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最終章・転生勇者編

第176話 生きろ

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 ―― 怠惰の暴君タイラント・スロウス ――
 斧状にした怠惰の魔剣ベルフェゴールに大質量の魔力を高密度に圧縮させ、斬撃として放つ技。
 これだけでも相当な威力を発揮するが、何よりも2年間毎日薪割りをしてきたタローの動きは洗練されており、斧を振るのに最適なフォームだった。
 それにより、普段は力任せに振っているだけの攻撃よりも、より効率的に筋肉を使うことに成功。タロー本来の攻撃力を引き出すきっかけとなるのだった。
 タローによる本気のその一撃は、ユウシの天聖の勇者アポカリプス・ブレイバーを真っ二つに割ると、周囲の音を割き、空気を断ち――やがて、次元を斬った。

(――あぁ……なんて清々しいほどの……)

 全力全開、最強最高のユウシの一撃はいとも簡単に打ち破られた。
 しかし、ユウシに悔しさは無い。

「強すぎて、なんも言えないや……」

 ユウシは背中から地面に倒れると、空間の亀裂をただ見上げるのだった。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・


 静寂が支配した刹那、近くにいた生物の心臓を叩くほどに、空気は大きく振動した。
 空にあいた穴からは、赤紫色の空間が広がっている。
 その空間を見上げるように、大の字で仰向けに倒れたユウシ。
 白金プラチナのオーラはすでに消えており、以前の強さは失われていた。
 そんな自分の状態を、本人はすでに直感で感じていた。

「この感じ……そうか、どうやらおれの最大解放のデメリットは――レベルのリセットみたいだな」

 目を伏せて、口を開いた。
 スキルの最大解放は強力だが、それと同時にデメリットも存在する。
 ムサシたちSランク冒険者らのデメリットの大体は一時の間の弱体化であったが、ユウシのは深刻なものだった。
 ユウシの最大解放:転生勇者チート・ヒーローの能力は、レベルの上限解放である。
 本来ならレベル99がMAXであるが、それを999,999まで上昇させるのだ。
 ステータスも爆発的に上がり、攻撃力は5億近くにまで達する。
 が、それほど強力なゆえに、デメリットは先ほどユウシが口にした通り"レベルのリセット"である。
 長年にわたりコツコツと上げたレベルはこれで1に戻り、10歳のときと同じステータスとなってしまうのだった。

「俺の勝ちだ、勇者」
「…………あぁ……君の勝ちだ」

 タローの勝利宣言に文句は言えない。
 互いに万全の状態で戦い、全てを出して戦い――敗れた。
 でも、ユウシは爽やかな笑顔を浮かべていた。

「こんなに圧倒されたら、もう笑うしかないや」

 荒れた空はすっかりと晴れ、暖かい太陽の光がタローとユウシを照らし始めた。



 ***



「……終わったか、タロー」
「うん。で、どうだった俺の必殺技?」

 戦いが終わりタマコはタローへ、キララ・マホ・マーティ・セイバーはユウシへと駆け寄った。
 タローはタマコの姿を確認すると、真っ先に必殺技についての感想を訊くのだった。

「うむ――100点満点じゃ!」

 ニカッと笑い、親指を立てた。
 タローもそれを見て、同じように笑いながら親指を立てる。
 ユウシは二人の光景に目をやりつつ、キララから治療魔法を受けていた。
 ほどなくして立ち上がれるまでに回復すると、ユウシは再びタマコへと頭を下げる。

「魔王タイラント、改めて此度のおれの行為を謝罪する。
 ……すまなかった」
「……なぁ勇者、なんでそんなに魔王を殺そうとしていたんだ?
 いくら幼いころからの夢って言ったって、あんなになるまで恨むか普通?」

 素朴な疑問をぶつけたのはタローだ。

「おれは……臆病者なんだ」

 そこからポツリポツリと語られたのは、ユウシの思いだった。

「生まれ変わっても、以前と何も変わらないのが怖かった。
 やっと見つけた才能を潰されるのが怖かった。
 おれという存在が――無意味になることが……怖かったんだ」

 魔王を倒す。
 幼き頃から課せられた大きすぎる使命を背負い、努力し努力し努力し続けた。
 その大きな目標を失った時、ユウシが真っ先に思ったのはソレであった。
 べつに、頑張ってきたことが無駄な努力になってもよかった。
 ただ――自分という存在が、無意味になることだけが嫌だった。
 ユウシという人間の、生きている意味が無くなるという悲劇を避けたかったのだ。

「……そーかい……無意味になるのがね~……」

 一連の話を聞いたタローたち。
 何と声をかけていいか苦慮していたとき、口火を切ったのはタローだった。

「だったら――無意味なるかどうか、生きて確かめないとな」

 目を見開いたユウシの肩に手を置くと、タローは言葉を紡ぐ。

「お前、俺と同い年くらいだろ? たかだか18年で結論出すの早すぎんだろ。
 もしかしたらこの先――生きた先で、俺が勝てない敵に会うかもしれない。そのときは、絶対にお前の力は必要になる。
 もしくは、別のところで役に立つ可能性だってある」

 タローの言っていることは、全て架空の話だ。
 もしかしたらそうだったらいいな、という願望でしかない。
 でも、タローは願望でもいいと思っていた。
 いくら期待外れなことばかりが起きる人生だとしても、その先には期待通りのことが待っているかもしれない。
 かもしれないだけの話。けれど、決して起こらないとは限らない話である。

「もしお前が無意味だと思うなら、無意味にならないように動けばいい。
 ――何もしないクソニートだった俺ですら、こうして冒険者になってるんだ。今からでも全然遅くない」
「タロー……」
「それに――お前は色んな国やら村やら救ってきた勇者だろ?
 救った場所には、きっと笑顔が溢れてる。そうやって、誰かを笑顔にできたなら、それって無意味になってないんじゃないのか?」
「――ッ」

 ユウシの脳裏に、それは駆け巡った。
 なぜ、今まで忘れていたのかわからないほどに、焼き付いていた光景。
 モンスターから危機を救い、多くの人たちが歓喜に沸き、笑い、泣いていた、あの光景を。

(そうだ……おれは――)

 お礼を言う人々と、生きて笑い合う子供たち。
 それだけじゃない。
 ここにいる4人だってそうだ。
 キララ・マホ・マーティ・セイバーと、喜びを分かち合い共に笑い合った日々。
 周りに笑顔が溢れているだけで――自分は満たされていたのだ……。

「ユウシさん……」

 そっとキララがユウシの手を握った。
 それを皮切りに、マホもマーティもセイバーも優しく手を握る。

「あなたがいてくれるから、わたくしたちが生きているのよ?」
「ユウシが……あたしたちを救ってくれたんだ!」
「決して、誰にも、お前のことを無意味だなんて言わせない!」

 仲間たちの暖かい言葉が、心を癒していく。

「うん……ありがとう…………あり、がとう……」

 溢れる涙と共に、ユウシは仲間たちに感謝をし続けた。
 仲間たちともう一度絆を深めたユウシに、タローはもう一つだけ言葉をかける。

「勇者――生きろよ。
 仲間のために……なによりも、自分のために。
 生きて生きて、生きて生きて生き続けろ。
 そうすれば、きっと――その先に、お前の知りたい意味答えが見つかるから」

 タローは最後にそれだけを言い残すと、タマコと共にその場を去っていくのだった。
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