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運命の出会い 2
しおりを挟む考えるより先に、体が動いていた。
駆け出すと同時に佩いていた剣を抜き、その小さな身体に群がっていた男たちの首を刎ねた。残った躯を引き剥がし、後孔や口腔から抜けた肉を切り落とし、踏み潰す。その髪を、手足を掴んでいた手を切り落とし、その場にいた、血反吐を吐いてテオドールの威圧香気に倒れた輩もまとめて切り捨てた。――吹き出す返り血から守るように、その身体を抱きしめながら。
制服の上着を脱ぎ、冷え切ったその傷だらけの身体を包む。この部屋に立ち込めていた甘い香気はもう、霧散して消えてしまった――。残るのは、血に塗れた床から立ち上る錆びた匂いだけ。
テオドールの上着で、全身がすっぽり包まれしまうくらいの、まだ子どもの身体。輝く金の髪は泥と精液と汚れ、殴られて腫れ上がった頬、無理やり突っ込まれていたであろう口端は切れていた。薄く閉じられた目の隙間からうっすらと覗くその瞳に、光はなかった。
テオドールは、汚物に塗れたその顔をシャツで拭う。
部屋の外の喧騒は、何一つ耳に入ってこなかった。
私の――運命。
どうして、どうして、どうして――――!!!!!
言葉にならない呻きが、咆哮となって空気を震わせた。
「テオドール! リデルを離せ!!! まだ息がある!」
ヘイゼルが、正気を失いかけたテオドールの頬を思い切り張った。
思わず揺らいだその身体からリデルを奪われそうになり、テオドールは威圧を放ってその腕を拒む。舌打ちをしたヘイゼルは、
「ならば、おまえが運べ! 医者に見せるんだ! 早く!!!」
生きている……? まだ、生きて……。
リデルを抱いたままふらりと立ち上がったテオドールに、
「そのまま処置室に運べ! 侍医とミリアムの医女を呼ばせている」
二人が血の海だった宝物庫を出ると、それと入れ替わりに、部屋の前にいた騎士団員がなだれ込む。
何事かとすぐにテオドールを追ってきた護衛騎士たちだったが、彼らが宝物庫に着いた頃すでにそこは血の海で、生え抜きのアルファである護衛騎士ですら我を失ったテオドールが放つ凄まじい威圧香気に、一歩たりとも足を踏み入れることができなかった。
その後に到着したヘイゼル王だけが、その威圧に耐え部屋に入ることができたのだ。
部屋に入った騎士たちは、その惨状に息を呑む。
駆けつけた時に一瞬香った、甘い発情香。首と性器のない男の躯、飛び散る肉片と、腕。蹲るテオドールの腕の中にいた瀕死の子どもは――リデル殿下だった。何があったのかは、想像に難くない。想像など――したくもないが。
集まり始めた人々の目から隠すように、中に入った騎士たちは扉を閉め、王族付きの護衛以外を近づけないように指示を出した。
殿下は……オメガだったのか――。だが、まだ、子どもじゃないか……。なぜ……。
騎士たちは、言葉もなく項垂れる。
まだ、二次性が顕れるには早すぎる。ましてや男性オメガは、女性オメガよりもその成熟に時間がかかると言われていた。それが、ここまでの発情香を放つなんて……。
ここは宝物庫だ。ここに転がっている骸は、使用人の服装を纏ってはいるが破落戸の盗賊で間違いないだろう。少し荒らされてはいるが、ほとんどの宝物にはまだ手はつけられていない。
盗み目的でここに忍び込もうとしたところで、発情してしまった殿下に出会してしまったのか、忍び込むところを見つかって、引き摺り込んだのか――どちらにしろ、その発情香に狂わされ、盗賊たちは当初の目的を忘れて凶行に及んだ。アルファもベータも、関係なく。
「鍵をこじ開けた形跡はありません」
「盗賊と思われる男は六人。逃げた者はいないようです」
俺たちが追いつくまでのほんの一瞬の間に、皆殺し。
部屋を調べている騎士たちの報告を聞きながら、「王族付き」のリーダーであるその騎士は、テオドールの狂気に寒気がした。一瞬の出来事に、男たちは何が起こったかわからないままに絶命しただろう。
だが――どうせなら、手足や性器は切り刻んでも、首を飛ばすのは待っていてほしかったな。と思う。
宮殿の奥深く、真昼間の宝物庫に入り込むとは――。王宮内に必ず、手引きしたものがいるはずだ。おまけに鍵は元から開いていたと見える。
拷問して手引きしたものの名前を吐かせて、もっと苦しめてから殺せばよかったものを。とそう思う。
「見張り番は、どこにいる?」
地下へ続く階段の前にも、扉の前にも、騎士はいなかった。死体もない。
「いま探させています。見つかればすぐにここへ」
まぁ、生きていようと消されていようと、どうでも良いか。
この宝物庫の鍵は、2本しかない。それを持っているのは王と――。
そのもう1人の鍵の持ち主から、犯人はすぐに辿れるだろう。
彼は足元に転がる男の頭を、グシャリと踏みつけた。
「血はしょうがないが……とりあえず、散らばった肉片を全部隅にまとめておけ。これじゃ足の踏み場もない」
「は!」
王国騎士団きっての強者たちであっても、この空間は堪える。ここにいるのは、剣の腕だけではなく王家への忠誠もまた強い者たちだ。
青い顔をした騎士たちは黙々と、血溜まりから肉片を寄せ集め、引き裂かれぐちゃぐちゃになって落ちていた殿下の衣服も、ボタン一つ残さず全て回収する。
むせかえる程の血の匂いに酔いそうだが、まだ扉を開けることは憚られた。
運ばれた殿下は、どうなったのか――。ここを出てそれを知るまでには、まだ時間がかかるだろう。
今彼らにできるのは、ここで陛下の指示を待ちながら、行われた凶行の痕跡をできるだけ消し去ることだけだった。
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ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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