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使い魔編

幕間 その危機は如何にして打破されたのか

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モンスターは基本的に人には従わない。
モンスターは人を餌、あるいは敵と認識している。
では使い魔にするにはどうしたらいいのだろうか。

答えは簡単。
力を見せつけることである。

モンスターの世界は弱肉強食。
弱者は強者に従うのが常である。
だが、強いだけでは人には着いていかない。
人を敵や餌とみなしているモンスターには強さだけでなく、従わせるだけの優しさが無ければならないのだ。
モンスターと戦い、この相手には敵わないと思わせたうえで慈悲を与え生かす。
強さと優しさを見せることで、モンスターは初めて人に心を開く。
冒険者の中では使い魔を持つものは多いが、ほぼ全員が優しい心と強さを持った者たちだ。

と、ここで重要な情報を一つ。

モンスターは使い魔になる際、オスとメスで主人に抱く感情が少しばかり異なる。
オスの場合は、主人への"忠誠心"が強い。
例えるなら主君を守る武士、王を守る騎士といったところである。

一方でメスの場合。
メスは主人への"愛情"が強い。
例えるならそれは、恋人に抱くような感情だ。

オスは主人に忠誠を誓い、メスは主人に愛を誓う。
それぞれ似ているようで違う感情を抱き、主人を守るために。役に立つために使い魔は全力を尽くすのだ。



***



―― 魔王城 ――


タローに外で待っているように伝え、魔王――マリアは旅立ちの準備を進めていた。
魔王時代の自分の思いではすべて処分しておいた。
それは、これから始まる新たな人生への一つの区切りをつけるためである。
そしてもう一つの区切りとして、自らの美しい髪を切った。
身も気分も軽くなったようだ。
魔王という肩書を失った彼女は、負けた今のほうが生き生きしていた。

こうして一通りの整理が終わり、最後に残ったベッドにマリアはうつ伏せになった。

さて、冒頭の使い魔についての説明だが。
もう一度言っておくが、メスは使い魔になる際に主人に恋人のような感情を抱く。
だが、その習性は魔王にもあるのだろうか。
百戦錬磨の魔王が一介の低級モンスターと同様のことが起こるのであろうか。
その答えは――




(タロー……好き♡)




YESだった。
やはりモンスターの本能には抗えないようだ。

(はっ!  いかんいかん、また頭の中がピンク色に!)

訂正。
どうやら理性は保っているようだ。
現在、マリアの中では本能に従えという悪魔と、使い魔としての疑似的な感情に過ぎないという天使が戦っている。

(タローアイラブユーじゃ//)
(やめい! そこらのモンスターと同じになるな! 私は魔王だぞ!)
(今は使い魔よ?)
(でも魔王じゃ!)
(敗北した時点で王ではない。ただの女よ!)
(ぐ、ぐぅ……)

どうやら悪魔が優勢なようだ。
そして本能悪魔理性天使にとどめを刺すつもりだ。


(タロー好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大好きぃぃぃいいいい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡)

(ぐわぁぁあああああああああああああああああああ!!! やめろぉぉぉおおおおおおおおおッッ!!!)

天使はダイレクトアタックを受けた。
だが、かろうじてまだライフは残っていた。

(この愛の告白連呼バーサーカー・ソウルで倒れないなんてさすがね♪)

(ぐ、ぐっぞぉぉ……)だが瀕死状態だ。

頭の中ではこんなに大渋滞が起きながら、ふらふらと立ち上がりタローのもとへと足を動かした。



***



城の外に出てタローを視界にとらえる。

「すまん。待たせたのう」
(おまたせ愛しのタロー様//)
(……だらしのない顔をするな!)

理性は最後の力を振り絞り、表情だけは守り抜いた。

「じゃあ、行こうか」

「うむ。これからよろしくな、主殿あるじどの
(旦那様の方がいいわ)
(主殿でいいのじゃ!)

「うん。こちらこそ」

いくつかやり取りをして、タイタンへの帰路へと歩き出した。



***



もくもくと歩く二人。
理性もなんとかこのまま本能を押さえつけられれば決着だ。
だが忘れてはいけない。
理性は瀕死の重傷を負っていることを。

「ねぇ」
「な、なんじゃ?」


「髪形、かわいいね」


理性は止めを刺された。
本能は狂喜乱舞した。

(もう抱こうかしら?
 え、この小説『全年齢対象』?
知らないわ。
え、『利用規約違反』?
甘いわね。大人になる第一歩は"何かに反抗すること"よ!)

ちなみに現実でのマリアはというと

「あ、え、えっと……」

乙女な反応であった。
だが本能はすでに現実おもてへと出ようとしている。
このままではタローの貞操が危ない。
加えて利用規約違反で削除される可能性があるこの小説も危ない。

頼むタロー。
作者の性癖を考えればお前はこのあと流れに身を任せて抱かれる可能性が大だ。
だが、主人公よ。
お前の残念さを信じている!
頼むタロー、この危機を打破できるのはお前だけだ!













「にしても、お前の名前って長いよな」

「そ、そうかの?」

「呼びやすい名前で呼びたいんだけどいい?」

「も、もちろんじゃ! し、して何と呼ぶのじゃ?」

「う~む……」

「な、何もないならタイラント=マリア=コバルトのミドルネーム。というより私の本来のファーストネームである、マ、マリアと――」


「じゃあ"タマコ"で」

「………………へ?」

イラント=リア=バルトの頭文字取ってタマコ」

「いや、マリアで――」

「改めてよろしくタマコ」

さすが残念主人公。
ナイス残念!
さすが女の気持ちを平気で鼻かんでポイする男である。
その残念さにより、マリア――いやタマコの中の理性が死者蘇生ふっかつした。
それも強化して蘇生ゴッド・フェニックスするという仕様であった。
パワーアップした理性は暴走しかけた本能を正義のゴッド・ハンド鉄槌・クラッシャーで鎮めた。

「よろしく残念人間あるじどの

「あれ? なんか今悪意なかった?」

「気のせいじゃ」

こうしてタローの貞操の危機とこの小説の危機は回避されたのであった。





















「まだよ! まだ本能わたしは生きてるわ! 待ってなさい、いずれ私が舞い戻ってあげるからねぇえええ!!!!」
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