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最終章・転生勇者編

第168話 悲しみと、諦めと

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 神の如き強さ持っている。
 だからと言って、タローは神でない。
 それに近い力を持っているだけで、神の精神など持ち合わせていない。
 だからタローは慈悲など与えないし、与える気もない。
 彼が与えるのはただ一つ――純粋な死である。

「俺は、お前をぶっ殺す……ッ」

 ドスの効いた声で告げられた死刑宣告。
 その執行方法は――殴殺だ。

「ぐァあ! ……あがッ……おごッ……――」

 叩き、叩き、叩き、叩き――。
 殴り、殴り、殴り、殴り――。
 穿ち、穿ち、穿ち、穿ち――。
 壊し、壊し、壊し、壊し――。
 叩き、殴り、穿ち、壊し続けた。

 おそらくユウシが死ぬまで続くであろう暴力。
 ユウシは死を拒もうと、必死に抵抗する。

「ぐばッ――ハァハァ、ぁぁあぁあぁあああああッッ!」

 無我夢中で剣を振るった。
 体中の出血箇所から血が飛び散っても気にせず剣を振るった。
 殺されまいと、死ぬまいと必死で剣を振るった。
 しかし、苦し紛れの攻撃が当たるはずも無く――。

「あああああ――ぶはッ!」

 刃は掠ることも無く、ユウシの顔面に再び魔剣が打ち込まれた。
 フラフラとよろけたところで、タローはユウシの鳩尾へ強烈なキックをくらわせる。
 ユウシは大量の血反吐を吐きながら、仰向けに倒れるのだった。

「う……あ……」

 呼吸が段々と弱まっていく。
 命の灯が消えかかろうとしていた。
 それでも――タローは止まらない。

「まだだ……まだ生きてる……ちゃんと殺すんだ……」

 ユウシへトドメを刺そうと、タローは再び近づいていく。


 ***



 腕の中で冷たくなっていくお前の熱が、今も腕に残っている。
 目の前で、俺の名を呼び死んだお前の声が、今も耳に響いている。
 お前と出会ってからのこと、喧嘩したこと、戦ったこと、笑いあったこと――。
 楽しかった全ての思い出を、今でも鮮明に思い出せる。

 ――それなのに、お前は死んだ。

 もちろん、生き返るって信じている。
 でも……それでも俺は、お前を失った悲しみに耐えられないんだ……ッ。
 もしかしたら、お前は帰ってこないんじゃないかって……お前を信じきれない自分が嫌なんだ……。

 タマコ――。
 俺は……お前と一緒にいたいんだ。
 また、一緒に笑いたいんだ。

 タマコ――。
 俺は、お前が大好きだ。

 だから、お前を殺したコイツを――殺してやらないと、俺の気が済まないんだ……ッ!

 ――今から、俺は人殺しになる。
 ――後悔はしない。迷いもしない。
 ――俺は神じゃない。こいつを断罪しようとか、そんな気はない。

 ――だから……俺はただの人殺しでいい……ッ!



 ***



 転生者――。
 ラノベを読んでたから、何となくの憧れはあった。
 転生前は何をやっても平凡で、やっと得意なことを見つけても、おれより凄い奴が沢山いるのがわかって、何をやってもダメなんだと思った。
 けれど、異世界に転生してから、漸く才能が開花した。
 日本にいたころじゃ絶対にわからなかった才能。

 ――戦闘の才能バトルセンスが。

 何をやっても1番になれなかったおれが、ようやく1番になれる時代ときが来たんだ!
 やっとスポットライトが当たる日が来たんだ!
 平凡なおれから、天才のおれへと――それなのに!

 またしても、おれの上には誰かがいた。

 それでも、少し上程度なら努力して超えようと思った。
 なのに、タローはそんなもんじゃ届かない程、遥か高みにいる。

 神、鬼、悪魔――いや、コイツは死神だ。
 それほどまでの天才――いや、もはやコイツは天災だ。

 きっと、コイツなんだ。
 世界が望んだ、本当の勇者は
 神が選んだ、本物の主人公は。

 死をもってして、ようやく開花した才能でも、おれはトップになれないんだ。

 ――どうせ何をやっても、誰かの二番煎じなら……。

 ――おれは……生きていたくない……。



 ***



 一歩……また一歩、死神はユウシへと歩を進める。
 鎌――ではなく、魔剣棍棒を持って。
 首を刈り取る――ではなく、頭を叩き潰すために。
 死神タローは、ユウシの元まで迫った。
 怠惰の魔剣ベルフェゴールを上段に構えると、その瞳は眼下のユウシを見おろす。

「じゃあな、勇者」
「……あぁ」

 ユウシは抵抗しなかった。
 ただ、真っ直ぐに死を受け入れるのだった。
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