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プロローグ
しおりを挟む「まぁ、お珍しい。『雪の華』が、おみえだわ」
ここジャスリーガル王国で開かれた、隣国サーベントの王太子を迎えての王宮主催の宴の場。招かれた貴族たちの間に密やかなさざめきが広がる。
「となると、やはりあの噂は本当なのか」
「ああ、リデル殿下とサーベント王国とご婚姻の話が持ち上がっているとかいう?」
貴族たちの密やかなさざめきは、国王夫妻や国賓であるサーベント国王太子らが歓談している貴賓席までは届かない。その国王の後ろにひっそりと席を設けられている『雪の華』、王弟リデルの耳にも。
その真っ白で艶やかな髪は繊細な銀鎖で結えられ、王家の色である聖碧色――翠がかった深い青――の衣装を身に纏った王弟、リデル殿下。飾り気のない、だが王族らしい上質で品の良いその装いは、雪の華と称されるにふさわしい、一片の汚れもない新雪のような彼の美貌を見事に引き立ていた。
雪の髪、雪の肌。その頬はふわりと薄桃色に色づき、ふっくらとしたその唇は、真っ赤に熟れた瑞々しい果実のよう。長く白い睫毛に縁取られた瞳は、ジャスリーガル王家のアルファ特有とされる聖碧色の宝玉。
だがその宝玉の瞳を嵌め込まれた花の顔に、人間らしい表情は浮かぶことはない。
雪の華のように、儚く冷たい氷のオメガ。それが王弟リデル・ライト・ジャスリーガルを表す代名詞だった。
「リデル殿下は、今年17になられるとか、そろそろ嫁ぎ先が決まられても良い頃だろう」
「ええ。希少な王族のオメガで、さらにあの美貌でしょう? 諸外国からのご婚姻のお申し込みは山と寄せられていらっしゃるのに、歳の離れた弟君を溺愛されている陛下は一向に首を縦にお降りにならないとか」
「だがサーベントならば、すぐお隣の国で、我が国との絆も強く安心だ。トーリ殿下はもう正妃がおられるが……確か第二王子はまだ独身だったはず」
こうした夜会ではそんな勝手な囀りもまた、広げた扇の陰で、傾けたグラスの下で交わされる、貴族社会の社交の一つ。
彼は――リデルは王家に生まれた希少な男性オメガだ。
隣国サーベントは、このジャスガルド王国とは同じ祖を持つ古くからの同盟国。そして、学生時代この国の王立学院に留学していたサーベントの王太子トーリは、若くして即位した現国王ヘイゼルとは同じ歳で、旧知の友でもある。国力も同等。大陸でもジャスリーガルと並ぶ大国の一つだ。サーベント王家ならば、ジャスリーガルの至宝と大切に守られてきた王弟オメガの嫁ぎ先として不足はない。
この世界には男女という一次性の他に、アルファ、ベータ、オメガの3種類の二次性が存在する。
全人口の一割に満たない優秀種であるアルファは、そのほとんどが王侯貴族の家に生まれる。人口の大多数を占めるベータは、いわゆる『普通』の人間で、庶民のほとんどがベータである。そしてオメガは、アルファよりもさらに少なく、一次性に関係なく子宮を持ち子を産むことが出来た。
アルファとベータでも、ベータとオメガでも子は成せるが、生まれる子の二次性はベータであることが多い。そしてアルファとオメガとの間に生まれる子は、ほとんどがそのどちらかだ。
ゆえに貴族社会においては、アルファである当主やその後継はオメガを娶るのが当然とされ、その希少さゆえに、たとえ家格が釣り合わなくてもオメガであれば喜んで妻に迎えられた。
数ヶ月に一度発情期を迎え、そのフェロモンでアルファを惑わせるオメガは、男女に関わらず儚げな容姿を持つ。そして高貴な出自であればあるほど、絶世の、傾国の、と冠がつくくらいの美貌であるといわれ、古くからの高貴な血筋であるジャスリーガル王家に生まれたリデルは、この国の尊きオメガの筆頭だった。
「大国サーベント王家に嫁がれるのであれば、別に正妃でなくても良いのではないですか? 第二王子の正妃より、すでにご子息のおられる王太子の第二妃の方が、心安らかにお過ごしになれそうですが」
氷のようなリデルの美貌に見惚れながら、悪気なくそう口を滑らせた伯爵家の子息に、周囲の視線が一斉に集まった。
王族付きの王宮護衛団の騎士たちは、この大広間の至る所に配置されている。一緒にいた当の伯爵は、慌ててその息子を黙らせ、その腕をひいてその場を離れて行った。息子の失言が彼らに聞き取られていないかとハラハラしながら。
それを冷ややかに見送りながら、残った貴族たちはやれやれと目線で頷き合う。
王のそばには『鉄仮面』と称される無敵の騎士団長、テオドール・レックスが影のように付き従い、王弟リデルには常に五人以上の護衛騎士がついている。さらにリデルが公式の場に出る時には、その警護の騎士は倍増する。
こうも厳重に守られた王家のオメガの嫁ぎ先に、なぜ国内の有力貴族たちが候補に上がらないのか――なぜ王が今まで頑なにリデル殿下を嫁がせようとしなかったのか。
誰も決して口にはしない、この国の貴族なら当然理解しているはずの暗黙の了解だ。なのに……あのように迂闊な言葉を発するなんて。と、そんな素直な嫡男を持った伯爵への嘲笑を滲ませながら――。
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ときどき何話か遡って読み返し、誤字脱字、文章の不備等気づいたものは訂正しています。(それでもまだある気がする……。毎話更新を追ってくださってる読者様、いろいろ不備だらけですみません(;ω;)) 何か変なとこがあればお知らせくださると嬉しいです。もちろん感想もv v v どうぞよろしくお願いいたします。
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