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魔剣争奪戦編

第80話 喰らう

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 ――暴食の魔剣ベルゼブブ――
 所有者の"食欲"を喰らう、七つの魔剣の一振り。
 刃はノコギリのように強靭な歯がいくつもついている。

 さながら、獲物を噛み砕く牙のように――



 ***



 少女が握った途端、暴食の魔剣ベルゼブブは生きているかのように胎動し始めた。
 そして大地を抉るように刃を引きずりながらタローへと一直線に進む。

「プー来い!」

「(`・ω・´)」
(訳:ガッテンです!)

 怠惰の魔剣プーはタローの掛け声に反応すると、いつもの棍棒に形状を変える。

「……いーただーきまーす!」

 背筋が凍りそうな恐ろしい声で叫ぶと、少女とは思えない脚力で飛び上がった。
 そのまま暴食の刃は振り下ろされ、タローへ噛み付こうとする。

「いただかせないし!」

 少女にしてはそこそこの速さを持つアリスだが、スピードなら魔王ジードの方が遥かに上である。
 タローは何の小細工もなしに振り下ろされた暴食の魔剣ベルゼブブの一撃を簡単に受け止めた。
 しかし――

(ん?)

 刃が接触した刹那、得体の知れないナニかがタローを襲った。
 タローはソレを感じた瞬間に、力任せにアリスを押しのける。
 宙に投げ出されたアリスだったが、近くにあった枝に掴まると、そのままぶら下がって怠惰の魔剣ベルフェゴールを見つめた。

「……食べたいなぁソレ」

「腹壊すぞ?」

「……毒も食べると、あんがい美味しいかもよ?」

 フフフと怪しく笑う少女。
 胎動するノコギリと肌の白さも相まって、まるで呪いの人形のようだ。
 けれど、それ以上に引っかかるのは先ほどの違和感。

(さっきのは……)

 一瞬だけしか感じなかった。
 それだけで、タローの心に強烈なインパクトを残したのだ。

「……ねー、魔剣って、どんな味かな?」

「……さぁね」

 そんなタローの心情などお構いなしに、少女は笑みに狂気を滲ませた。



 ***


「あらあらアリスちゃんったら! あんなにはしゃいじゃって!」

 凶器を振るうアリスの姿を見て、アンブレラは思わず笑みをこぼした。
 ただでさえアリスは表情の機微が少ない。
 そのため、猟奇的な笑みではあるものの、笑顔を見れるとアンブレラは嬉しくなるのだ。

 嬉しくなって、自分も暴れたくなるのだ――

「……よーし」

 アンブレラは袖をまくると、その逞しい腕をブンッブンッと回した。

「ママも手伝っちゃうわよお~!」

 お人好しの母親のようなことを言っているが、言葉とは似ても似つかぬオーラを漂わせる。
 するとアンブレラは勢いよく鼻から息を吸った。

「さーて、吹き飛ばすわよお!」

 途轍もない肺活量で、腹がどんどん膨れ上がっていく。
 目線をタローへ向け、その照準を合わせる。

「―― 子豚殺しの吐息ハウジング・ブレス!」

 放たれた空気の大砲は真っすぐにタローへと発射される。
 草や木の枝、石などを巻き込みながら凄まじい威力で向かっていく。

 だが、それを止める者がいた。

「主の戦いに水を差すのはやめてもらうぞ」

 その言葉と同時に、音速の突きがアンブレラを狙った。

「――あらあら」

 だが寸前で気が付くと、そちらに照準を移動。
 タローへ向かっていたブレスが逸れると、自身をを襲う突き技とぶつかり合った。

「あらあらあら!」

「ぬぅ!」

 威力が同じだったためか、相殺しあい高威力の技が互いに弾ける。
 衝突した反動で術者が後退するものの、アンブレラは脚力でその場に踏みとどまった。
 比較的に体重の軽いタマコは黒弦刀を地面に突き刺して難を逃れる。

「……確かあなたは、タイラント=マリア=コバルトさんだったかしら?」

「古き魔王に覚えてもらえるなんて……光栄じゃな」

 少し頭を悩ましタマコの真名を確認するアンブレラに、タマコは臆せず返答する。
 お互いに余裕の表情。しかし、タマコには焦りが浮かんでいた。

(あれは小技じゃな……それでも死への行進曲デス・マーチと同威力か……)

 全力の突き技。それをさほど力も入れていない技で打ち消されたのだ。
 この時点で、実力差は目に見えていた。

(フッ、私一人では勝てぬのぉ……)

 思わず乾いた笑いを零すタマコ。
 拮抗した実力差で負けるのは悔しいが、圧倒的な力に負けるのは清々しい。
 どことなく諦めの境地に至っていた――だが、今は一人ではない。

「もうマリアったら~。いっつも先に行っちゃうんだから~」

 呆れたような声で話しかけるのはエリスだ。
 その後ろには隠れるようにシャルルもいる。

「すまんのぉ……ちと頼みたいのじゃが――」

 タマコが喋ろうとするが、その続きはエリスが続けた。

「どうせ手伝えって言うんでしょ?」

「うぅ~……怖いけど、マリア様のためですもんねぇ……」

 親友の頼みなら仕方ない、と付け加えると、エリスは収納用魔方陣から細剣レイピア型の魔剣――色欲の魔剣アスモデウスを取り出した。
 シャルルも胸元の十字架を握りしめ、いつでも回復できるように準備する。

 勝ち目の無かった試合も、これで1対3。
 先ほどよりも戦力差は縮まっただろう。
 だが、それでもまだ戦力差は開いたままだ。

「今日は生きのいい食材が沢山あるわねえ……」

 圧倒的強者の余裕から出る笑み。
 その表情のままアンブレラは、エプロンの下に隠し持っていた道具を取り出した。

 それは、巨大な出刃包丁とまな板――

「アリスちゃん……今日はよ?」

 まな板の食材を見るような瞳が、3人を睨む。
 一人では確実に怖気づき、失禁してでも逃げようとするだろう。
 それをしないのは、横にいる仲間のおかげだった。

「まったく、また無策での戦闘か」
「いいじゃない。こっちも案外楽しいもの♡」
「お、お役に立てるかわかりませんが、手伝いますぅ~~!」

 タマコは黒弦刀を。
 エリスは色欲の魔剣アスモデウスを。
 シャルルは十字架を握りしめ、怪物へと立ち向かう。


「さあ来なさい! ぜ~~んぶ、美味しく調理しちゃうわよお!!」




 ***




 タマコらも戦闘を開始した中、タローは珍しく苦戦していた。

「……フフフ」

「……チッ」

 笑うアリスに対し、タローは舌打ちをする。
 これはタローらしくない反応であった。
 その理由は、撃ち合うたびに感じる違和感のせいである。

(気のせいじゃないな……やっぱり)

 何度も魔剣を交える中で、タローはこの感覚の正体に気付き始めていた。
 そのせいで、いつもは力任せに終わらせる戦いも力が出せないでいる。

「……ねぇ、そのクマの――」

 激しい攻防の最中に、アリスは唐突に呟いた。

「――美味しいね?」

「――ッ!」

 刹那――怠惰の魔剣ベルフェゴールから大量の魔力が消える。
 いつもの力が出ず、タローは仕方なく後ろへ退避した。
 何度も怠惰の魔剣ベルフェゴールを握りしめて確認すると、タローは違和感の正体を確信した。

「……やっぱお前か、他人の魔力めし勝手にのは」

 タローが睨みつけると、アリスは「……フフフ」と笑む。

「……そうだよ。これが暴食の魔剣ベルゼブブのちから」

 暴食の魔剣・ベルゼブブ。
 その能力の名は、
 ――暴飲暴食ベルゼビュート――
 相手の魔力を吸収し、己の力へと還元することが出来る力である。

 要するに彼女は、怠惰の魔剣ベルフェゴールの魔力を喰ったのだ。


「……まだまだたくさん、ありそうだね?」

 アリスは口から涎を垂れ流し、もう一度怠惰の魔剣ベルフェゴールへと視線を向ける。

「……ねぇ、もっと食べていい?」

「……食いてぇなら金払えやッ」

 怠惰の魔剣ベルフェゴールを握る手に力が入る。
 それと同時に、タローの背筋に冷たい汗が流れた。


 ***


 アリス・ワンダーランド
 Sランク冒険者。転移者
 スキル:???

 ステータス
 攻撃力:6666
 防御力:測定不能
 速度:6666
 魔力:0
 知力:666


 魔王:アンブレラ=サファイア
 種族:ケルベロス
 魔法:???

 ステータス
 攻撃力:9769
 防御力:9830
 速度  :3201
 魔力  :8400
 知力  :8978
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