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騎士団長の叱責

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 王宮警護に当たる騎士団員の詰め所とその前の広場は、鍛錬や引継ぎなどの業務の場でもあり、休憩中や勤務前勤務後の騎士たちが集う、憩いの場でもある。
 
 「先輩、俺、雪の華に遭遇しました……! いや、もう、綺麗すぎてちょっと意味がわかりません!! 何すかあれ? 妖精? 天使? みゃーちゃん様と日向ぼっこしてしてる姿なんて、もう……もう! 癒ししか無いんですが?! 俺、マジで騎士団入って良かったかも……」

 日没前の広場。
 勤務明けの新人騎士が、仲の良い先輩騎士にそう惚気(?)ると、

「は? マジか! 何だよ、それ! なんでおまえだけ……! くっそ、いきなり団長と組んでの護衛、ご愁傷様って思ってたのに……」

 嬉しそうな、というか嬉しすぎて放心状態の新人騎士に、先輩騎士はそう悔しがった。
 新人騎士は平民出、先輩騎士は子爵家の嫡子だが、騎士団内においては貴族であろうが平民であろうが同等、騎士団長をトップとする、完全実力主義の縦社会だ。
 上司部下、先輩後輩の序列は厳格だが、生まれの貴賤は問われないし、貴族だからと言って優遇されることもない。
 皆最初は、ヒラの騎士からスタート。入団試験も厳しく競争率も高い。王国全体と王都を守る騎士団は、憧れのエリート職で、特に王宮内の警護を任されるのはレックス騎士団長のお眼鏡に適った者だけ。
 騎士団の中でも最上級クラス、王宮警護部隊に選ばれることはこの上ない名誉だった。

「それもですよ! そのみゃーちゃん様が、団長の方へ寄ってきてその肩に乗ったものだから……あああ、あの殿下のびっくりされた顔、可愛いすぎてしんどい! 陛下と同じ尊い聖碧瞳が、うるうるのでっかいお目目が、こぼれ落ちそうなくらい開かれて……! まじで宝石みたいでした」
「え、それマジでレア……」
「ですよね? 作り物みたいな氷の無表情で、綺麗過ぎて人間感ないって噂でしたよね? 俺、めちゃくちゃラッキーでしたよね!!!」

 王宮に咲く『雪の華』、王弟殿下は滅多に王族方のプライベートエリアから出てこられない。婚姻前の『王家のオメガ』だ。宮殿の奥で大事に大事に守られている。王族のプライベートエリアに入れるのは、王宮警護の中でも特に選りすぐりの『王族付き』に限られるため、彼ら下っ端が王弟殿下と遭遇することは滅多にない。 
 興奮して喋りたく気持ちは良く分かる。

「だが……もしかして殿下、ご存知なかったのか? みゃーちゃん様が団長にめちゃくちゃ懐いてること」
「あ。はい! そんな感じでした。てか知ってても、びっくりするでしょうけどね? あの強面鉄仮面の団長に、真っ白のふわふわ猫ちゃんが戯れてる図を目の当たりにしたら。てか、陛下にトーリ王太子殿下に王弟殿下。っつうとんでもないメンツだったのに、みゃーちゃん様はいつも通りというか、いつも以上に遠慮なく、団長によってきてすりすりしてるし。俺もみゃーちゃん様すげえな?ってびっくりして、つい団長すげえ懐かれてますね。的な事が口からポロッと出ちゃって……がっつり叱られました!」

 と、てへぺろな後輩に、先輩騎士は頭を抱える。 
 
「おま……っ、マジか」

 彼は平民で、まだ入ったばかりということもあって礼儀や規律がまだぎこちなく、身体に染み込んではいない。本来なら彼はまだ団長と組んで他国の王族との会談の警護に当たれる分際ではないのだが、今回は一緒に組むはずだった騎士が直前に負傷をしたため、急遽連れていかれたのだ。

「王族方の前、というか王弟殿下がいらしたのでは抑えておられたようですけど、めっちゃ怖くて……なのに、さらにその肩にみゃーちゃん様平気で乗っかってくるんすよ? 怖いけど絵面ヤバすぎて、笑っちゃいそうになりましたもん。あ、もちろん耐えましたけどね?」
「そこで笑ってたら、おまえは今ここで笑ってらんなかったろうな……」

 思ったことがすぐ口から出るタイプのヘラヘラした新人騎士だが、平民出身には珍しい高位アルファで剣の腕も立つ。考えなしだが、観察眼はあるし目端も利くようだし……肝も座ってるようだな。と呆れつつも関心していると、

「は! 平民の下っ端風情が殿下の御前に罷り越すなど……」

 彼らの会話が聞こえていた、というか盗み聞きしていたらしい騎士の一人が、聞こえるようにそう吐き捨てた。

 声のする方へと目を向ければ、連れ立っていた数名の騎士の中に、エヴァンス公爵家子息、ミハエルがいた。彼は名門貴族の出だけあってアルファとしてのランクも高いが気位も高い。
 めちゃくちゃ偉そうな態度だが、いま彼が下っ端風情と偉そうに評した新人騎士とは同期。同じ立場のはずだった。
 同じ貴族ではあるが圧倒的に家格に差のある先輩騎士は、お前も下っ端だろうが。と言いたいのを、ぐっと我慢した。
 実力至上主義且つ王家への絶対の忠誠心を持つものでなければ入れないはずのこの王宮警護部隊に、なぜこいつがいるのか――。
 まぁ、上からのゴリ押しだろうな。と、隊全体が思っていた。

「えー団長命令だったし? 俺が行きたくて言ったわけじゃねーし」

 聞き流した先輩騎士を尻目に、その新人騎士はヘラっと答える。

「貴様! ミハエル様に向かって、その口の利き方はなんだ!」

 同じく貴族出の騎士が、そう叫ぶ。公爵家のご子息にくっついてる腰巾着は二名。同じく下っ端ではあるが……二人の方が「ミハエル様」より先輩なんだがな。と呆れるしかない。
 そもそもここでは平民か貴族かは関係ない。彼らはどちらもペーペーの新人騎士で、同じ班に所属している同期だ。敬語を使う必要などない。
 彼らもこの公爵家のボンボンが来る前は、そうした気風を受け入れていたはずなのだが。
 公爵家に阿る気持ちと貴族としてのプライドが、彼の態度に引きずられ出てきてしまったのだろうな。と。と先輩騎士は冷めた目でその光景を見守っていたが。

「すんませ~ん。平民なもんで言葉遣いがなってなくて~」

 言われた方はそうヘラヘラ返し、小声で先輩騎士に耳打ちした。

「あいつ、その任務、自分が呼ばれると思ってたんすよ。だのに俺が呼ばれたもんだから悔しくてしょうーがないんすね。そん時スッゲー顔して俺の方見てたし」

 そして彼は、ミハエルの方を見ながら煽るような笑みを浮かべ、
 
「悪いな。俺だけ、間近で雪の華を拝んじゃって」

 と続けた。

「貴様……!」

 激昂したミハエルが、新人騎士に掴み掛かった時、

「お前たち! 何をしている!」

 ちょうどそこに彼らの所属する班の班長がやってきた。その後ろにはレックス騎士団長の姿も。
 その場にいた隊員は、すぐさま団長たちに向き直って姿勢を正したが、ミハエルだけがゆっくりと向き直って、顎を上げて立つ。そこに敬意は見られなかった。

「またお前か」

 レックス騎士団長は、冷ややかな顔でミハエルを見下ろす。

「城内での諍いは禁じられている。暴力行為など言語同断。隊全体の調和と秩序を乱すことは許されない」
「私は別に……」

 憮然と言い訳を始めようとしたミハエルの顔に、問答無用でレックス騎士団長の鉄拳が飛んだ。
 折れたであろう鼻を抑え声もなく蹲ったミハエル。レックスはその襟首を掴み上げ、立たせる。

「殴られたくらいで体勢を崩すな! ――どういう教育をしている? アラザン班長」

 矛先を向けらた班長は真っ青な顔で背筋を伸ばし、叫ぶ。

「申し訳ありません! すぐに謹慎処分の上、再教育いたします!」

 上官からの叱責に、謝罪より先に言い訳を口にするなどあり得ない。団長を前にした時のその態度も。そして何よりも、不意打ちとは言え、たかだか鼻骨を折られたくらいで蹲ってしまうなど――何もかもが、王国騎士団員として失格だった。

 レックスはそのまま、襟首を掴んでいた手でミハエルをアラザン班長の方へ投げつける。

「ミハエル・エヴァンス。次に何かあれば除隊だ」

 班長に支えられ鼻血が滴たせて立つミハエルにそう言い渡し、レックスは踵を返す。

「……娼館生まれの下民が」

 くぐもった声でそう呟いたミハエルを、アラザンはとっさに絞め落としたが、一瞬振り返ったレックスの、温度のない紺碧の瞳に背筋が凍った。
 だが団長はそのまま何も聞こえなかったかのようにその場を去り、アラザン班長はその背中が見えなくなって初めて、ようやく息をつくことができた。


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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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