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冬支度

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 秋が深まり、王宮内の庭園の木々も色付き始める頃。
 ジャスリーガルの森や高山は常緑の針葉樹が多いが、王都や王宮に植えられた木々は落葉樹が多く、鮮やかに色づいた紅葉が目を楽しませてくれる。
 
 日光浴を兼ねた日課の散歩も、雪が降り始めれば外に出られる日も限られてくる。リデルは、美しい紅葉と残りわずかな暖かい日差しの求めて、いつもよりも少し遠くまで足を延ばした。

 王宮の中央にある一番広い庭園までくれば、赤や橙、黄色、と彩りは様々で、どの木々も美しく色付いている。特に、腰くらいまでの高さの緋双樹の紅葉は、白い斑入りの葉の緑の部分だけが赤く色づき、赤と白のコントラストが鮮やかだ。そしてその葉の影には、艶やかに光る濃い青紫の実が鈴なりで、丸く刈り込まれたその赤い木々が順序よく並ぶ様は、なんだか可愛らしくもある。
 曲線を描いて続くその低木の間を散策するのが、リデルの最近のお気に入りだった。

 その日も、少し離れてついてくる護衛騎士たちに見守られながら庭園を散策していたリデルは、その緋双樹の帯の一番端に自分付きの侍女たちが佇んでいる後ろ姿を見掛けた。
 そのうちの一人はしゃがみ、何やら声高に話している。どうしたのだろう? と気になってそちらへ近づいてゆくと

「絶対、これ収穫するべきだと思う! こんなにたくさん実を付けてるのにただの観賞用だなんて、勿体無いと思わない?」
「でもここは王宮の庭園よ? 勝手に採るのは……」
「じゃあ、誰に許可を取ればいいの?」
「えぇ、誰って……国王陛下か、王妃様?」

 彼女たちの会話が聴こえるところまで来たリデルが、立ち止まる。

 収穫って……緋双樹の実を? え、これ食べられるの? 

 リデルは思わず、手近にあった緋双樹の実に手を伸ばしていた。小指の先ほどのその小さな実は、指で摘むと簡単に取れる。

 確かにツヤツヤしてて、美味しそうではあるけれど――とその実を陽に翳し見つめていると、

「殿下!」

 リデルに気づいた侍女の一人が思わず声を上げ、慌てて膝を折って控える。他の侍女もそれに倣った。

「これって、食べられるの?」
「あ、はい。酸味が強いのでそのままでは食用には適しませんが、煮詰めてジャムにすれば酸味が和らぎ保存食になります」
「そうか。……知らなかった」
「王都ではもっぱら観賞用として植えられているものですので……。私の故郷の村では野山に自生する緋双樹の実を集めて煮詰め、冬の間の保存食にしております」

 そう説明してくれた侍女は、確か……

「君は東方領の出身だったね」

 思い出しながら、そう呟く。
 サルファン公国との国境沿い、『不屈のマーテル』が治めるマーテル侯爵領は、東方領と呼ばれている。土地は痩せていて実り豊かな土地とは言えないが、国境を守る守護線として重要な地域だ。
 そしてその領民も、あのマーテルの領だけあって純朴で忍耐強く王家への忠誠も厚い。男性だけでなく女性や子供も武芸を身につけるのだが当たり前で、王国騎士団員にもマーテル領出身者は多かった。古来、武の国として名を馳せたジャスリーガルらしさを色濃く残す領だ。
 心配性の兄夫妻は、武芸に秀でた東方領出身の侍女を何人か、リデルにつけていた。

「は、はい。国境沿いの貧しい村ですが――あの、なので、つい勿体ないと……申し訳ございません」

 雪の華の冴えた美貌を目の前に、その聖碧色の瞳に見つめられた侍女はあたふたと顔を赤らめながらも、自らの行動が不敬であったかと身を竦ませる。

「食べられるのなら……好きに取れば良い。このまま置いても鳥に啄まれるか落ちてしまうだけなのだから。兄上には私から伝えておく」

 そう告げたリデルに、侍女は驚いて顔を上げ、

「ありがとうございます! ――でしたら、その、王宮内の緋双樹の実を全て集めて、王宮の保存食として厨房でジャムにしてもらってはいかがでしょうか? 私たちがこの実をいただいても、砂糖がありませんので……王宮の調理部なら美味しく作っていただけると思います」

 遠慮がちにそう提案する。
 確かに今は、砂糖も貴重品で手に入りにくい。王宮の厨房にならまだあるだろうけれど――でもそれでは彼女たちの口には入らなくなってしまう。
 リデルは少し思案してから、口を開いた。

「――ならば、ここにいる皆で緋双樹の実を集めて、厨房に届けなさい。君たちは材料とレシピを提供して、対価として出来上がったジャムをいくらか分けてもらうとよい。それなら、お互いに利があるだろう?」

 そう言うと、侍女たちは顔を見合わせ、嬉しそうに手を取り合った。
 ふふ。甘いものは貴重だからね。
 
 先日、サージェントからの食糧輸送隊の道中警護のため、王国騎士団から数十名の騎士が国境の引き渡し場所へと出発した。
 その輸送隊が王都に到着すれば、少しはこの状況もマシになるだろうが――蓄えは少しでも多いに越したことはない。

「私も……摘んでみて良いか? なんだか楽しそうだ」

 先ほど摘んだ実を手のひらに載せてそう問えば、

「はい! ありがとうございます! すぐに、籠を借りて参りますね!」

 侍女の一人は弾むようにそう答え、厨房へと走ってゆく。
 危ないことでない限り、彼女たちがリデルの行動をとどめることはない。むしろ部屋に篭りがちなリデルが、少しでも活動的なことをしてくれるのが嬉しいようだった。

 侍女たちの見様見真似で、熟れた実を摘むリデルをニコニコと眺め、せっせと実を集めながら楽しそうにおしゃべりをしている侍女たち。
 一緒に、その日の午後を緋双樹の実を摘むことに費やしたリデルは、今まではどこか遠巻きに、でも細やかに世話をしてくれていた彼女たちとの『距離』が少し近くなったような、そんな気がした。





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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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