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魔剣争奪戦編

第56話 タロー&タマコ vs ラン&ジード(2)

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「先手必勝ッス――部分変化ヘンシン!」

 最初に動いたのはランだ。
 スキル:部分変化ヘンシンは、身体の一部をモンスターのモノに変えるという能力である。
 ランは足をフェンリルに変えると、高速でタローへと攻撃を仕掛けた。
 加えて部分変化ヘンシン状態では自分のステータスに、変化させたモンスターのステータスがされるため、通常のモンスターより遥かに速くなっている。

「終わりッス!」

 高速移動中、さらに腕をキング・オーガに変化。
 フェンリルのスピードとキング・オーガのパワーが合わさり、その威力は驚異的なものになっている。
 迫りくる巨拳に、タローは怠惰の魔剣ベルフェゴールを構えた。

「終わらせねーよ」

 片手で振るった怠惰の魔剣ベルフェゴールが、高速で突進してくる巨拳とぶつかり合う。
 激しい突風が発生し、辺りが衝撃波で揺れる。
 しかし、それは一瞬のことであった。

「うわッ!?」

 予備動作なしノーモーションで振るわれた棍棒に、加速した巨拳が破られたのだ。
 ランの体は衝撃で後退を余儀なくされる。
 浮いた身体を翻して着地したが、それでも勢いは完全には殺せず、木を4本ほど折って漸く止まった。

「――っく~~~~~~!!! さすがアキラさんをぶっ飛ばしただけはあるッスね!」

 ランは笑っており、余裕な様子だった。
 しかし、肩で息をしていることから、相当なダメージは受けているようだ。

「ラン! 大丈夫か!?」

 ジードはすぐさまランに駆け寄る。
 ランは「大丈夫ッスよ……っ!」と平気そうに見せた。
 だがジードは百戦錬磨の魔王だ。ランのやせ我慢は見抜いている。
 そして、タローの実力も理解した。

「……ラン。悪いけどタローあの人とはボクがやるよ」

 ジードは静かに視線をタローへと向けた。
 まるで敵を取ることを決めたような瞳。
 恋人を傷つけられたことへの恨み、辛み、怒りがその眼光から感じた。

「ラン、これを」

 ジードは懐から回復ポーションを取り出して、ランに飲ませた。
 するとみるみる回復していき、数秒でいつものように元気になる。
 だが、ランの顔は険しかった。

「ごめんッス……もう完全回復薬フル・ポーションを使うことになっちゃって……」

 ランが気にしている通り、ジードが使ったのは完全回復薬フル・ポーションだ。
 他の回復薬より効果は段違いで、呪いの類でない限りは欠損箇所すら直すことができる。
 しかし、だからこそ完全回復薬フル・ポーションはとても貴重で、手に入りづらいものでもあった。
 実際ジードが持っていたのはこの一本のみで、あとは大回復薬と中回復薬がそれぞれ3本ずつだ。
 なるべく緊急事態時のみでの使用したかったが、開始早々使う羽目になってしまったことをランは悔やんだ。
 気落ちするランにジードは首を横に振り、その考えを否定した。

「落ち込む必要はないよ。それに、ボクも同様タローを少々甘く見ていたようだしね……。
 魔王タイラントのみ気にしておけば問題ないと思っていたが、どうやら検討違いだったようだ」

 ジードはタマコの方を見た。
 タマコは武器こそ手に持っているが、タローに加勢するつもりはないのか、すでに構えを解いていた。

(彼が勝つことをわかっていた? ……いや、信頼しているんだろうな。彼の力を……!)

 魔王が全幅の信頼を置く人間。
 それも転移者や転生者などの特別な力チートを持っている人間ではなく、この世界の原住民。しかも魔力が無いため魔法も使えない人間。
 魔力が無いことは珍しいことではないにしろ、それほどの人間がどうやってここまでの力を付けたのか、ジードはそれが気になって仕方がなかった。

(ランと彼では、残念ながら勝負にはならなさそうだ。おそらくランがスキルの最大開放を使っても怪しい)

 ジードはランの回復を見ると、すぐさま自身の武器である嫉妬の魔剣レヴィアタンの切っ先をタローへと向ける。

「君の相手はボクがするよ」

「あっそ」

 タローは棍棒状態の魔剣を肩に置き、どうでもよさそうに返事をした。
 タローはどこまでも余裕そうであった。
 その反面、ジードのこめかみに冷や汗が一筋流れた。

「言っておくが、ボクはランより強いよ?」

 ジードは挑発したが、脳では理解していることがあった。

「さっさと来なよ――ブッ飛ばしてやるからさ」

「一応言っておくが殺すなよ?」タマコが釘をさす

「……わかってる」若干忘れていたが、タローは分かってるフリをした。

 そんなタローたちの会話などお構いなしに、ジードはタローへと斬りかかる。

「では――いくよ!」

 怠惰の魔剣ベルフェゴール嫉妬の魔剣レヴィアタンがぶつかり合い、激しい火花が散った。



 ***




 ジードは戦っている時だというのに、頭の中ではランのことを考えていた。

(ランはこのあと魔王タイラントと戦うだろう……)

 そう考えたジードはランの邪魔にならないよう、戦いながら場所をランから遠ざけた。
 ある程度離れたところで、ジードの剣も本領を発揮し始める。
 嫉妬の魔剣レヴィアタンは青龍刀型の剣であるため、重量が軽く振りやすい。
 その特性を活かし、魔剣を高速で振っていくジード。
 徐々に速さが増していく。
 その姿はまるで『舞い』のようだった。

「――剣法舞踊ジエン・ウーダウ

 身体を回転させ、嫉妬の魔剣レヴィアタンを左手、ときには右手にと高速で持ち替えながら、刃が振るわれる。
 だが曲芸ではない。その動きには全く無駄がなく洗練されていた。

 だが――

(あー、やっぱりか――)

 ジードの目線の先には、もちろんタローがいる。
 そしてタローは、表情を変えることもなく刃をいなし、ときに受け止め、ときに躱してやり過ごしていた。
 この速さは……いや、この技はタローには全くの無意味だったのだ。
 それを最初から分かっていたのか、ジードはやっぱりかと思ったのである。

 ……いや、これも違うな。
 正確には正解ともとれるが、ジードが思ったのはもっと大まかで、根本的な問題だ。

 それを思ったのはいつからだろう――

 いや、理解している――

 きっと最初からだ――

 タローと相対したそのときから――


(そう、わかっていたよ――)

 百戦錬磨の魔王。
 強者になればなるほどわかる、相手との実力差。
 もしもジードが弱者であれば、幾分かは幸せであったかもしれない。

 強者ゆえに――感じてしまったのだ。


(ボクでは――彼に勝てない)
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