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不屈のマーテル

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 毛繕いするみゃーちゃんの可愛さに気を取られているうちに、会談は終了したらしく、大臣たちが外に出てきた。
 けれど兄様とトーリ殿下の姿は見当たらず、レックスら護衛騎士たちは敬礼して大臣たちを見送った後、そのまま定位置に戻った。二人はまだ室内にいるのだろう。
 
 それにしても、レックス様の敬礼……良い! 無駄のない動きと、きびきびした所作に、思わず見とれちゃったよ! はぁ……完璧です!!! 
 騎士団長様と比べては可哀想だが、その隣に立つまだ年若い騎士は、緊張しているのか敬礼も所作もぎごちなく、硬い。
 王国騎士団としての所作もけど、レックス様の完璧な肉体美に比べれば、大胸筋の厚さも上腕三頭筋の張りもまだまだ全然足りない。新人団員かな? しっかり励めよ!

 などと、筋肉などカケラもついていない自分の華奢な身体を棚に上げそんなことを思っていると、

「これはこれは、我らが宝珠よ。ご機嫌うるわしゅう」

 会談の間から出てきた大臣の一人、マーテル卿がリデルに気付き、わざわざ中庭まで降りてきて膝を折った。
 年嵩の大臣たちの中でも最年長である東方領主マーテル侯爵は、英雄王アレクの懐刀であった豪傑だ。今は穏やかな好々爺だが、その額から頬に掛けて斜めに走る大きな傷痕が、戦乱の世を生き抜いた猛者であることを物語っている。
 幼い頃のリデルはそんなマーテルによく懐いていて、前王国騎士団長でもある歴戦の勇者『不屈のマーテル』のような強く男らしいアルファになりたいと、そう願っていた。

 幼いリデルを実の孫のように可愛がっていたマーテルは、口癖のように『成人なさったら、強く立派なアルファとして儂がしっかり鍛えてやりますからな!』と、リデルを肩に担ぎ上げ、その明るく柔らかな金髪をゴツゴツした傷だらけの手で豪快に掻き回し、笑っていた。

 だが今ここで向かい合っているのは――。
 出来損ないのオメガに成長した自分と、怖がらせないようにと少し距離をおいて跪いた老侯爵。
 もう彼のその手が、リデルの頭をぐしゃぐしゃと掻き回すことはないし、か弱きオメガの王弟に、アルファである彼がみだりに近づくこともない。
 そんな当たり前のことがいちいち棘のように引っかかって、上手く飲み込めない。――それ以上近寄られることすら怖いくせに。

「ごきげんよう、マーテル卿。変わりなく息災のようで何より」

 それでもリデルは淡々と、当たり障りのない挨拶を返す。動かない表情筋は、こんな時とても便利だ。

 「はい殿下。ありがたいことに。……とは申せど、そろそろ儂も後進に道を譲り、領地に戻って楽隠居したいものですがのぅ。――まだまだ安心しては任せられませぬようでございます」

 笑顔で答えながらも、彼はその後ろでなんとなく肩身が狭そうに控えている大臣たちを見遣り、ため息をつく。

 先々王の時代から比べれば、すっかり平和になったこの大陸だが――戦いは無くなっても、飢饉や疫病、天変地異。そうした災害はいつ起こるやもわからない。そして今まさに、そうした国難に面している。
 これまで剣と力で物事を解決してきた老武者からすれば、今のこの状況はまどろっこしくて仕方がないのだろう。天災相手では、剣でも力でも太刀打ち出来ない。きっと内心では、足りなければ奪えば良い! と歯噛みをしていることだろう。

 だが、もうそんな時代ではないことも重々承知している。だから平和裏に問題を解決すべく、彼らは知恵を絞り策を講じ、トーリ王太子を迎えて話し合っていたのだ。

「……苦労をかけますね」

 役立たずの身に言えることなど何もなく、そうしたありきたりなねぎらいの言葉しか出てこなかったリデルに

「とんでもございません。こちらこそ、不甲斐ない臣下で誠に面目ない次第です。ですが――老いたりといえどこのマーテル、この先何があろうと、殿下が心安らかにお過ごしいただけますよう身命を賭してお守りいたしまする」

 マーテルはそう静かに頭を下げた。

「ありがとう」

 俯いたまま小さく応え、膝で丸くなっていたみゃーちゃんをそっと撫でる。
 自分にも何か出来ることがあれば……といくら歯痒く思おうと、今のリデルは、ただ大人しく守られるだけの存在だ。
 オメガのくせに王家の聖碧瞳を持って生まれた、期待ハズレの役立たず――こんなにも大切に守られていながら、皆がそう思っているような気がして、身が竦む。

 せめてベータであったなら、少しは何か役に立てたかもしれないのに。せめてちゃんと子どもを産めるオメガであれば、政略の駒にくらいはなれたかもしれないのに――。
 そんな事ばかりが頭に浮かぶ。

「それでは、これにて失礼をば。……しっかり食べねば大きくなれませんぞ? リデル殿下」

 そう立ち上がった彼の言葉に、ふと思い出す。
 勉強をサボるな、侍女を困らせるな、好き嫌いせずなんでも食べろ。――そういえばマーテルはいつも、最後に一言そうしたお小言めいたことを言わねば気が済まなかったっけ。
 そんな些細な思い出が、痛いくらいに懐かしくて。

「――わかってるよ。マーテル」

 あの頃みたいに、つい拗ねた口調で答えてしまった。

「お分かりいただければ宜しい」

 力強く頷いたマーテルは、嬉しそうに破顔して帰って行った。
 










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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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