上 下
31 / 198
神聖デメテール国編

第29話 あなたの幸せを願う

しおりを挟む
 蘇生する腐敗竜リバイバル・ドラゴンゾンビは一片の塵も残さず、その姿を消した。
 魔剣の最大解放という必殺の一撃が超高速の再生能力を上回った結果だ。
 その威力は半径30メートル、深さ24キロという大穴を開けた。
 そんな大穴を開けた男は現在――自分のあけた穴に向かって落下中である。

「ふぅ~……勝ったな」

 落下中であっても能天気なのはさすがであった。
 と、そこに飛来する影が一つ現れる。

「――全く、飛び上がるなら着地方法も考えろ」

 その影――タマコはタローの手を掴む。

「お、サンクス」

 タマコに連れられそのまま地面に着地する。
 辺りに壁はなくなり更地のようになっているが、蘇生する腐敗竜リバイバル・ドラゴンゾンビが居ないのを確認するとひとまず安心する。

「倒したか……さすがは主殿じゃな♪」

「なんとかなった――けどもう少し早く来てほしかったな」

 タローが苦言を申すとタマコもため息つきながら「やれやれ」と手を広げた

「少々手こずってな。こっちもこっちで大変だったのじゃよ」

 何にせよ倒したからよいではないか、と話はすぐに終わった。
 なぜなら二人にはまだ、最後の戦いが残っているのだから。

「さて……では行くか」

「……りょ」

 二人はカイエンのいる場所へ歩き出す。


 ***


 君を失った時から、よく同じ夢を見るんだ。
 君が私に気持ちを伝えてくれた、あの日のことを――

『わたくしはカイエン様をお慕いしております』

 私の中にずっと残っている言葉。
 君が私に伝えてくれた言葉。

 神に仕える私が、色恋とは……。
 そう思ったが、不思議と嫌ではなかった。

『私も……君を……』

 けれど教会に身を置く私はそのようなことに慣れていなかった。
 なんだか恥ずかしくて、その先は言えなかった。

 そんな私を、君はただ笑ってくれた。

 この幸せが、関係が、規律違反というのはわかっていた。
 だが、主は許してくれると思っていた。
 私たちは共に慕っている。
 主はきっと認めてくださると。

 ――そう思っていた――

『シスター・マーサ。お前がカイエンを謀ったということで良いのだな?』

 私は耳を疑った。
 なぜ全てがマーサ一人の責任になっているのか。
 私は驚いて声も出なかった。

 誰かが密告をしたのか分からないが、私たちの関係はバレていた。
 そして、なぜかその責任はマーサ一人のものとなっていたのだ。

『シスター・マーサ。お前を断罪する!』

 待ってくれ!
 彼女は悪くないのだ。
 裁くというのなら、私も一緒に裁いてくれ!
 私は声を上げようと前に出ようとした。
 その一瞬、私はマーサと目が合った。
 小さな声だったが、私にはそれが不思議とはっきり聞こえた。

『――愛しています』

 マーサは笑っていた。
 私の頬をつたう熱い雫が地面で弾ける。

 私の目の前で、君は命を落とした。

 何度も命を絶とうとした。
 その度に君の言葉が頭をよぎり、それを止めた。

 マーサ。

 君にもう一度会いたいんだ。

 少しだけでもいい。
 ほんの数分、数秒でもいい

 私は君に

 ――伝えたいのだ――



 ***



 二人は口を出さず、手も出さなかった。

 突風により舞い上がった多量の砂、石。
 それらからマーサを守るように覆いかぶさる姿勢のカイエン。

 背には打撲痕、石の破片がいくつも突き刺さっていた。
 腹部も岩で抉れ出血がひどかった。

「……マーサ」

 心臓の鼓動は動くのをやめようとしている。
 その中でカイエンは愛する人の名前を呼んだ。

「もう一度君に――」

 カイエンが意識を手放そうとした時だった。
 突然、マーサを復活させるための魔方陣が光りだす。
 その光は段々明るさを増していった。

「タマコ……これって」

「あぁ……奇跡じゃ」

 光はマーサの遺体に囲むように集まった。
 頭蓋骨、背骨、肩甲骨、肋骨、腕、足と人の形を成していく。
 最後に一層強く光が強まった。

 光が止むとそこにいたのは――美しい女性だった。

「あれって、リッチってやつなのか?」タローが問う。

「間違いなく人間ではない。気配はモンスターのそれじゃ」タマコがその問いに答える。

 その女性――マーサは倒れるカイエンの前に跪くと、その頭を膝に乗せた。

「――カイエン様」

 マーサが名前を呼ぶと、先ほどまで死にかけていたカイエンの意識が少しだけ戻った。

「……マーサ」

 カイエンも彼女の名を呼ぶと、涙を流し共に抱きしめあう。

「マーサ……君に伝えたかったんだ」

 意識は戻ったが、もう命は着きかけていた。
 カイエンは最後の力で、手で彼女の頬を撫でる。
 視界がぼやけてマーサの顔も見えなくなり、声も小さくなる。
 だがその一言だけは、不思議とはっきり聞こえた。


「私も君を……愛しているよ……――」


 顔に本物の笑みを浮かべ、言葉を伝えた。
 マーサの頬にあてていた手が、力なく落ちていく。

 それがカイエンの最期であった。



 ***



 カイエンの最期を見届けた二人。
 二人はその後も手を出そうとはしなかった。
 リッチは自我と記憶を引き継ぐだけで、人を襲う残虐さは他のモンスターと変わらない。

 にもかかわらず、マーサはリッチになったはずなのに、カイエンを愛おしそうに抱きしめ襲う気配が全くなかった。
 それが、何よりの証拠であった。

 彼女が――マーサが理性ももった完全なリッチとして蘇生した証拠――

 成功確率0.3%
 カイエンの愛ゆえなのか、神の気まぐれなのかはわからない。
 けれど確かにカイエンは、奇跡を起こしたのだ。

 二人が無言で見つめる中、マーサがこちらに視線を向け深々と頭を下げた。

「――ごめんなさい。本当にご迷惑をおかけしました」

「驚いたな……本当に理性を保っていられるのか?」

 タマコが尋ねるとマーサは頷く。

「私は死んだ後も、ずっと彼のことが気になっていました」

 マーサはカイエンの遺体を抱きしめる。

「肉体を失おうと、魂だけの存在になっても彼を見守り続けました――彼に幸せになってほしかったから」

 ただ、彼に幸せになってほしかった。
 だから全ての罪を背負った。
 けれど、そのせいで彼は自分の手を汚した。

 その光景はマーサもショックだったという。
 誰でもいいから、彼を止めて欲しかった。

 もうこれ以上、自分のために手を汚さないように

「彼をを止めてくれて、本当にありがとうございました」

 マーサは涙を流し、二人に感謝をした。

「最後に一つだけ、私のわがままを聴いてくれませんか」

「……なんだ?」

 タマコが訊くとマーサは空を見上げながら答えた。

「送ってくださいませんか。私の――愛する人と一緒に」

 マーサは現世にとどまるつもりは無かった。
 きっとカイエンが生きていたとしても、一緒に罪を償ったであろう。
 ただ一緒に、愛する人と共にいたいのだ。

「わかった。その願い私が叶えよう」

 そう言うとタマコは魔方陣に手を入れる。
 取り出したのはいつもの峰の部分が弦になっている刀。
 もう一つは、黒いバイオリンだった。

 手慣れた様子でバイオリンを持つと、音を奏で始める。

 美しい音色が 墓地へと 響き渡る。

 聴いていてとても心地よい。
 いつまでも聞いていられそうなその曲。
 すると、不思議な光景が目に入る。

 現在は深夜。
 日が昇るのもまだ先のはず。

 だが、空から一筋の光が差し込んでいた。

 光は一直線にカイエンとマーサを照らす。

 まるで彼女たちを祝福するかのように……

「安らかに眠れ」

 曲が終盤に差し掛かるとマーサとカイエンの体が次第に消えていく。
 痛みはなかった。
 それがこの曲の能力であるから。

 身体が消える寸前、マーサは二人を見つめた。
 タローとタマコにそれぞれ笑顔を向け、最期に言葉を残した。



 ――ありがとう――




 その笑顔は、光の中でも輝いて見えた。

 カイエンとマーサがそこから消えると、天からの光も消えていった。
 タローとタマコは二人が消えた後も、しばらく空を見上げた。


 死が二人を引き裂いても、決して変わらなかった二人の愛。
 そんな二人にささげた曲の名は

 天使祝曲アヴェ・マリア

 相手に一切の苦痛を与えずに天へと還す曲。


 ――幸せを願い、天へと送る曲――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

幼馴染パーティーを追放された錬金術師、実は敵が強ければ強いほどダメージを与える劇薬を開発した天才だった

名無し
ファンタジー
 主人公である錬金術師のリューイは、ダンジョンタワーの100階層に到達してまもなく、エリート揃いの幼馴染パーティーから追放を命じられる。  彼のパーティーは『ボスキラー』と異名がつくほどボスを倒すスピードが速いことで有名であり、1000階を越えるダンジョンタワーの制覇を目指す冒険者たちから人気があったため、お荷物と見られていたリューイを追い出すことでさらなる高みを目指そうとしたのだ。  片思いの子も寝取られてしまい、途方に暮れながらタワーの一階まで降りたリューイだったが、有名人の一人だったこともあって初心者パーティーのリーダーに声をかけられる。追放されたことを伝えると仰天した様子で、その圧倒的な才能に惚れ込んでいたからだという。  リーダーには威力をも数値化できる優れた鑑定眼があり、リューイの投げている劇薬に関して敵が強ければ強いほど威力が上がっているということを見抜いていた。  実は元パーティーが『ボスキラー』と呼ばれていたのはリューイのおかげであったのだ。  リューイを迎え入れたパーティーが村づくりをしながら余裕かつ最速でダンジョンタワーを攻略していく一方、彼を追放したパーティーは徐々に行き詰まり、崩壊していくことになるのだった。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...