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王と王太子の会談

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 昨年、この大陸全土を襲った記録的な旱魃により、この国のみならず大陸中のほとんどの国が食糧不足に陥ったとき、ジャスリーガルやサーベントといった中堅国家以上の国は、常よりそうした不測の事態への備えはしていた。

 もともと大陸の北部に位置するサーベント王国は春から秋にかけては温暖で穏やかな過ごしやすい気候だが、冬の間は南方領の一部を除いて国中が雪に閉ざされてしまうため、毎年、秋までに長く厳しい冬に備えて各家庭で蓄えるのは当たり前のことだ。もしもの時の備えに抜かりはない。もちろん領でも国でも、しっかりと備蓄はしている。
 昨年はそうした蓄えのおかげで、どうにかその長く厳しい冬を超えることができたのだが――。

 不幸なことに今年は春から夏にかけ、去年とは反対に大雨や日照不足などの天候不順が続いた。そのため、今年も作物の出来は悪く、すでにもう国倉に備蓄している食糧も底をつきかけている。
 穀物などの食糧はそう何年も保管できる物ではない。多すぎて余らせては無駄になるそうした備蓄には限度があった。
 財貨には余裕があるが、いくら金を積んでも無いものは売ってくれない。
 どこの国も他国へ融通できるほどの食糧はなく、被害の大きかった貧しい小国などではすでに多くの餓死者が出ているという。
 突出した大国はなく、同じような規模の中堅国家が多くを占めるこの大陸で、国力はジャスリーガルとサーベントの二国が抜きん出ている。本来なら、そうした国への支援を行うべき立場のジャスリーガル王国だが、今は自国の民を飢えさせないようにすることで精一杯。それはサーベント国も同じだった。

 それでも、ジャスリーガル王妃ミリアムはサーベント王の姪にあたり、ジャスリーガルはサーベントとは祖を同じくする古くからの友好国だ。こうしてヘイゼルの親友でもであるトーリ王太子が、厳しい冬を迎える前にと、この国を訪れ食糧の支援を申し出てくれた。もちろん相応の対価は払うが、それはとても有難い申し出だった。

「本当にありがとう、トーリ。この恩は忘れない」

 トーリ王太子らとサーベント国の特使たち、大臣たちとの協議を終えて――ヘイゼル王はトーリ王太子に深く感謝した。
 すでに大臣らは退出し、今この執務室には二人きり。自然と砕けた口調になる。

「そう言ってもらうのが申し訳ないくらいの微々たる量だが……我が国としてはこれが精一杯なんだ。すまない」

 トーリは苦笑を浮かべつつ、そうため息をついた。
 
「いや、苦しいのはどこも同じだ。ありがたいよ。貴国だけでなく、北部の辺境伯領や、南部の叔母上からも少しずつ王都に融通してはもらってはいるしな。まどろっこしくても、こうして少しずつかき集めるしかないのさ」

 長らく戦乱の世が続いていたこの大陸にようやく平和が訪れたのは、まだほんの数十年前の話だ。
 その戦乱の世を終わらせたのは、ヘイゼルの祖父である先々王アレクと、その従兄弟でありサーベント国王であったトーリの祖父ゼールだ。アレクは武で刃向かう国を黙らせ、ゼールは智で攻略する。そうして彼ら力を合わせて国家間の戦乱を治め、この大陸を平定し平和を齎したのだ。

 その偉大な父と共に戦った先代王レイブンは「儂は戦さのない時代の王には向かん」と、とっとと王座を長子のヘイゼルに譲り、現在はとの境界を守る辺境伯家に身を寄せている。現辺境伯は婿入りしたヘイゼルの弟で父とよく似た脳筋アルファだ。彼らにとっては、この平和な王都で、貴族たちの勢力争いや社交、煩わしい政務などに煩わされるよりも、小競り合いを繰り返す一触即発の不穏な土地の方がよっぽど性に合っていた。
 ちなみに南方領を収める女領主である叔母は、英雄王アレクに一番似ていると言われる女傑のアルファだ。当然こちらも脳筋。基本的に、『武のジャスリーガル王家』のアルファは脳筋の戦闘狂なのだ。
 その先王レイブンの長子で、比較的理知的なアルファであった自分が貧乏くじを引かざるを得なかったのだと、ヘイゼルはそう諦めていた。結果としてこの現状では恨めしくもあるが。

「たとえ麦一袋であっても、今は喉から手が出るほど欲しい。今ここに至ってはもはや国庫が空になってもやむなしと覚悟もしていた。……いくら高くても、金で売ってくれるのならな」

 どこの国の農家も食料品を扱う商人も、基本は国の管理下にある。この状況下ではいくら金を積まれようと自国の作物を勝手に他国に売ることはできないだろう。必然、食糧の取引は国家間で交渉するしかなかった。
 だが今、他国へ融通できるほど食糧を持っているのは――ただ一国しかない。
 聖碧眼を曇らせ、拳を握りしめたへイゼルに、

「サルファン公国か……」

 トーリはそう眉を顰める。

「……あんの、成り上がりの狸大公めが! 金の亡者のくせに、いくら金を積まれようと麦一粒うちには寄越さんと返答してきやがった!」

 怒りのあまり、普段穏やかなヘイゼルの口調が荒くなる。
 サーベントとは反対側の隣国・サルファン公国は、新興国で国家としてはまだ未熟で不安定だ。元は小さく貧しいとるに足らない小国だったはずが、十年数年前に国内で金鉱脈が発見され、あっという間に豊かになった。
 その突然豊かになった小国は、あっさりと悪徳商人エグデスの手中に落ち、いつの間にか彼はサルファン公国の大公におさまっていた。文字通り、彼は金で大公の地位を買ったのだ。
 その頃まだヘイゼルは、面倒な政務から逃げ出したい父に国政を丸投げされ即位したばかりの新米王。さらにそこにリデルの事件が重なり、他国のいざこざに首を突っ込む余裕などなかった。

「ほお? 噂じゃ、塩や砂糖、買い占めた大量の食糧を高値で小出しに困っている国に売りつけているらしいがな。だが――サルファンの買い占めは、昨年の飢饉が起きる前から始まっていたという噂もある。言われてみれば確かに、あの量を蓄えるにはそうじゃなきゃおかしい。……いったいどういうカラクリなんだろうな」

 釈然としない顔で、そう呟いたトーリ。

「占い師を囲ってる。とかなんとか、そんな怪しげな噂も耳にしたぞ」

 忌々しげなヘイゼルの言葉に、

「はぁ? 占い師とはまた……その占い師が飢饉を予見してたとでも?」

 そう首を捻った。

「眉唾だがな。そうとでも考えねば、辻褄が合わんからだろう。……真偽は程はともかく、それでも今はあの国に頼るしかないのというに……っ!」

 怒りがぶり返してきたのか、ガンっ!と、その拳が机に叩きつけられ、知らず最上位アルファの威嚇香気フェロモンが漏れ出ていた。

「あの下種は! 言うに事欠いて、王家の至宝『雪の華』をぜひ我が公妃に迎えたい。などとほざきおったのだ! そうすれば、この冬を越せるだけの十分な食糧支援を約束すると」
「ほう、金ではなくリデルを寄越せと?――それはまた……度し難い話だな」

 近くにベータの侍従や侍女がいれば昏倒してしまうくらいの圧を受けながらも、同等レベルの高位アルファである『智のサーベント王家』の後継は、その声音の温度を一気に下げた。
 
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 ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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