上 下
104 / 198
魔剣争奪戦編

第99話 満腹少女

しおりを挟む
 無慈悲なる暴食が振り翳されようとした。
 少女が自身の勝利を噛みしめ、ニヤリと笑った時だった。
 突如として、口の中に鉄の味が広がったのだ。

「……な、に……?」

 口ではそういうものの、答えは出ていた。
 かつて母に歯向かい、頬を力強くぶたれたときに、良く感じていた味。

 ――"血"の味である

「――がふッ!」

 口の中を埋め尽くすように溢れた血液に、アリスは思わず吐き出した。
 一度や二度では収まらず、それは三度、四度と吐き出したのだった。

(……なに? なにがおこったの?)

 その異常事態に混乱しつつも、アリスは原因を考えた。
 すると、手に持っていたが、見たことも無いほど胎動していたのだ。

「……暴食の魔剣ベルゼブブ!?」

 ドックン!……ドックン!……

 辺りに鳴り響く鼓動。
 これほど音を立てているところは見たことが無い。
 だが、その原因はタローの一言で判明することとなる。

「やっと、腹いっぱいになったみたいだな」

 肩の力を抜き、安心したように口にした。
 アリスはその一言から、かつての所有者であるアンブレラの言葉を思い出した。
 それは、初めて渡されたときに注意されたこと。

暴食の魔剣ベルゼブブは、所有者の"食欲"を好む魔剣。だから所有者がになると制御が利かなくなるのよ』

 アンブレラの言葉を思い出すと、アリスはドっと汗が噴き出た。
 かつては『満腹』というものに縁遠いと対して気にもしなかったが、今回ばかりは心当たりがある。
 何を隠そうスキル:食欲旺盛イーターだ。
 このスキルの能力は触れた相手のステータスを食べることで、ステータスを低下させるというもの。
 そして今重要な点は、『ステータスを、ステータスを』ということである。
 このスキルは、アリスの食欲と直結しているのである。
 つまり、このスキルの許容量ストレージはアリスの食欲次第であり、満腹になることでスキルは使用不可となるのだ。
 さらに暴食の魔剣ベルゼブブの存在も重なっていた。
 アンブレラが言ったように暴食の魔剣ベルゼブブは所有者の"食欲"を喰らい力を発揮する魔剣。
 ゆえに暴食の魔剣ベルゼブブを振るう度に、アリスの食欲は徐々に失われていたのである。

 アリスはこの戦いで初めて"スキル"と"魔剣"を同時に使用した。
 魔剣により食欲は失われ、スキルにより胃袋も満腹となり食欲は徐々に薄らいでいく。
 その結果、普段の倍以上のスピードで食欲は摩耗し、超過剰摂取オーバーヒートを起こしたのだ。

「……そんな、ありえない」

 初めての感覚に呆然とするアリスに、タローが言葉を続ける。

「言っただろ――『お前のちっぽけな食欲を超える、ヤベェ怠け者がいる』ってな」

 その言葉を口にしたとき、勝負は決した。
 アリスの食べたステータスは、食べすぎにより吐き戻される形でタローへ返還されていく。
 膨大な量ゆえすぐにとはいかないが、今も徐々に徐々にとステータスは戻っていった。
 一方アリスは苦しみに藻掻きながら地に倒れ伏している。
 スキルの影響により体力は消耗し、もはや動ける状態ではない。
 これから回復していくタローと、もう動けないアリス。
 形成は完全に逆転したのであった。

(……そんな……アリスがまけるなんて……)

 これまで食べられなかった分、たくさん食べるために冒険者になった。
 その思惑通り、少女はたくさんのモンスターを狩り、たくさんの味を知った。
 甘未、旨味、辛味、苦み……いろいろな味を知ることができた。

 それだというのに、満腹になることで敗北を喫するとは、なんという悲劇。
 いや、もはやそれは喜劇とも言えるかもしれない。
 実に皮肉、実に愉快。
 何とも言えない思いに、アリスはただ空を見上げたのだった。
しおりを挟む

処理中です...