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内通者

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 その後、あ、と手で口を押さえたけれど。

 「でしょうね」

 一瞬の沈黙を破ったのは、ミリアム王妃。

 「それ以外に考えられないっすね」

 続いたのはモンクスだった。
 
 「……証拠は?」

 驚くでもなくヘイゼルが尋ねる。
 サルファン公国がリデルと引き換えに食料の援助を申し出たことを知る者は、この場ではミリアム王妃とヘイゼル王だけだ。それでも先ほどのモンクスの話を聞けば、聡いものならすぐにサルファン公国が思い浮かぶだろう。だがそれはあくまで推測。確証はどこにもない。

 「そんなもの、すぐにでも向こうから差し出してくるでしょ」
 「向こうから?」 
 「ええ」

 思わず聞き返していたリデルに、にっこり頷き、ミリアムは手にしていた扇でレックス騎士団長に扉を閉めるよう合図をした。すぐに部屋の外で待機している護衛たちとは、閉められたドアで隔たれる。
 今この救護室にいるのは、国王夫妻とリデル王弟殿下、レックス騎士団長、そしてティグィ峠から帰還した騎士スキッド・モンクス。の四人。ドアを閉めることでこの場から余計な人間は除外された。
 自分がここに居て良いものかと戸惑うモンクスに構わず、ミリアム王妃は話を続けた。

「で、いったいどこから、極秘だったはずの輸送隊のルートとその日時が賊に漏れたのかしらね? レックス騎士団長」

 責めるような口調ではなく、世間話のように疑問を口にする。

「――現時点ではわかりかねます。まずは調査を」
「推測で構わないから、あなたの意見を聞かせてちょうだい。勘とか? そういうのでいいから」

 そう問われ、答えに窮し推し黙ったレックスにヘイゼルが助け舟を出す。

「騎士団長の立場で、そんな確証のない発言はできないだろう、とにかく」
「堅物すぎるのも困りものね。――じゃあ、そこの貴方」

 だが、ミリアムはその言葉を遮りモンクスの方を向いた。

「え? あ、はい」
「貴方はどう思う? 現場にいた当事者として、率直な意見を聞きたいわ」
 
 にこやかだし穏やかな口調ではあるけれど――彼女が怒っていることは、ビシバシ伝わってくる。
 こういう時の番に逆らってはいけないことを知っているヘイゼルは、黙って引き下がった。
 襲われた輸送隊の荷は、同じく食糧難に喘いでいる彼女の祖国サーベントがその身を削ってまで融通してくれた、最後の希望だったのだ。ミリアムの怒りは当然といえた。
 王妃からの直接の下問にも、思ったことがすぐ口から出る悪癖を持つモンクスは、

「ミハエル・エヴァンス辺りしか思いつきませんね。私には」

 つい、そう口が滑っていた。

「私見で発言するな!」

 そう叱責したレックスに、

「それが聞きたいんだけど? 率直な意見を聞きたいと言ったでしょう。ここは取り調べの場ではないのよ、レックス騎士団長。貴方は黙ってて」

 ミリアムにピシャリと制され、王家の忠実な僕である彼は、すぐさま真一文字に唇を引き結ぶ。
 リデルは自分を守るように立つヘイゼルとミリアムの後ろで、ハラハラしながらそのやり取りを見守っていた。

「なぜ、そう思うの?」
「私たち下っ端の騎士団員には、そもそもサーベントで荷を受け取った後の帰国ルートは知らされていませんでした。輸送隊のルートを知り得たのは、レックス騎士団長以下王国騎士団の上層部のみ。隊長とその副官へ知らされたのは、荷を受け取って帰途につく直前です。あの切り立ったティグィ峠の崖の上に、大量の岩石を集め、さらにあれだけの油や火矢の用意をするなど、輸送隊出発後の短期間でできることじゃない。それに、私は今回の輸送隊の隊長と副官は、職務に忠実な信頼に足る人物だと認識しています。彼らからそれが漏れるなどあり得ない。……となれば、騎士団のお偉いさんたちの誰か。と言うことになります。さすがに、誰と誰が輸送ルートの情報を持っていたかまでは知りませんけどね」

 そう肩を竦めて見せようとして、傷が痛んだのか、モンクスは顔を顰めた。

「ふふ。その通りね」

 そこまでは、ミリアムにも想像がついていたのだろう。お利口さんね。という言う顔で微笑む。
 問題は、そののうちの、誰が漏らしたのか。だ。
 あれ? でもモンクスは、上層部の誰が情報を持っていたのかまでは知らないんだよね? なのに、どうしてさっき――。

「ミハエル・エヴァンスは、まだ新人の一騎士に過ぎない。彼にその情報を知る権限はないはずだが?」
 
 リデルの疑問を、怪訝な表情を浮かべたヘイゼルが代弁してくれた。レックス騎士団長は確かめるように自分を見たヘイゼルに、黙って頷いてみせる。
 そう。――騎士団の上官クラスに現在、エヴァンス公爵家の者はいない。引きこもりのオメガとはいえ、王族の一員で騎士団長オタクでもある彼は、騎士団所属の上官クラスの家名くらいは覚えている。ヘイゼルの言う通り、新人の下っ端騎士にそんな情報は入ってこないはずだ。
 
「でも、公爵家のアルファ様です。実力第一主義のはずの王国騎士団内においても、残念ながら貴族社会の階級は無視できないみたいですしねぇ。実際のところ、上官と部下の上下関係より爵位の上下の方が勝る場面もあるんじゃないすか? ま、平民出の私には関係ありませんが」
「……そうした風紀なのか? 騎士団内は」
「私の不徳の致すところにございます」

 王がそう問うことで、ようやくレックス騎士団長に発言が許された格好になる。 無礼な物言いのモンクスを睨みつけつつも、騎士団長はそう謝罪の言葉を口にした。
 謝罪すれば、彼の発言を肯定することになっちゃうけど。……でもでも、それってレックス様のせいじゃないよね? と、リデルは思わずミリアムの腕を引いていた。

「それより――今はまず裏切り者を特定するのが先決だわ。 犯人の目星はついたのだから、さっさと証拠を集めなくちゃ」
「え、信じてくださるんですか? なんの根拠もない一騎士の私見を?」
 
 ミリアム王妃のその言葉に驚いたのは、言った本人であるモンクスも同じだった。

「ええ。――内通者にはね、いくつかの傾向と条件があるの。今の話からその傾向が読み取れたし、条件にも全て当てはまる。貴方の私見はとても参考になったわ」
「だが、」
「該当者全員を一から悠長に調べてる時間は無いわ。これで終わりじゃないことは、わかってるでしょう?」

 決めつけるのはまだ早いと言いたげな王を遮って、ミリアムが言う。
 これで終わりじゃない……ってどう言うことだろう。時間がないって、もう冬が来るまでに間がない。ってことだよね。大切な荷を失って――まだ何か災いが起こるっていうの?

 ミリアムは、不安げに顔を上げたリデルの頬をそっと撫で、優しく微笑むと――意を決したように毅然とヘイゼルを見上げた。

「先んずれば制す。でしょ? バレていないと思っているうちに、動かなきゃ。サルファン公国に情報を流したのが、ミハエル個人なのか公爵家もグルなのかはわからないけれど……内通者には、きっとまたサルファン側からの接触があるはずよ。――その目的を達成するために」
「……すぐにエヴァンス公爵家とミハエルの内偵を。表面上は内通やサルファンの企みには気付いてない素振りでな」
「は!」

 ミリアムの意を受け、ヘイゼルがレックス騎士団長に命を下し、騎士団長はすぐさまそれを実行すべく足早に部屋を出ていった。

「ミリアム姉様……」
「疲れたでしょう? リデル。部屋に戻ってゆっくりお茶でも飲みましょうね」

 目的って、何? 大切な食糧を失って――これで終わりじゃないの?
 事情を知らされていないリデルには、なぜ、サルファンがサージェントにこんな真似をするのか――その目的も、これから何が起こるのかも、わからない。
 それは、否応なくこの場に居合わせることになってしまったモンクスも同様だったけれど。
 国王から直接『この場の会話は他言無用。まずは養生せよ』と命じられ、青い顔で頷く彼を残し、三人は西門詰め所の医務室を後にした。
 





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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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