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道標のシルフィー
しおりを挟む食べそびれた昼食代わりのサンドイッチを食べ終えた頃。
部屋に入ってきた侍女が、リデルではなくミリアム王妃に近づき、小声で何かを告げていた。
「あら、ラルがここに?」
それを聞いたミリアムがそう声を上げる。
「リデル、子供たちがお昼寝している間にこちらの来たのだけれど……目を覚ましたラルがこちらに来るって聞かなくて、もうこっちに向かってるみたいなの……いいかしら?」
「もちろん! 僕もラルに会いたいよ。一人でこっちに来られるなんてすごいね」
一人と言っても乳母か侍女と一緒だろうし、もちろん護衛もついている。
でも、まだまだ赤ちゃんだと思っていたラルが自分からこっちに遊びに来てくれるのは嬉しかった。ミリアムに置いて行かれたのが寂しかったのだろうけど。
「もう、最近は全然じっとしてくれないし、どんどん行動範囲も広がって……。元気なのは良いのだけれど」
そう頬に手を当ててため息をつく。
男の子なんてそんなものだよね。と思う。リデルの小さい頃も、しょっちゅう部屋を抜け出して外を駆け回ってたし、怒られてばっかだった気がする。
「つい最近まで赤ちゃんだった気がするのに……子どもってすぐ大きくなるね」
「そうね。確かに、気がついたら走り回って、おしゃべりもできるようになって。ようやく人間にな近づいてきた感じかしらね?」
我が国の王子である可愛い息子に対して、今まで人間未満だったような言い方するよね。とちょっと可笑しくなる。確かにまだまだ大人の手がないと生きていけない、小さくて頼りない存在だけれど。
「かぁしゃま! りでりゅしゃ!」
そんな会話をしていると、開いたドアから元気な男の子がぴょこりと顔を出した。
おお、すごい! この間会ったときは、リデルとうまく言えなくて、りぃ、って言うのがやっとだったのに。なんとなく「リデル様」って言おうとしてるのはわかったよ。
「ラルーカ。リデル殿下にちゃんとご挨拶しなさい」
リデルの目の前まできたラルーカは、
「りでりゅしゃ、ま? こんにちわ!」
ニコニコとこちらを見上げ、辿々しくも元気に声を張り上げた。
父王譲りの髪と瞳。顔立ちもよく似ていて、年嵩の者は皆くちを揃えて、幼い頃の陛下そっくりだという。確かに、歳の離れた弟であるリデルが見たことのない子ども時代の兄を見ているような、なんだか不思議な感覚になる。
「こんにちは。ラルーカ殿下。ご機嫌麗しゅう」
小さな紳士の微笑ましい挨拶にそう返すと、
「わしゅー!」
と真似して、座っているリデルの膝元に飛び込んできた。
そうして、なんだかワクワクした顔で膝に抱きつくようにしてリデルの顔を見上げる。
「りでりゅは~、みちしるるのぃるひーなのね?」
そう言った。
んん??? ごめん、何て言ったのか全然わからなかったよ……。でもなんだか嬉しそうなラルが可愛くて、
「うんうん。そうだね」
とそのまま頷いてしまう。もはや内容なんてどうでも良い。可愛いからなんでも全肯定だ。
そのまま膝の上に抱き上げようとリデルが手を伸ばせば、臆せず嬉しそうに抱きついてくる。おお、思ったよりも重い! と思いながらも、頑張って膝の上に乗せると、
「ひゃー、やっぱりるひーだったねぇ! かあいいね~!!」
と、ラルは楽しそうに声をあげ、リデルのふわふわの白い髪を撫でてくる。
「ルヒー?」
ってなんだろう? と思わず首を傾けたリデルに、
「ふふ。さっきラルはね、きっと『道標のシルフィー』って、言いたかったのよ」
くすくすと笑いながら、ミリアムが教えてくれた。え、さっきのわかったんだ。さすが、母だなぁ。と感心していたら。
「いるひはね。真っ白でふあふあできれいで、とってもかしこいんらって。だから、絶対りでりゅななーって!」
得意げにそう話すラルに、――そっかぁ。道標のシルフィーね。と、リデルは少し複雑な気持ちになりながらも、
「ありがとう、ラルーカ。リィで良いよ。僕もラルって呼ぶから」
呼びにくそうなラルに、そう提案する。舌足らずな呼び方も可愛いけど、舌噛んじゃったら可哀想だしね。
「うん! リィ! ――リィはお山に帰りゃない? じゅっとここにいる?」
曇りなき眼で問われ、どう返事をすればよいものか。と一瞬考えてしまう。
うう、可愛いからって、何でもうんうん頷いちゃダメだよね。と反省。今さら「違うよ。僕はシルフィーじゃないよ」とも言えない。
『道標のシルフィー』は、高い山の上に棲んでいる想像上の動物というか精霊?みたいなもので、雪に覆われた冷たい冬でも、山で迷った旅人や狩人の前に現れ進むべき道を示してくれる聖獣として伝わっている。
この国でよく読まれている王子の冒険を描いたお話の中にも登場して、雪山で迷って凍え死にそうになった王子を助けるのだ。その姿は狐くらいの大きさで、全身真っ白な被毛に覆われ、ふわふわした兎のように長い垂れ下がった耳と、ふさふさの長い尻尾を持っているとされていた。
子どもの頃、リデルも読んだことがある。確かに挿絵にあったシルフィーの姿は真っ白でふわふわしていて可愛らしかった。
お昼寝の前にでも、そのお話を読んでもらったのかもしれない。
「帰らないわよ。リデルのおうちはここだから。ずっとここにいるわ」
ミリアムがそう代わりに答えてくれる。
「ほんと? 冬になっても? おーじ様をたしゅけに行かなくてもいーの?」
「ええ。――だって、王子様はここにいるんだもの。王子様が冒険に出かけるのはまだまだ先の話でしょう? 今はまだまだ、お勉強中ですものね? ラルーカ王子様」
そう笑ったミリアムに、
「あ、そうでしゅ! ぼくがおーじ様れした! ぼくはまだ寒いお山には行きましぇん! ベルもね! だからまだリィもおうちにいてね。冬のおしょとはね、さむさむなんらって」
そう言って、ぎゅっと抱きついてくる。子ども独特の甘い匂いと、高い体温。
ジャスリーガルの冬は長く厳しい。この王都も王宮も、冬になれば真っ白な雪に閉ざされる。
それまでに。と兄様たちは頑張っているのだ。――大丈夫。きっと今年の冬もなんとか乗り切れる。
「そうですよ。冬のお外は真っ白で、さむさむになります。暖かいお城で春まで一緒に過ごしましょうね」
リデルはその温かく小さな体を抱きしめて、そう答えた。
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ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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