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幕間(1)

第33話 魔剣のプーさん

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「――~~♪」

 鼻歌を歌いながら髪の手入れをするタマコ。
 時刻は午前8時。タマコにしては遅めの起床。
 どうせタローは昼まで起きてこないので、この朝の時間は一人でリラックスできる好きな時間であった。

 トントントン……

 ジュ~~……

 前回サラッと伝えたがタローたちはマイホームを買った。
 タローは家を買うのにこだわりが無かったので、タマコはキッチンが広い家にしてもらった。
 タローと出会う前は滅多に人と会うこともなく、ほぼ300年間暇であった。
 そんなときに始めたのが料理である。
 300年趣味にしているおかげか、その腕前はもはやプロレベル。
 料理を一人分だけ皿に盛りつけ、豆から挽いたコーヒーをカップに注ぐ。
 なんという充実な朝であろう。
 それもこれもタロー貯金のおかげである。
 ドラムスの弱みでも握っていいようにこき使おうと思い調査していたら、まさかタローの大金が入った口座を持っているとはさすがに思っていなかった。
 まぁドラムスの考えにも一理あると言うことで、タマコが預かるということで手を打った。
 タローが働かなるのは仕方ないにせよ、せっかくのお金である。
 3週間くらいなら休んでもいいだろうというのがタマコの考えであった。

「……フゥ~、今日もいい朝じゃ」

 などと一人幸せなため息をついていたときだ。
 突然リビングの扉が勢いよく開け放たれる。
 バタンッ! という大きな音に少し驚くタマコ。
 目を向ければそこには、タローが汗だくで息を切らして立っていた。

「タマコ……大変だ」

「お、おぉ……どうした?」

 こんな朝に起きてくるのも珍しいのに、さらに焦っているタローを見れば、さすがに天下の魔王も息をのんだ。
 一体何があったのか皆目見当もつかない。

「ま、枕が……」

「枕がどうしたんじゃ?」

「突然――爆発したんだ!」

「……ん?」

 見当つくはずがなかった。
 誰が枕が爆発したなどというパワーワードを考え着くのだろうか?
 しかも何一つ具体的な想像が浮かんでこない。

「しかも……」

「しかも?」

「クマになったんだ」

「……さっきから何一つわからんのだが」

 頭に?しか出てこない。

 枕が爆発したらクマになった

 どういう御伽噺なんだろうかとも思えるような荒唐無稽。
 だがちょっと頭のいいチンパンジーと同等の知能を持つタロー。
 これ以上の情報は望めなさそうである。
 となると必然的に――

「よし、見に行こう」

 己の目で確かめるのが一番である。



 ***



「(^・ω・^)」



「……………………」

「な? クマだろ?」

「いやクマっていうか……」

 確かに目の前にはクマがいるのだが、大分想像していたのと違う。
 クマというよりは――

「これ、テディベアじゃね?」

 メチャクチャかわいいクマだった。



 ***



 リビングに戻った二人はテーブルでお茶を飲むことにした。
 タマコの正面にタローが座っている。
 そしてその横に件のクマ(テディベア)が器用に椅子に座っていた。

「…………」

「…………」

「(^・ω・^)」

「…………」

「…………」

「(^・ω・^)」

「…………」

「…………」

「(^・ω・^)」

「ごめん耐えられないわ」

 この何とも言えない空気に耐え兼ねたのはタマコである。
 今まで文字ばかりだったのに、いきなり絵文字をブチ込まれたら耐えられなかったようだ。

「主殿、何があったのかちゃんと説明してくれないか? あれだけでの情報では考えることもできん」

 まずは原因の究明をしなければと考えるタマコ。
 なぜ枕が爆発したのかは、タローの前後の行動を遡れば原因の一端くらいはわかるかもしれない。
 そう思い訊いた質問であった。
 目を瞑り腕を組んで頑張って思い出すタロー。

「う~ん……」
「(^-ω-^)」

 何故か隣のクマまで考えだす。
 え、思考回路共有してる? と疑問に思うが今は無視する。
 そうしているとタローが「あ」と何かを思い出したようだった。

「そーいえば……昨日――」


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・


 その日の夜はやけに寝苦しかった。
 何度も寝返りを打つが、一向にいいポジションが見つからない。
 何故だ?
 こんなことは無かったのに!
 そう思った俺はある一つの答えにたどり着いた。

(そうだ。枕の高さが合わないんだ!)

 なぜ急に枕が合わなくなったのかはわからない。
 寝すぎて枕の弾力性が弱くなったのだろうか?
 いや、そんなことはどうでもいい。
 このままでは俺の安眠時間が減ってしまう。
 まぁ減ったら減った分だけ長く寝ればいいんだけどね!

 そんな時だった。俺の前にアレが目に入った。
 それは壁に立てかけていた一振りの魔剣である。

『これ枕にしよっと!』

 俺は魔剣を枕に変える。
 思った以上にフカフカで気に入った。
 最初こそ扱いに慣れなかった魔剣。
 今ではちゃんと力をセーブできるようになり頼れる相棒である。
 あー、なんかフツーに眠くなってきた……。
 この枕サイコーZzz……。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・



「――みたいなことはあったな」
「(^-ω-^)」

 語るタローと頷くクマ。
 まだわからないことは多いが、とりあえず分かったのは――

「そのクマ……魔剣なのか?」

「そーゆーことになるね」
「(^・ω・^)」

「ホンッッッッッッッッットに、魔剣のクソ無駄遣いじゃな」

 魔王の証である7本の魔剣。
 その内の一振りである怠惰の魔剣ベルフェゴールがよもや枕代わりに使われるとは夢にも思っていなかっただろう。

「つーか何で魔剣がクマになったん?」

「そこだけがよくわからんのぉ」

 原因がわからないタローたちだが、突然魔剣クマ身振り手振りをしだす。

「(^>ω<^;)""」

「なんか言ってんじゃね?」

「表情だけじゃわかりづらいのぉ」

 見た目はテディベアだが何故か表情は変わるようである。
 しかし、それだけではわからないのが現実だ。
 頭を悩ませていると、タローが閃く。

「じゃあこうしよう」

「(^>ω<^;)""」
(訳:ご迷惑おかけしまして申し訳ないです)

「いやどうやったの!?」

 突然セリフの下に翻訳された文章が表示された。
 これはナレーションが夏休みを挟んでレベルアップした成果である。
 細かいことは気にしなくてもいいので、さっさと本題に入ろう。

「で、なんでクマ、というかテディベアになったんじゃ?」タマコが尋ねる。

「(;^-ω-^)」
(訳:それがですね。最近、お食事の量が減っていまして……それで食欲が爆発してしまったのです)

「食事の量って……」

「なまじ主殿が力をコントロールできるようになってせいで満足に食事ができなかったと?」

「(^・ω・^)」
(訳:その通りなのです。今までの魔王もそういうことがあったのですが、戦闘時は嫌でも食べられるので困っていなかったのです)

「あー、そういや最近バイトしてねーな」

「少々堕落しすぎたかのぉ……」

「(´・ω・`)」
(訳:それに加えてタロー様の怠惰は今までで一番美味でございまして……もうこれしか味を受け付けなくなってしまったのです!)

「さすが主殿じゃ。怠惰の中の怠惰。キング・オブ・クズじゃな」

「それ褒めてる?」

「褒めてるぞ」

「(^>ω<^)!」
(タロー様は食べても食べてもどんどん内側から怠惰が沸いてくるので、お食事に困らなくて安心なのです!)

「魔剣が喰いきれない程の怠惰か。大したもんじゃな」

「いや~それほどでも」

「褒めてねぇよ」

 どうやら魔剣はタローが魔剣の制御をできるようになったことで満足に食事をとれなかったようで。
 どうしてもタローの感情を食べたいという思いが魔剣をクマの姿へと具現化させたようだった。
 魔剣はその場でタローに土下座をした。

「m(^_ _^;)m」
(訳:どうか定期的にお食事をいただけないでしょうか?)

 感情を食べさせるのは命がけではあるが、魔剣の話によればタローは喰らいつくせぬほどの怠惰であふれているらしい。
 自身の武器でもある魔剣の頼みである。それほどリスクが無いのであれば断る理由もなかった。

「別に好きなだけ喰いなよ。その代わりバイトの時はよろしくな」

「(^>ω<^)!」
(訳:ありがとうございます!)

 言葉を発しない分表情が豊かなので、喜んでいるのが伝わる。
 見た目は可愛いクマなので、タローも何だか愛着がわいてきた。

「よし、じゃあお前の呼び名でも考えるか!」

「呼び名?」タマコが訊き返す。

「(^・ω・^)?」
(訳:呼び名ですか?)

「タマコの名前も長いから略したじゃん? こいつも怠惰の魔剣ベルフェゴールじゃ呼びづらいからな」

「どうせ碌な名前じゃないじゃろうて……」

 自身の愛称がタマコになったのを思い出す。
 タローのある意味芸術的なネーミングセンスをタマコは信用してはいなかった。

「大丈夫だよ。実はピンときた名前があるんだ」

「……その名前は?」

「(;`・ω・)」
(訳:ドキドキ……)

 魔剣も緊張しているようである。
 タローはフッと笑った。

「お前の名前は――」

「名前は……」
「(;`・ω・)」
(訳:名前は……)




「『プー』だ!」

無職プーはテメェじゃバカヤロー」

 こうして、タローの家にあらためて加わった魔剣プー
 自分の名前が決まったとき、

「(;◎ω◎)""」
(訳:プー!?)

 と、やっぱり少しガッカリしたらしい。
 だが、1週間経つと自分の呼び名は気に入ってくれたそうだ。
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