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アルファの香り

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 自分だけの巣の中で目を覚ましたリデルは、いつの間にか胸元に潜り込んで一緒に眠っていたみゃーちゃんの額に鼻を寄せる。いつもの日向の匂いと、時々少しだけ感じていた甘い花の蜜のような香り――。
 ぴるぴると反応した耳の先が、リデルの鼻先に触れる。
 にゃ? と目を開けたみゃーちゃんに、

「……みゃーちゃんも、レックス様のこと、好きなの?」

 狭い耳の間を指でそう撫でながら、尋ねる。内緒話をするようにこっそりと。
 
 「ぅみゃ」

 おでこから耳の間を撫でられるのが好きなみゃーちゃんは、そう小さく鳴いて目を細める。

 この香り――もしかして、レックス様の匂いだったりするのかな?
 ときどき、外遊びから帰ってきたみゃーちゃんから微かに感じる、ほんのり甘い、野生のベリーや葡萄のような素朴で瑞々しい香り。今までずっと、探検してきたお庭でついた匂いなのかと思っていたけれど。

 でも、男らしいあのレックス様のフェロモンがこれだなんて……いや、ギャップが!! 可愛すぎませんか!!! 萌え散らかしながらもう一度吸おうと顔を近づけると、みゃーちゃんはするりと寝床を抜け出し行ってしまった。残念。

 リデルは、アルファの香りがどういったものなのかよくわからなかった。
 兄弟や親子などの近い血縁者の誘惑香フェロモンは感じないものらしいし、リデルがオメガだと判明してからは、身内以外のアルファが、香りがわかるほどの至近距離に近づくこともなかったから。
 他のアルファの香りになど興味はないけれど――リデルは彼の香りがわかることが、嬉しかった。

 アルファの香気フェロモンは、オメガの誘惑香フェロモンと違い、ただ相手(オメガ)を誘うだけではなく、強い雄(α)が持つ香気フェロモンは、他のアルファを威嚇し屈服させる力を持つ。
 ゆえにその香気フェロモンの強さは、そのままアルファ同士の順位を決定するものでもあり、アルファとしての順位に身分や血筋は関係なく、強い香気フェロモンであればあるほど高位のアルファで言えた。そういう意味では、平民出身でありながら、強いアルファ家系の筆頭である王家に負けずとも劣らぬ香気フェロモンを持つアルファ、テオドール・レックスは稀有な存在だった。

 そう。レックス様は王族に劣らないくらいの強いアルファだ。だから――発情期のないこんなオメガもどきにもわかるくらい、強い香気フェロモンを持っているのだろう。と、リデルは納得する。

 え、てことは……。待って、じゃあ、みゃーちゃん経由でこれからも騎士団長様のフェロモンを摂取(?)できるかもしれないってこと? ――あああああああ、ヤバい。幸せすぎる! 
 ちょっと、いやかなり変態かもだけど、それならきっと誰にも迷惑かからないし、バレない。はず。
 ああ――もう!!! 本当にありがとう、みゃーちゃん! いっぱいレックス様にすりすりするんだよ! あ、もちろんお仕事の邪魔をしない程度にね! 

 新たな性癖に目覚めたリデルが、感激のあまり寝台の上で両手を組み、みゃーちゃんへの感謝とお願いの祈りを捧げていると、

「リデル様、お目覚めですか? あの、王妃様がお見えですが……」

 おずおずとしたノックのあと、ドア越しに侍女の呼びかけが聞こえた。

「あ、どうぞ。開けていいよ」

 慌てて、そう声を掛けると、

「リデル! 大丈夫? 具合が悪いなら、侍医を呼ぶわよ?」
 
 開いたドアから勢いよく、心配そうな顔のミリアムが入ってきた。
 彼女は、リデルの体調に関しては兄王よりも過保護な時がある。頑丈なアルファと違ってオメガは繊細で弱い生き物だ。同じオメガとして心配なのだろう。

「え、大丈夫だよ。ちょっと眠ってただから……」
「でも、昼食も取らないで眠り込んでしまうだなんて」

 え、そんなに経ってたんだ。

「具合が悪いわけじゃなくて良かったけれど……ちゃんと食事は取らなければダメよ?」

 寝台から降りたリデルの髪を整えるように撫でながら、寝起きでぼうっとはしているが血色の良いその顔を確かめて、ミリアムはホッとしたようにそう言った。

「はい、ミリアム姉様。ごめんなさい。夕食の席にはちゃんと出るよ」
「それなら、良かったわ。トーリ兄様は明日にはももう帰ってしまうし、あなたと今夜ゆっくり話せるのを楽しみにしていたから」
「もっとゆっくり出来たら良かったのにね」
「本当に。身軽に国外を飛び回れるのは今のうちなのに……。まぁ、色々大変なのは、どこの国も同じだから、しょうがないわね」

 そう話しながら応接間に移動してソファに腰掛けると、心得た侍女たちはすぐさまお茶の用意をし始める。

 「お腹すいたでしょう? もうお茶の時間だから、軽く食べられるサンドイッチを持ってきたの。昼食に出た野兎の肉を薄切りにして挟んだものよ」

 野兎……。食べられるというのは聞いたことがあるけれど。

「ふふ、意外と美味しいわよ。身は少ないし、数を仕留めないといけないから大変みたいだけど」
「これも……もしかしてレックス様が?」
「そうよ。だからしっかり食べなさいね」
「はい」

 そうしっかり頷いて、薄く茶色いパンにハーブと一緒に挟まれた兎肉を味わう。……本当だ。意外と美味しい。
 茶色いパンは荒く製粉した庶民の食べ物だが、栄養がある。食感がしっかりしていて食べ応えがあるし、独特の風味がクセになりそう。

「あら、みゃーちゃん。いたのね」

 サンドイッチをしみじみと噛み締めていたリデルに、みゃーちゃんが寄ってきた。
 この部屋にリデル以外の人がいるときは、外に出るか隠れて出てこないはずのみゃーちゃんが、ソファに上がり、リデルの膝に前足を置き、彼の持つサンドイッチ首を伸ばす。どうやら、兎肉に引き寄せられ出てきたらしい。

「……食べる?」

 お腹が空いているのかな。と差し出そうとすると、

「だめよ。それはリデルの分。 あなたは先に騎士団長から直接もらったんでしょう?」

 ミリアムは持っていた閉じていた扇の先をみゃーちゃんにぴたりと向け、そう叱った。
 え? レックス様から……直接??? 


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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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