5 / 37
王と王太子の会談
しおりを挟む昨年、この大陸全土を襲った記録的な旱魃により、この国のみならず大陸中のほとんどの国が食糧不足に陥ったとき、ジャスリーガルやサーベントといった中堅国家以上の国は、常よりそうした不測の事態への備えはしていた。
もともと大陸の北部に位置するサーベント王国は春から秋にかけては温暖で穏やかな過ごしやすい気候だが、冬の間は南方領の一部を除いて国中が雪に閉ざされてしまうため、毎年、秋までに長く厳しい冬に備えて各家庭で蓄えるのは当たり前のことだ。もしもの時の備えに抜かりはない。もちろん領でも国でも、しっかりと備蓄はしている。
昨年はそうした蓄えのおかげで、どうにかその長く厳しい冬を超えることができたのだが――。
不幸なことに今年は春から夏にかけ、去年とは反対に大雨や日照不足などの天候不順が続いた。そのため、今年も作物の出来は悪く、すでにもう国倉に備蓄している食糧も底をつきかけている。
穀物などの食糧はそう何年も保管できる物ではない。多すぎて余らせては無駄になるそうした備蓄には限度があった。
財貨には余裕があるが、いくら金を積んでも無いものは売ってくれない。
どこの国も他国へ融通できるほどの食糧はなく、被害の大きかった貧しい小国などではすでに多くの餓死者が出ているという。
突出した大国はなく、同じような規模の中堅国家が多くを占めるこの大陸で、国力はジャスリーガルとサーベントの二国が抜きん出ている。本来なら、そうした国への支援を行うべき立場のジャスリーガル王国だが、今は自国の民を飢えさせないようにすることで精一杯。それはサーベント国も同じだった。
それでも、ジャスリーガル王妃ミリアムはサーベント王の姪にあたり、ジャスリーガルはサーベントとは祖を同じくする古くからの友好国だ。こうしてヘイゼルの親友でもであるトーリ王太子が、厳しい冬を迎える前にと、この国を訪れ食糧の支援を申し出てくれた。もちろん相応の対価は払うが、それはとても有難い申し出だった。
「本当にありがとう、トーリ。この恩は忘れない」
トーリ王太子らとサーベント国の特使たち、大臣たちとの協議を終えて――ヘイゼル王はトーリ王太子に深く感謝した。
すでに大臣らは退出し、今この執務室には二人きり。自然と砕けた口調になる。
「そう言ってもらうのが申し訳ないくらいの微々たる量だが……我が国としてはこれが精一杯なんだ。すまない」
トーリは苦笑を浮かべつつ、そうため息をついた。
「いや、苦しいのはどこも同じだ。ありがたいよ。貴国だけでなく、北部の辺境伯領や、南部の叔母上からも少しずつ王都に融通してはもらってはいるしな。まどろっこしくても、こうして少しずつかき集めるしかないのさ」
長らく戦乱の世が続いていたこの大陸にようやく平和が訪れたのは、まだほんの数十年前の話だ。
その戦乱の世を終わらせたのは、ヘイゼルの祖父である先々王アレクと、その従兄弟でありサーベント国王であったトーリの祖父ゼールだ。アレクは武で刃向かう国を黙らせ、ゼールは智で攻略する。そうして彼ら力を合わせて国家間の戦乱を治め、この大陸を平定し平和を齎したのだ。
その偉大な父と共に戦った先代王レイブンは「儂は戦さのない時代の王には向かん」と、とっとと王座を長子のヘイゼルに譲り、現在は友好的でない隣国との境界を守る辺境伯家に身を寄せている。現辺境伯は婿入りしたヘイゼルの弟で父とよく似た脳筋アルファだ。彼らにとっては、この平和な王都で、貴族たちの勢力争いや社交、煩わしい政務などに煩わされるよりも、小競り合いを繰り返す一触即発の不穏な土地の方がよっぽど性に合っていた。
ちなみに南方領を収める女領主である叔母は、英雄王アレクに一番似ていると言われる女傑のアルファだ。当然こちらも脳筋。基本的に、『武のジャスリーガル王家』のアルファは脳筋の戦闘狂なのだ。
その先王レイブンの長子で、その中では比較的理知的なアルファであった自分が貧乏くじを引かざるを得なかったのだと、ヘイゼルはそう諦めていた。結果としてこの現状では恨めしくもあるが。
「たとえ麦一袋であっても、今は喉から手が出るほど欲しい。今ここに至ってはもはや国庫が空になってもやむなしと覚悟もしていた。……いくら高くても、金で売ってくれるのならな」
どこの国の農家も食料品を扱う商人も、基本は国の管理下にある。この状況下ではいくら金を積まれようと自国の作物を勝手に他国に売ることはできないだろう。必然、食糧の取引は国家間で交渉するしかなかった。
だが今、他国へ融通できるほど食糧を持っているのは――ただ一国しかない。
聖碧眼を曇らせ、拳を握りしめたへイゼルに、
「サルファン公国か……」
トーリはそう眉を顰める。
「……あんの、成り上がりの狸大公めが! 金の亡者のくせに、いくら金を積まれようと麦一粒うちには寄越さんと返答してきやがった!」
怒りのあまり、普段穏やかなヘイゼルの口調が荒くなる。
サーベントとは反対側の隣国・サルファン公国は、新興国で国家としてはまだ未熟で不安定だ。元は小さく貧しいとるに足らない小国だったはずが、十年数年前に国内で金鉱脈が発見され、あっという間に豊かになった。
その突然豊かになった小国は、あっさりと悪徳商人エグデスの手中に落ち、いつの間にか彼はサルファン公国の大公におさまっていた。文字通り、彼は金で大公の地位を買ったのだ。
その頃まだヘイゼルは、面倒な政務から逃げ出したい父に国政を丸投げされ即位したばかりの新米王。さらにそこにリデルの事件が重なり、他国のいざこざに首を突っ込む余裕などなかった。
「ほお? 噂じゃ、塩や砂糖、買い占めた大量の食糧を高値で小出しに困っている国に売りつけているらしいがな。だが――サルファンの買い占めは、昨年の飢饉が起きる前から始まっていたという噂もある。言われてみれば確かに、あの量を蓄えるにはそうじゃなきゃおかしい。……いったいどういうカラクリなんだろうな」
釈然としない顔で、そう呟いたトーリ。
「占い師を囲ってる。とかなんとか、そんな怪しげな噂も耳にしたぞ」
忌々しげなヘイゼルの言葉に、
「はぁ? 占い師とはまた……その占い師が飢饉を予見してたとでも?」
そう首を捻った。
「眉唾だがな。そうとでも考えねば、辻褄が合わんからだろう。……真偽は程はともかく、それでも今はあの国に頼るしかないのというに……っ!」
怒りがぶり返してきたのか、ガンっ!と、その拳が机に叩きつけられ、知らず最上位アルファの威嚇香気が漏れ出ていた。
「あの下種は! 言うに事欠いて、王家の至宝『雪の華』をぜひ我が公妃に迎えたい。などとほざきおったのだ! そうすれば、この冬を越せるだけの十分な食糧支援を約束すると」
「ほう、金ではなくリデルを寄越せと?――それはまた……度し難い話だな」
近くにベータの侍従や侍女がいれば昏倒してしまうくらいの圧を受けながらも、同等レベルの高位アルファである『智のサーベント王家』の後継は、その声音の温度を一気に下げた。
61
ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~
仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」
アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。
政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。
その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。
しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。
何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。
一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。
昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
些細なお気持ちでも嬉しいので、感想沢山お待ちしてます。
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる