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魔剣争奪戦編

第47話 序章

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「――っ! ここは……」

 アキラ・アマミヤが目を開けると、白い天井が瞳に映る。
 それは見たことのある景色だった。
 この世界に来て初めて見たもの。見間違えはしない。

(そうか……俺は……)

 少しずつ記憶が呼び起こされていき、気を失う前までのことを思い出す。
 全力で倒すために自身の最強をぶつけた。
 それでも届かなかった。
 あと一歩どころではない。十歩も二十歩も。いや、それ以上の差があった。

 最強を目指した。
 かつての仲間ともとの夢を果たすため。
 しかし、はるか上を行く存在を目にし、アキラは初めて挫折というものを味わった。

 何よりも耐え難い"苦痛"が全身を蝕んだ。
 心臓を抉り出したくなるほどの"悔しさ"が心を貫いた

「ちく、しょう……」

 目から一滴の涙を流し、誰もいない部屋で、屈辱を吐露した。

 アキラにとって、苦く、苦く、苦い、敗北であった。


 ***


 アキラとの戦いを終えてから3日後。
 場所はタイタンにある人気の酒場。
 その一角で二人の吸血鬼と一人のシスター。そして一人の男とクマのぬいぐるみがランチをしていた。

「きんしん?」

 オムライスを口いっぱいに頬張るタローに、シャルルはアキラの処分の結果を報告した。
 シャルルによると、アキラの行為は冒険者としての仕事の範疇を明らかに逸脱したものであり、何らかの処分を下す必要があったそうだ。
 それはSランク冒険者と言えど変わらず、下の者に示しがつくように平等に行われ、ドラムスが謹慎一か月をペナルティとして課したのだ。

「本来なら冒険者の資格を剥奪されてもおかしくないのですが、タロー様が寛大な処置をお願いしたことが功を奏したみたいですよ」

 紅茶の入ったティーカップを口に着けると、シャルルは少し安堵の表情を浮かべた。
 同じSランク冒険者として、思うところがあったようである。

「別に、俺はケガしてなかったからな」

 タローからしたら少しじゃれてただけの感覚なので、特に気にしていなかっただけだ。

「アハハ……アキラさんも、とっても強いんですけどね……」

 そんなタローにシャルルは呆れながら笑っていた。
 そのシャルルの横で、エリスも話に加わる。

「確かにあの坊やは強いわよ~。マリアでも危ないかもね~」

 エリスがパフェを食べていたスプーンをタマコに向けた。

「フンッ! あんな小僧、私が本気を出せば……」

 タマコは面白くなさそうにサンドイッチを口に入れる。
 その言葉にエリスは
「本気、ね……」
 と、何かを考えた。
 だけどそれは一瞬のことで、誰も気付いてはいなかった。


 ***



「では、わたしたちはここで失礼します」

「またね~、マリア」

 昼食を終えると、お互いに用事があったのでここで別れることにした一行。

「じゃ~ね~」

「うむ。また会おう」

「(^・ω・^)/~~~」
(訳:お疲れさまです!)

 3人もそれぞれ軽く別れの挨拶をすると、ギルド本部まで足を運ぶ。
 理由としてはドラムスに呼ばれたからだが、おそらくアキラのことについてだろう。
 ちなみに魔王クロスだが、こちらもアキラと同じ病床で入院している。
 寝言で何度も「マリア、愛しているぞ」と言っていたらしく、タマコがまたゾッとしたのは言うまでもない。
 もう二度と会いたくないと愚痴をこぼしながら、ギルドまでの道のりを歩いた

「オッスオッス」

 ギルドに着いてドラムスの姿を発見すると、タローが手を振って挨拶をした。

「ご苦労」

 手短にドラムスも挨拶をして、いつものギルド長室に通される。


 ***


「まず、今回の件はすまなかった。ギルドマスターとして、もっと目を向けておくべきだった」

 すまん。とドラムスは頭を下げる。
 今回の件は自分の監督不行き届きも原因だとしていた。
 聞けばSランク冒険者が転移した時に最初に保護したのはドラムスだそうで、それ故にアキラたちのことは大切に思っていたそうだ。
 タローがアキラを擁護したおかげで、何とか処分を謹慎で済ますことができたので、そのお礼もかねて呼んだ。

 ――というのが理由の一つ。

「え、まだなんかあるの?」

 タローたちはこれで話が終わると思っていたが、どうやら違うようである。
 何ならここからが本題だった。




「お前ら――中回復薬の依頼はどうした?」





「…………あ」

 タローはそこでようやく思い出した。
 アキラの印象が強すぎたが、本来自分たちは採取の依頼を受けていたはずだったのだ。

「"アナタヲナオシタイダケ"と、"ナニカシラキキ草"は入手しておるぞ。
 ……残りの"ワリトナオルワ"は主殿に任せたはずじゃが……」

「…………」タローは明後日の方向を向いた。

「(゜ω゜;)」プーも明後日の方向を向いた。

「ちなみにあと一時間でペナルティ発生だぞ?」ドラムスが言った。

「おいタロー?」

 タマコが笑顔で名前を呼んだ。
 ちなみにタマコがタローのことを"主殿"ではなく"タロー"と呼んだときはキレているときだ。

「は、はい……」

「あとプー」

「Σ(^・ω・^;)」
(訳:は、はい!)

 タローとプーは脂汗が止まらなかった。
 ゆえに――

「ダッシュで行ってこい」


「行ってきますっ!」

「(`・ω・´;)」
(訳:ガッテンだッ!)

 二人は何の文句も言わず、走って山まで向かった。


 ***


 普通走っても一時間以上かかるはずなのだが、タマコが怖すぎて普段の倍以上の速さで走れた。
 人間やれば出来ると言うことだろうか。
 いや、なんか違う気がする。

 まぁそんなことは置いといて、タローたちは"ワリトナオルワ"捕獲のために川まで来たのだが……

「なんで、一匹もいないんだよ!?」

 タロー眼前に広がる川には、魚一匹、影もない。
 どうでもいいときに採れるのに、欲しいときには採れない。
 物欲センサーとは恐ろしいものである。

「ヤ、ヤベェ……タマコに怒られる……」

「(`・ω・´;)」
(訳:マズいです! 非常にマズいです!)

 タローとプーはタマコが怒ると恐ろしいということは身を持って体験していた。
 あれはタローが暇でプーと遊んでいた時、食器棚にあった皿でフリスビーをしたときだった。
 その皿は、タマコが愛用していた大事な皿だった。
 そんなことはつゆ知らず、タマコがタローに買い物を頼もうと現れた。

『タロー、悪いがちょっと買い物に行って――』



 パリィーン



『………………』

『(^・ω・^)』
(訳:………………)



『ブチ殺してヤラぁぁああああ゛あ゛っっ!!!』



 そのときの鬼の表情は、最強タロー魔剣プーに恐怖を与えたほどである。
 あれ以来、タローとプーはタマコに頭が上がらなかった。

 このまま帰ればまた怒られる。
 それは何としても避けねばならなかった!

「穴掘ってでも見つけるぞぉぉおお!」

「(`・ω・´)」
(訳:おぉおおおおッッ!!!)

 手段を選んでいる余裕はない。
 川にダイブしようと、二人で飛び込む――。



「――これ、いるかい?」



 ――寸前のところでタローたちに呼びかける声が一つ。
 後ろを振り向くと、そこにいたのは動きやすい服装の上に和柄の羽織を着た男。
 見た目はタローとほとんど変わらない。

「え?」

 タローは「だれだ?」と首をかしげるが、男の持つ袋の中身を見て疑問は吹っ飛んだ。
 そこに入っていたのが、探していた"ワリトナオルワ"であったからだ。それも大量に。

「い、いいのか?」

 タローが訊くと、男は「どうぞ」と笑顔で差し出した。

「さ、サンクス!」

 帰りの時間を考えると、もう向かわなければ間に合わない。
 タローは申し訳ないと思ったが、すぐにギルドへ向かうことにした。

「ごめん! ほんとにありがとー!」

 男は軽く手を振って、タローを送り出した。


 だが、タローは急いでいたので気付いていなかった。



 その男が腰に携えている――魔剣に。



 ***



 羽織を着た男は、楽しそうに川原を歩く。
 珍しく鼻歌を歌いながら。とてもご機嫌だった。
 そんな彼にある人物が声をかける。

「――どうだった、アキラを倒した男は……」

 男に話しかけたのは、浅黒い肌をした筋肉質の男性だった。
 黒のジャケット姿で、見た目はとてもワイルドだ。
 その男と知り合いなのか、羽織を着た男は口を開く。

「うん。とてつもない波動を感じたよ」

「強そうか?」

「強いよ。少なくとも君よりは強い」

「はっはっは! そりゃ強ぇな!」

 腹を抱えて笑うジャケットの男。
 その姿を、可笑しそうに見つめる。

「まったく……魔王としての誇りプライドは無いのかい――ハザード」

 その男――魔王ハザードは、微笑を浮かべて声の主に顔を向ける。

「無い、わけじゃないさ……だが、今俺はお前の使い魔だ。
 お前が負けなかったら、それでいいよ――ムサシ」

「……そうか」

「ああ」

 ムサシと呼ばれた男は、空を見上げた。


「……また会おうね。タローくん」


 そのとき、大きな風が一つ、タイタンに吹いた。





 ムサシ・ミヤモト

 Sランク冒険者
 スキル:不明
 ステータス
 攻撃力:測定不能
 防御力:6000
 速度:測定不能
 魔力:0
 知力:890
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