上 下
186 / 198
最終章・転生勇者編

第171話 娘と父

しおりを挟む
(――……ここは)

 目を開けた先に待っていたのは、真っ暗な道だった。
 どこまでも続く闇の向こうには、小さな光があるのが見える。
 なぜ自分がここにいるのかと思ったが、それはすぐに理解できた。

(そうか……私は――)

 思い起こされるのは、勇者に斬られた記憶。
 痛みも感触も思い出すと、思わず斬られた箇所を手で触った。
 けれど血は出ておらず、傷痕すらどこにもない状態。
 そのとき、(あぁそうか)と納得がいった。

 自分は死んだのだ、と――。

 となれば、あの光の向こうに何があるのかも想像がつく。
 死者が辿り着く先は2か所。
 天国か地獄かのどちらかしかないのだから。

 別に後悔はない。
 一人の子供の命を守ったのだから、英雄的行動と言えよう。
 だから、後悔はない。
 ……でも、一つだけ――心残りがあった。

(どうせ死ぬんだったら……気持ちくらい伝えておくべきだったのぅ……)

 自嘲するように笑みを零した。
 全ては自分が日和ひよっていたせいであり、誰を責めれられるというわけでもない。
 関係を壊したくないというのもあったし、あれはあれで正解だったと思うことにしていたが……。
 いざ死んでみると、正解だったのかに疑問を抱いた。
 しかし、それは後の祭り。
 死んだのなら、もう考えても意味がない。

「……行くか」

 コツ……コツ……。ゆっくりと、一歩を踏み出していく。
 願わくば、もう一度タローの顔が見たかった。
 もしかしたらギリギリで蘇生するのでは、という淡い期待があり、ゆっくりと歩いているが、どうやら奇跡はなさそうである。
 光が、もう近い。

「タロー……――」

 悲しそうな、泣きそうな表情のまま、タマコは光の中へ進もうと一歩を踏み出す――。
 と、そのときだ。

「――ッ!?」

 直後、前方を塞ぐように壁が出現した。
 そしてその壁には見覚えがあった。
 一度は恨み、拒んだ力――父の、青い炎だった。
 戸惑うタマコに、炎は徐々に形を帯びていくと、一人の男性へと姿を変えた。
 青い髪に、コバルトブルーの瞳。高身長の体躯を青いタキシードに包んだ、端正な顔立ちの男は口を開く。

「――まだ、諦めなくてもいいよ……マリア」

 タマコは、目の前の男と面識はない。
 だが、その男の正体がわかった。

「……父、さま?」

 タマコの問いかけに、男は頷いた。
 目の前にいるのは、紛れもないタマコの父――フレイである。

「ずっと、見守っていたんだ。
 ――マリアの中で、ずっとね」
「わ、私の中?」

 戸惑うタマコに、フレイは簡素に教えた。

 そもそも、フェニックスという種族はこの世に一体しか存在しない。
 稀少と言われる所以はそのせいだ。
 では、子供はどうなるのかと言うと、実は子供にはフェニックスの力は宿らない。
 青い炎は、なのだ。
 フェニックスは不死鳥とも言われるほど生命力が強いモンスターであるが、死なないわけではない。
 精神を蝕む呪いであったり、自ら心臓を抜き取るなどすれば、普通の生物同様に死ぬことがある。
 フェニックスはそうやって何らかの死が発生すると、魂だけで世界を漂い、次の世代へと力を継承するのである。
 そして、継承に必要な条件は『遺伝子』。つまり血縁関係である。

「わたしが死んだ直後、魂はマリアへと受け継がれた。
 そして、先代フェニックスは受け継いだ子を見守り、また次の世代に継がれるまで子供を守るのだよ。
 だからわたしは、マリアの中でずっと見守り、時には助けた」

 フレイの助けた、という言葉にタマコは覚えがあった。
 魔剣争奪戦でのアンブレラ戦において、まるでタマコを助けるように発動したフェニックスの炎。
 あのとき自分に発動する意思は無かった。
 父の話が本当なら、タマコを守ったのはフレイの意思ということになる。

(そうか……母は、嘘をついていなかったんだな)

 アンブレラのブレスが迫る中で、思い起こされたあの言葉。

 "あなたが困ったとき、きっとお父さんはあなたを助けてくれる――"

 確かに、父はタマコを助けていたのである。

「そうか……そう、か……」

 タマコは父が守っていたことを理解すると、大粒の涙を流した。
 父は、自分たちを見捨てていなかったのだ。
 恨んだ父は、優しい父親だった。
 その事実が何よりもうれしかったのである。
 泣いているタマコを、フレイは優しく抱き寄せた。

「ごめんよマリア。ずっと、辛い思いをさせたね」
「私も、ごめん。ずっと恨んでて……ごめん……ッ」

 フレイは嗚咽が収まるまで、ずっとマリアを抱きしめた。
しおりを挟む

処理中です...