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王と王太子の会談 2

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 早くから、ジャスリーガル国の王弟であり『王家のオメガ』であるリデルへの引も切らない他国の王侯貴族の求婚者の中に、サルファン公国大公エグデスの名はあった。
 だが相手は二回りも年上の、狡猾な商人上がりの低級アルファ。いくら財があろうと、何人も妾妃を侍らせるヒヒジジイに嫁がせるわけがなかろうが。と、黙殺していた。

「なるほどねぇ。だからあの狸、うちとの取引も拒否したのか」
「サーベントにも回す気はないと?」
「ああ。きっとうちに売ればそこからこの国に回される可能性があるからだろうね。サーベントとジャスリーガル以外の国には、小出しにだが、べらぼうな高値で取引に応じてる。……この機に乗じ、どんな手を使ってでも『雪の華』を手に入れる気だな」
「クソっ! ……そのような下種に、我がジャスリーガルの宝珠を渡すと思うてか!」
 ヘイゼルはその秀麗な顔を忌々しげに歪め、そう吐き捨てた。

 大国ジャスリーガルの王弟であり、その王の溺愛を受ける『雪の華』。
 優秀なアルファや美貌のオメガを産むであろうその王家のオメガが、未だ縁付くことなくこの王宮に秘されているのだ。他国の王家や高位貴族が躍起になって求めるのは至極当然のこと。あの守銭奴のヒヒジジイがこの機に乗じて、ジャスリーガルの宝珠を手に入れんと画策することも。

 トーリは、こんな事態になる前に、形だけでもリデルをどこかに嫁がせておけば良かったものを……と思う。オメガは一度番ってしまえば、もう他のアルファを受け入れることは出来なくなる。
 いくら望もうと、番のいるオメガを娶ることは出来ない。そう――そうしていれば。

 すでに成人を迎えた今もまだ、リデルに発情期は来ていない。
 発情期が来なければ、アルファと番うことも、子を産むことも出来ない。
 そして、、というのは希望的観測で、リデルはこのままオメガとして成熟しないまま一生を終える可能性が高い。というのが侍医たちの見解だった。

 本来オメガか否かは、発情期を迎えて初めて判明するものだ。
 ベータ女性の初潮と同じく、オメガも最初の発情期を迎えた時点では、まだ体は成長途中で子宮や子を孕む機能も未熟。すぐに妊娠出産可能とはならない。

 そこからオメガは、アルファからの愛と精をたっぷりと与えられ、子を宿し育む体へと成熟してゆく。
 だが彼は、オメガとして花開いてゆくその幸せな未来を――発情期を迎える前に奪われてしまった。
 そんなリデルを、アルファの後継を望む他国の王家に嫁がせることなどできるはずがなかった。

 オメガがアルファに愛されずに発情期を過ごすことは、精神的にも肉体的にも負担が大きい。ある程度は薬で抑えることが出来るとはいえ、長らくそれを続ければ心身に影響をきたすとも言われている。何よりも、優秀なアルファとそのアルファを産むオメガは、オメガからしか生まれない。
 高貴な血筋の希少なオメガが、番も得ず子も産まず、発情期の苦しみを抱えて生きていくなどあり得ないことなのだ。

 このままいつまでも求婚を断り続ければ、いずれリデルはオメガとしての瑕疵を疑われることになる。だから、その事情を知る数少ない人間の一人であるトーリは、リデルを守るための方便として、早くからサージェントへの輿入れを打診していた。

 トーリは、弟の第二王子が未だに誰も娶らないのは、リデルに惚れているせいだろうと踏んでいる。本人は運命の相手が見つからないから。などと誤魔化してはいるが。
 リデルに発情期が来ないことも、その経緯も承知の上でなお諦めきれない心優しい弟王子なら、いつかリデルも受け入れてくれるのではという希望的観測もあった。
 もちろんリデルがどうしても、男が、アルファが怖いというなら、名目だけ自身の第二妃として迎え入れ、後宮で正妃に守られていれば良い。とも考えた。どちらにしろ悪い話ではなかったはずだが――。

 結局、ヘイゼルはリデルをこの『箱庭』で、真綿で包むようにして守り続けることを選んだ。
 いつか――引き裂かれた運命と手を取り合う日が来るかもしれない。と。彼は、たとえそんな日は永遠に来なくとも、せめて今のリデルのこの平穏な生活を、ジャスリーガル王家の力で護り続けるつもりなのだ。
 それがヘイゼルの、兄としての愛情であり、贖罪だった。

「――サーベントの援助のおかげで、サルファンに屈する事なくどうにかこの冬を越せるだけの見通しも立った。ヤツの抱える胡散臭い『占い師』がどう見てるか知らんが、うちの星見たちは、来年は安定した気候になり豊作になると読んでいる。――あと少しの辛抱だ」

 いつもの冷静さを取り戻し、ヘイゼルが自分に言い聞かせるように言うと、

「ああ、うちの星見も同意見だよ。冬が来るまでにはまだ間がある。大丈夫、なんとなるさ!」

 トーリは親友の肩に、力強く手を置いて、そう笑った。




 
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 星見 ……天文や気候・気象を研究し予見する学者みたいなもの? です。
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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
感想 1

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