15 / 37
冬支度
しおりを挟む秋が深まり、王宮内の庭園の木々も色付き始める頃。
ジャスリーガルの森や高山は常緑の針葉樹が多いが、王都や王宮に植えられた木々は落葉樹が多く、鮮やかに色づいた紅葉が目を楽しませてくれる。
日光浴を兼ねた日課の散歩も、雪が降り始めれば外に出られる日も限られてくる。リデルは、美しい紅葉と残りわずかな暖かい日差しの求めて、いつもよりも少し遠くまで足を延ばした。
王宮の中央にある一番広い庭園までくれば、赤や橙、黄色、と彩りは様々で、どの木々も美しく色付いている。特に、腰くらいまでの高さの緋双樹の紅葉は、白い斑入りの葉の緑の部分だけが赤く色づき、赤と白のコントラストが鮮やかだ。そしてその葉の影には、艶やかに光る濃い青紫の実が鈴なりで、丸く刈り込まれたその赤い木々が順序よく並ぶ様は、なんだか可愛らしくもある。
曲線を描いて続くその低木の間を散策するのが、リデルの最近のお気に入りだった。
その日も、少し離れてついてくる護衛騎士たちに見守られながら庭園を散策していたリデルは、その緋双樹の帯の一番端に自分付きの侍女たちが佇んでいる後ろ姿を見掛けた。
そのうちの一人はしゃがみ、何やら声高に話している。どうしたのだろう? と気になってそちらへ近づいてゆくと
「絶対、これ収穫するべきだと思う! こんなにたくさん実を付けてるのにただの観賞用だなんて、勿体無いと思わない?」
「でもここは王宮の庭園よ? 勝手に採るのは……」
「じゃあ、誰に許可を取ればいいの?」
「えぇ、誰って……国王陛下か、王妃様?」
彼女たちの会話が聴こえるところまで来たリデルが、立ち止まる。
収穫って……緋双樹の実を? え、これ食べられるの?
リデルは思わず、手近にあった緋双樹の実に手を伸ばしていた。小指の先ほどのその小さな実は、指で摘むと簡単に取れる。
確かにツヤツヤしてて、美味しそうではあるけれど――とその実を陽に翳し見つめていると、
「殿下!」
リデルに気づいた侍女の一人が思わず声を上げ、慌てて膝を折って控える。他の侍女もそれに倣った。
「これって、食べられるの?」
「あ、はい。酸味が強いのでそのままでは食用には適しませんが、煮詰めてジャムにすれば酸味が和らぎ保存食になります」
「そうか。……知らなかった」
「王都ではもっぱら観賞用として植えられているものですので……。私の故郷の村では野山に自生する緋双樹の実を集めて煮詰め、冬の間の保存食にしております」
そう説明してくれた侍女は、確か……
「君は東方領の出身だったね」
思い出しながら、そう呟く。
サルファン公国との国境沿い、『不屈のマーテル』が治めるマーテル侯爵領は、東方領と呼ばれている。土地は痩せていて実り豊かな土地とは言えないが、国境を守る守護線として重要な地域だ。
そしてその領民も、あのマーテルの領だけあって純朴で忍耐強く王家への忠誠も厚い。男性だけでなく女性や子供も武芸を身につけるのだが当たり前で、王国騎士団員にもマーテル領出身者は多かった。古来、武の国として名を馳せたジャスリーガルらしさを色濃く残す領だ。
心配性の兄夫妻は、武芸に秀でた東方領出身の侍女を何人か、リデルにつけていた。
「は、はい。国境沿いの貧しい村ですが――あの、なので、つい勿体ないと……申し訳ございません」
雪の華の冴えた美貌を目の前に、その聖碧色の瞳に見つめられた侍女はあたふたと顔を赤らめながらも、自らの行動が不敬であったかと身を竦ませる。
「食べられるのなら……好きに取れば良い。このまま置いても鳥に啄まれるか落ちてしまうだけなのだから。兄上には私から伝えておく」
そう告げたリデルに、侍女は驚いて顔を上げ、
「ありがとうございます! ――でしたら、その、王宮内の緋双樹の実を全て集めて、王宮の保存食として厨房でジャムにしてもらってはいかがでしょうか? 私たちがこの実をいただいても、砂糖がありませんので……王宮の調理部なら美味しく作っていただけると思います」
遠慮がちにそう提案する。
確かに今は、砂糖も貴重品で手に入りにくい。王宮の厨房にならまだあるだろうけれど――でもそれでは彼女たちの口には入らなくなってしまう。
リデルは少し思案してから、口を開いた。
「――ならば、ここにいる皆で緋双樹の実を集めて、厨房に届けなさい。君たちは材料とレシピを提供して、対価として出来上がったジャムをいくらか分けてもらうとよい。それなら、お互いに利があるだろう?」
そう言うと、侍女たちは顔を見合わせ、嬉しそうに手を取り合った。
ふふ。甘いものは貴重だからね。
先日、サージェントからの食糧輸送隊の道中警護のため、王国騎士団から数十名の騎士が国境の引き渡し場所へと出発した。
その輸送隊が王都に到着すれば、少しはこの状況もマシになるだろうが――蓄えは少しでも多いに越したことはない。
「私も……摘んでみて良いか? なんだか楽しそうだ」
先ほど摘んだ実を手のひらに載せてそう問えば、
「はい! ありがとうございます! すぐに、籠を借りて参りますね!」
侍女の一人は弾むようにそう答え、厨房へと走ってゆく。
危ないことでない限り、彼女たちがリデルの行動を止めることはない。むしろ部屋に篭りがちなリデルが、少しでも活動的なことをしてくれるのが嬉しいようだった。
侍女たちの見様見真似で、熟れた実を摘むリデルをニコニコと眺め、せっせと実を集めながら楽しそうにおしゃべりをしている侍女たち。
一緒に、その日の午後を緋双樹の実を摘むことに費やしたリデルは、今まではどこか遠巻きに、でも細やかに世話をしてくれていた彼女たちとの『距離』が少し近くなったような、そんな気がした。
72
ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
籠中の鳥の小さな噺
むらくも
BL
太陽の国のΩ王子ラズリウと氷の国のα王子グラキエは、お試し期間を終えて正式に婚約をした番同士。
ラズリウの婚約者であるグラキエは研究者として、いずれ行われる大きな調査への参加を予定していた。
婚約者と同じ調査へ参加するべく、勉強を続けるラズリウだけれど……
もっともっと、側に在りたい。
一緒に居たいα王子×離れたくないΩ王子
互いに夢中な二人のゆるあまBL短編集。
※「籠中の鳥と陽色の君(https://www.alphapolis.co.jp/novel/974250182/162917908)」後のお話です
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
些細なお気持ちでも嬉しいので、感想沢山お待ちしてます。
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~
仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」
アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。
政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。
その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。
しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。
何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。
一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。
昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる