたえ震え出した息子の様子を、カレンディア侯が訝しむ。
 
 「ユリウス?」
 「あ、あ……あ、私は……なんてことを……」

 そう取り乱し蹲った息子の懐から、宝物庫の鍵が滑り落ちて――。

 ユリウスを問い詰め、全てを聞き出したカレンディア侯は、震える息子を引きずるようにして、宝物庫へと向かった。
 財務卿の息子が……このカレンディア家の血筋が、我が王を裏切り盗賊をこの王宮に引き入れるなど……! 湧き上がる怒りと慚愧の念に震えながら、息子ともども自刃して果てるつもりで。

 そうして――血に塗れ、まだその奥には盗賊の骸が積み上がる宝物庫の中で、その罪を告白したカレンディア侯とその息子ユリウスは、を知った。
 怒りに震えるヘイゼル王の威圧香にねじ伏せられながら、カレンディア侯はその床の血溜まりに頭を打ち付け低頭し、この二つの命くらいでは償えない罪に絶望した。

 リデルが生死の境を彷徨っているその間に――。 
 ユリウス・カレンディアは斬首刑に処され、建国以来の忠臣カレンディア侯爵家は爵位と領地を召し上げられ断絶となった。
 ヘイゼルは、カレンディア侯のそれまでの功に免じその命までは取らなかったが、彼は生き恥を晒すまいとその夫人と共に命を絶った。
 
 収穫祭の日に起こったその悲劇は、『ユリウス・カレンディアが宝物庫の鍵を持ち出し、この王宮に盗賊を引き入れ、運悪くリデル殿下はその盗賊と鉢合わせてしまった。駆けつけた護衛騎士テオドール・レックスがその凶刃に瀕死の重傷を負った殿下を救い、盗賊を一人残らず切り捨てた』
 世間にはそう伝わり、ジャスリーガルの民はテオドールを讃え、天真爛漫で誰からも愛されていた王家の末っ子王子の回復を願い、祈った。



 テオドールは横たわるリデルの手を握り、息がかかるほど近くで、その寝顔を見つめる。
 アルファの発する威圧香気フェロモンは、オメガを怯えさせる。ただ、愛するその番にだけは、アルファは甘く優しい香気も放つことが出来た。それは意識して出せるものではなく、愛しいと、守りたいと思う気持ちが香気となって溢れ出るのだ。
 その香気でリデルを呼び戻せと、ミリアムはそう言ったのだ。

 王国騎士団に入り、いつかこの王宮で王族付きの護衛騎士となる。何かに突き動かされるように、ただそれだけを求め、がむしゃらにここまできた。全ては運命の番に、リデルに出会うためだったのだと、今ならわかる。
 なぜ――狂おしいほどに引き合う運命の力に、逆らったのか。なぜ、自分を呼ぶ声を、あの愛しい甘い香りを、無視できたのか。己はいったい何のためにここまで来たのか――。
 悔やんでも悔やみきれないその苦渋に、臓腑は絞られ、息が詰まる。歯が砕けそうなほど噛み締めていた口中に、血の味が広がった。

 ここにテオドールが来なければ、リデルは無茶な発情を引き起こすこともなかった。きっと今この瞬間も、無邪気な笑顔で王宮も飛び回っていただろう。この小さな尊い身を踏み躙られ、死の淵を彷徨うこともなかったのだ。
 テオドールは、剣だこだらけの固くカサついたその指で、血の気を失いこけてしまったその頬をなぞる。
 閉じられたその蒼い瞼を、開いて欲しかった。一度で良いから、まだ見ぬその瞳に、自分の姿を映して欲しかった。

 朝までそばについていて良いと、部屋の隅に看護の者と侍女を残し、ミリアムはこの部屋を出て行った。

 『目が覚めても、覚めなくても……あなたにとってはどちらも地獄でしょうけれど』

 小さくそう呟いて。

 地獄なら、もう味わった。リデルが目を開けてくれるなら、どんな地獄へでもよろこんで足を踏み入れよう。

 死神ヘデルよ。どうか――この方に微笑みかけないでくれ。この手を、取らないでくれ。
 テオドールは、全身全霊でそう祈り続ける。眠り続けるリデルを、溢れ出る甘やかな香気で包みこみながら。
 
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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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