上 下
91 / 198
魔剣争奪戦編

第87話 幸福少女

しおりを挟む
 不思議な感覚だった。
 "空を飛んでいる"というわけではない。
 どちらかというと"落ちている"という感覚に近いだろう。
 そんな浮遊感をアリスは感じていた。

 ――アリスは……死んだのかな?

 その浮遊感にあてられていると、なんだか意識が朦朧としてくる。
 だが抵抗する気も起きないほど、アリスは疲弊していた。

 ――あぁ……死ぬならもっと食べてから死にたかったのに……

 ただ"栄養を摂る"という目的のみを果たす食事が嫌だった。
 もっと"味わい"、"堪能"し、"食欲を満たす"ための食事をしたかった。
 それなのに、もうそれすら叶わない夢となってしまうのだろうか……

 ――いやだな……死ぬのは……――

 迫る眠気に、アリスは素直に服従する。

 全てを、諦めたかのように…………――




 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・




「………………っ?」

 目覚めると、アリスは知らない温もりを感じた。
 目をやれば、見たことも無いフカフカな布団が体にかかっている。

(……ここは、どこ?)

 天国にしては地味すぎる。
 けど地獄にしては明るすぎる風景だ。
 そして、確かな心臓の鼓動が伝わり、自分が生きていることを強く認識させた。

(……そこにいるのは、だれ?)

 首だけを動かすと、後ろ姿のみ確認できる人物が一人。
 ワンピースの上に白いエプロンを着ているようだ。
 女の人にしてはやけに大きいな、という感想を抱いた。

「――あら? あらあら目が覚めたのねえ! よかったわあ!」

 微かに聞こえたアリスの首を動かした時の音で、その女は少女が覚醒したことを察知した。

「――ヒィッ!!」

 アリスは振り向いた女性を見て小さな悲鳴を上げた。
 それもそのはず、頭部がオオカミになっているからだ。
 目元や口が感情と連動しているため、それが被り物ではないのだと理解できる。
 怯えるアリスに、彼女は慌てて謝罪した。

「あらあらごめんさい! 驚かせちゃったわねえ! "転移者"にはちゃんと配慮しておくべきだったわ……」
「……て、てんいしゃ?」

 アリスが問い返すと、彼女――アンブレラ=サファイアと名乗る女性が説明してくれた。
 そして、アリスが転移者という存在であり、アンブレラが狩りをしている道中で倒れているアリスを発見し、保護したことも一緒に伝える。

「……あ、ありが、とう、ございます……」
「いいのよお礼なんて! 困ったときはお互い様よ?」

 懐がデカいのか、アンブレラは笑ってアリスを受け入れる。
 優しさを感じたのか、アリスが警戒を少しだけ緩めると――

 ぐぅ~~……

「「あ」」

 思わずアリスはお腹を鳴らしてしまった。

「……ご、ごめんなさい///」

 顔を赤くして謝るアリス。
 そんなアリスに、アンブレラはというと、

「いいのいいの、気にしない気にしない!」

 そう言うと、アリスは台所から大量の料理を運んできた。
 ハンバーグ、スパゲティ、コーンスープにサラダと、それはそれは大量に運んできた。
 見たことも無い料理ばかりで、見たことの無い量に、アリスは驚いて言葉が出ない。

「……あ、の……これ、は」
「ん? 食事だけど?」

 さも当然というアンブレラだが、アリスにとっては違う。
 アリスが食べていたのはお皿に気持ち程度のサラダやサプリメント。
 こんな食べ物は見たことが無かった。

「……た、食べていいの?」

 恐る恐る訊いた。
 これを言えば、母は暴力を振るう。
 ……この人はどうなのだろうか?
 警戒を強めるアリスだったが、それは杞憂に終わる。

「もちろんよ! 好きなだけお食べ!」

 アンブレラは獣の顔に笑顔を浮かべた。
 それを見たアリスは安心し、さっそく目に留まったハンバーグを口に頬張る。

「……ッ!」

 肉汁が、旨味が、美味しさが口いっぱいに広がった。
 それからは決壊したダムのような勢いで食事を食べ進める。
 スプーンやフォークすらも使わず、一心不乱に手で鷲掴みにした料理を口に運んだ。

「……美味しい…………美味しい、よぉ……」

 初めて味わう料理。
 "栄養を摂る"ためでなく、"食欲を満たす"ための食事。
 それを実感した少女の目からは、止めどなく涙が伝っていた。
 とっくに枯れ果てたと思っていた泉だったが、どうやら違ったようだ。

「あらあら……なんて可愛いのかしら」

 泣きながら笑顔を浮かべて、口いっぱいに頬張る少女に、アンブレラは愛おしさを感じていた。



 ***


 それから一週間が経過した頃、アンブレラはアリスにあることを勧めた。

「……冒険者?」

 アンブレラが告げた内容は、冒険者になれ、ということである。

「アリスちゃん。あなたを拾ったのはわたしだけど、それでもあなたは『人間』。
 いつまでも、魔王わたしと一緒というわけにはいかないわ」
「……なにか、いいことある?」

 アリスはアンブレラにすっかり懐いていた。
 その言葉は、アリスがアンブレラと離れたくない気持ちから出た『一緒にいるための言い訳』だった。
 だが、その質問は結果として、少女が冒険者になる切っ掛けとなってしまう。

「そうねえ……お金を稼げるし、ついでにモンスターも狩れるから、アリスちゃんがわね」
「――ッッ!?」

 そのとき、アリスに衝撃が走った。

『知らないご飯』

 アンブレラと過ごし、たくさんの料理を食べたが、どうやら世界にはまだ見ぬ料理があるらしい。
 それならぜひ――味わいたい!

「……アリス、冒険者になる!」
「あらそう? ……で、なんで涎垂らしてるのかしら?」

 こうしてやる気を出したアリスは、さっそく身支度をして、人間の街へと向かう。
 だが、アンブレラの家を出る間際に一つだけ確認をした。

「……アンブレラ?」
「どうしたの?」
「……アリスがつよくなったら、アリスとずっといっしょにいてくれる?」
「っ!」

 アンブレラは少しだけ顎に手をやり、答えを聞かせた。

「そうねえ……アリスちゃんが強くなって、わたしのことを『ママ』って呼んでくれるならいいわよ?」
「……ッ! うん、わかった!」

 アリスは約束を承諾すると、元気に街へと向かった。

(ふふふ……娘が旅立つときって、こんな感じなのかしらね……)

 魔王になる以前から涙など流したことが無かったのだが、目元を拭い柄にもなく感傷に浸る。
 アリスがいつ来るか楽しみしながら、アンブレラはいつものように今日も狩りに出かけるのだった。


 その後、アリスの活躍は目覚ましかった。
 冒険者として登録後、夥しい量のモンスターを狩りつくし、その存在感を発揮。
 ただ、ドロップアイテムごと食べてしまう癖から問題児としても有名となった。
 何度も注意したのだが、誰も少女の強さに逆らえず、止めることはできない。
 結局アリスは、わずか数年で問題児の集まるSランクへと昇格。
 無類の強さを得た少女は、満を持してアンブレラママのいる山奥へと凱旋したのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...