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魔剣争奪戦編

第37話 Sランクと魔王(2)

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 ギルド本部に集まっている3人のSランク冒険者。と、使い魔の契約をした3柱の魔王。
 使い魔になっているとはいえ魔王である。
 その邪悪なオーラは平凡な冒険者たちを一切寄せ付けない。
 その中で、ドラムスは驚くほどに冷静であった。

(まぁ……もう魔王に会ってるしな)

 2回目になると耐性が付いているものだ。
 もちろん驚いてはいる。
 先ほどまで動物園状態だった連中を一括して落ち着かせた後、それぞれどのようなことがあったのかを聞いた。
 その際に、魔王と使い魔の契約をした詳しい経緯なども教えてもらった。
 今はここにいない残り3人のSランク冒険者も、魔王と使い魔の契約をしたらしい。
 これで世にいる7柱の魔王は全て使い魔になっている。
 つまり魔王の脅威は過ぎ去ったといえよう。
 今回は、その功労者として冒険者を呼んだわけだ。

「討伐と聞いていたが、まさか使い魔にしたとは驚きだな」

 ドラムスがそう言うと、ガラの悪いアキラが突っかかる。

「ただの魔王だったら殺してたけどな。
 ……だがお互いに利害が一致してな。使い魔っつーよりビジネスパートナーに近い」

 アキラがそう言うと魔王クロスもうんうんと頷く。

「ヒッヒッヒ……我らは共生関係が築けるのでな……こちらとしても都合が良かったのだ……」

 ヒッヒッヒ……ともう一度笑う。
 海賊の格好をしているのだから豪快な性格だと思っていたのだが……。
 その笑い声はさながら、不気味な変態の科学者のようだった。

「ヒッヒッヒ……今失礼なこと思っただろ?」

「い、いえ! 滅相もございません!」

 少し顔に出てしまった。どうやら失礼なことに敏感なようだ。

「ヒッヒッヒ……ならばよい」

 すぐに機嫌を直してくれたのが幸いだった。
 だが、これをからかう魔王が一人。

「いやわかるわよ~。クロスの笑い声って気持ち悪いものね~」

 魔王エリスがドラムスの肩に腕を回して言った。
 ドラムスは「いや、その……」とどう返したらよいかと悩むと、クロスもエリスとは反対側のドラムスの肩に腕を置いた。

「ヒッヒッヒ……笑い方に普通も変もないだろう。そう思うだろ人間?」

「え、あの」

「いや絶対気持ち悪いって~。ね~ドラちゃん?」

「ど、ドラちゃん?」

「貴様殺すぞエリス……とドラちゃん」

「え!? 俺も!?」

「受けて立つわよ~。頑張ろうねドラちゃん」

「いや無理ですッ!」

「叩き潰して身ぐるみ剥がして、性に飢えたオークの群れの中にでも放り出してくれる!」

「あら~、なら私はあなたのチ○コ引きちぎって、ソテーにしてオークの群れにディナーとして振舞ってあげるわ!」

「ヒッヒッヒ……上等だ」

「「行く(ぞ)(わよ)! ドラちゃんッッ!」」


「何で俺もッッ!?」


 哀れドラちゃん。
 まさか魔王の喧嘩に巻き込まれるとは……。
 これは不運としか言えない。
 もう一度言おう。
 哀れなり、ドラちゃん。


「やめろクロス」
「す、ストップだよエリスぅー!」


 あわや一触即発の場面を止めたのは、クロスとエリスのそれぞれの主であるアキラとシャルルだ。
 誇り高い魔王が言うことを聞くとは思えなかったが、意外にあっさりと身を引いた。

「ヒッヒッヒ……命拾いしたな」

「あなたがね~」

 2柱に挟まれていたドラムスはようやく緊張から解放された。
 普通なら魔王に挟まれた時点で卒倒するものだが、どうやらタマコの時を経験していたので耐性がついていたのが功を奏したようだ。

「あー……心臓に悪い……」

 ホッと胸をなでおろす。

「大丈夫ですか?」

「あぁ、平気だよ――」

 ドラムスを心配した声の主は、意外にもダークエルフの魔王であった。
 大丈夫そうなドラムスを見た魔王ジードはニコッと破顔した。

「それは何よりです」

 見た目は少年だが、ダークエルフは長命な種族である。
 ジードが魔王に君臨した時期を考えたら軽く150歳は超えているはずだ。
 見た目は子供、中身はおじさん。
 それが、魔王ジードである。

「ジー君は優しいッスね!」

 そんなジードに抱き着き、頬にブッチュ~という熱烈なキス音を鳴らすラン。
 話ではランが武者修行で行った土地が、たまたまジードが治める領地で、出会ってそのまま戦闘になるかと思いきや、二人して一目惚れをし、ラブラブの恋人同士になったそうだ。

「大したことないよ」

「そんなことないッスよ! ジー君は優しい良い魔王ッス!」

「ありがとう、ラン」

「ジー君……」

「ラン……」

「おい、場所選べバカップル」


 一瞬で二人の世界に入りこむスピードは凄いのだが、ここは人の目もあるのでやめてほしいものだ。
 ドラムスは決してうらやましくて止めるのではない。
 断じて48年恋人がいなくて妬んでいるわけではない。
 断じてだ!

「ドラムスさん何で泣いてるッスか?」

「違げーよ。突然雨が降り出しただけだ」

「雨なんて振ってないッスよ?」ランが言うと、
「というかここ屋内だよ?」とジードも続いた。

 無駄に傷心したが、おかげで場は和んだようだった。



 ***



 落ち着いたところで、ドラムスたちは場所をギルド長室に移した。
 あそこにいると他の冒険者が依頼を受けられないのが理由だ。
 魔王が3柱も居れば当然である。
 よっぽど周りを気にしない強者なら話は別ではあるが……。
 それはさておき、3人+3柱の6人はそれぞれソファーに腰を下ろす。
 いつもの受付嬢がお茶を出し、6人ともそれを飲んでいた。
 外から「タローくん最近来ないなぁ……」と聞こえてきたが今は無視しよう。

「で、結局のところ自分たちを呼んだのは何でなんスか?」ランが尋ねる。

「魔王を討伐したって聞いたからな、ギルドマスターとしてその功績を称えようと思って呼んだんだ」

 最も討伐ではなかったがな、と付け足すドラムス。
 何はどうあれ魔王という脅威が去ったのだから何でもいい。

「なんだ褒美でもくれんのか?」

 アキラがお茶を飲みながら訊いた。

「褒美なぁ……」何かを迷うドラムス。

「なにか事情があるのですか?」心配そうに訊くのはシャルルだ。

 その疑問に答える前に、アキラが口を挟む。

「俺たちSランクが魔王を使い魔にしたおかげで、残りの魔王は一柱だけになったんだ。ありがたく思ってほしいな!」

 アキラが高笑いすると、使い魔のクロスもそれに賛同した。

「ヒッヒッヒ……魔王の吾輩が言うのも何だが、金がもらえるなら欲しいものだ。
 というかよこせ」

「いや、それは……」

 ドラムスが言いかけるが、言う前にランが口を開いた。

「あ、わかったッス! 残りの一柱が残っている限り不安って事ッスね!」

「え、いや」

「ケッ、だったら俺が真っ先にぶっ殺しに行ってやるよ!」

「待て待て」

「なにをッ! だったら自分も行くッス! ジー君との愛のパワー見せてやるッスよ!」

「あのな?」

「で、でも! もしかしたらエリスみたいに良い魔王かもしれないし……別に殺さなくてもいいんじゃないかな……?」

「ちょっと人の話聞けって」

「魔王は俺が――」
「いや自分が――」

「「絶対に倒す(ッス)!!」」














「いや、最後の一人はもう終わってるから……」

「「「え?」」」

 三人はドラムスに顔を向けたまま目を点にした。
 それは他の魔王も一緒だ。

「残りの魔王は、確か怠惰の魔剣ベルフェゴールのタイラントでしたよね?」

「ヒッヒッヒ……マリアめ、死んでいたのか……」

 ジードは顎に手をやりつつ驚いていた。クロスも平静を装ってはいるが内心はそうではなかった。
 それはエリスも――

「うそっ……マリアが……」

(……?)

 エリスの様子がおかしいことに気付いたのはシャルルだ。
 声をかけようとすると、それをアキラの声がかき消した。

「どーいうことだ! 俺たちSランク以外に誰が討伐したってんだッ!」

 魔王の実力はSランクの冒険者である者たちが一番理解していた。
 だからこそ、自分たち以外に魔王を討伐できる者がいることは信じがたいものだ。

「討伐じゃない。お前たちと同じように使役したんだ」

 ドラムスの言葉に3人はさらに驚愕した。
 魔王を使い魔にした。
 つまりそれは、その人物がSランク並みの強さを持っているということに他ならなかった。
 しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはアキラだ。

「ドラムスよぉ……ソイツは強ぇのか?」

 口の橋を釣り上げ、笑みを浮かべる。
 だが、ドラムスは冷静だ。

「……強いぞ。お前たちと同じ――いや、お前たち以上かもしれん!」

 これはドラムスの与太話などではない。
 確信があった。
 あの強さは、本物であるという確信が――

「ソイツの名は?」アキラが訊いた。



「Bランク冒険者、タローという男だ」

 名を聞いたアキラは、より一層顔を凶悪に染めた。
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