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使い魔編

第14話 タローと魔王 (開幕)

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 黒いドレスを身に纏い
 腰まで届く美しい金色の髪
 そこから覗くコバルトブルーの瞳が、その妖艶さをより一層引き立たせる
 一見すると、美しい女性にしか見えない。
 が、
 紅い唇から見える発達した犬歯と背中から生えるコウモリのような羽が、嫌でも彼女を人ではないと知らしめる。

 彼女――《タイラント=マリア=コバルト》

 この魔王城の主であり、最強の一角である。

「――ここに来た人間は数十年ぶりじゃ。
 そいつもただの蛮勇であったが……貴様はどうなんだろうなぁ……」

 威圧を放ちながらタローを睨む。

「……」

 だがそんな威圧にもタローはどこ吹く風だ。

「……」

「……」

「……」

 というかさっきから魔王をじっと見つめたまま動かない。
 その姿を見て、さすがの魔王も訝しむ。

「おい、まさかこの程度の威圧で怯んだのではあるまいな……おい、聴いているのか!」

 魔王が声を荒げると、ようやくタローは口を開いた。

「……――だな」

「む?」

「奇麗な目だな」



「……………………はぁ?」

 タローの突然の言動に魔王は困惑する。

「貴様……それはどういう意味じゃ?」

「何ってそのままの意味だけど……?」

 魔王の質問にタローは表情を変えずに返答した。
 それを聴き、魔王はため息をついて俯く。

「……突然何を言うかと思ったら」

 魔王はそれなりに育っている双丘の下で腕を組むとため息一つをつく。

「そんな言葉でこの私を誑かそうとでもしているのか?
 だったら生憎だな――」

 そして顔を上げると、タローに顔を向けた。






「そんな言葉掛けられても――べ、別に嬉しくも何ともないわっ//」

 そういう魔王の顔は――耳まで真っ赤になっていた。



 ***



 タイラント=マリア=コバルト 御年324歳
 ヴァンパイアの上位種としてこの世に生まれた彼女だったが…………

 彼女はとある理由でいじめを受けていた。

 幼少期、街を歩くと同じ年の子供たちに石を投げられ、周りの大人たちからは気味悪がられていた。
「寄るな化け物!」
「きっと呪われているのよ!」
「お前なんかどっか行っちまえ!」
 様々な罵詈雑言を受けていた。
 そんな迫害を受けていた彼女は――

 いじめっ子やその親もろともを全員血祭りにあげた。

 それはまぁ強かった。
 最初は石を投げられたので、その石をキャッチし、そのまま剛速球で返球。
 石を投げられた男の子は50mほど吹っ飛んでいった。
 それに激怒した親が襲ってくるものの、顔面に飛び蹴りというおおよそヴァンパイアらしくない技を使い一蹴。

 そんなことをしていたら、いつしか"番長"と呼ばれるようになっていた。

 そして彼女に近づく者たちの反応も変わっていったのだが、

『弟子にしてください!』
『一派に加えてください!』

 ほとんどがこんなようなお願いばかりであった。
 正直彼女からしたら降りかかる火の粉を払っているだけなので、弟子をとる気もなければ派閥を作った記憶もない。
 彼女はいい迷惑だと思っていた。

 そんな彼女も生まれて16年が経つ頃。
 恋愛に興味を持つようになった。
 周りには婚約したカップルや、中には子供を妊娠する者まで出てきてる。
 うらやましく思った彼女は、思い切って男に声をかけてみた。

『あ、あの――』
『すぐにお食事を用意いたします!』

 といって、人間の血を集めに行った。

(私、血嫌いなんだけど……)

 こうして彼女は男と手をつなぐこともないまま、20歳になった。
 そしてとうとう全てに嫌気がさし、ヴァンパイアの里から旅立つことにしたのである。
 そのとき親にあてた手紙には「今度会う時は彼氏を連れてきます」と書き残されていたとか……。

 彼女はその後、「彼氏は自分より強い男!」という目標を立て、色々な地を旅した。

 が、しかし!

 彼女は強かった。
 全戦全勝である。
 そして4年後にたどりついた魔王城で当時の魔王と対峙し、その魔王をわずか1分でねじ伏せた。

 こうして魔王になった彼女は自身の真名である、《マリア=コバルト》に魔王の証の一つである《タイラント》を付け足した。


 《魔王:タイラント=マリア=コバルト》が誕生した瞬間である。



 ***



 その後も時々現れる魔王城へ訪れた者と戦うも、全員返り討ちにしていた。
 結局魔王になって300年
 彼女は恋人ができずにいた。

 だから、そんなときに突然の口説き文句?なぞ言われたら、そりゃ乙女(324歳)は動揺するってもんである。

 魔王――マリアは顔を両手で覆いながら上半身をクネクネしだす。

「ま、全く。近頃の若いもんはそういうことをサラッと言うから困ってしまうわ//♪」

 そして何だか嬉しそうだった。

「お、お主! 名は何と申す?」

「タローです」

「そうか……ではタロー。 お主の気持ちはありがたいが、私は魔王なのでな!
 弱い人間には興味がないのだ。
 …………悪いがそういうのは他をあたってくれ」

 恋人がほしいとはいえ相手は人間。
 多少腕に覚えがあるようだが、自身の強さを考えて、彼女は身を引くことにした。

 が、しかし!


「いや、お前がいい」


 タローは真っすぐな瞳でマリアを見つめた。
 さすがに告白と受け取れる言葉を口にされたことで、マリアもより一層顔を赤くする。

「そ、そんなにか?//」

「あぁ、一目見てビビッときた」

「一目…………ビビッと!?//」

「ああ。お前は――」

 もう普通にラノベならヒロインに加わるシチュエーション。
 作者もこの小説にようやくヒロインが加わると喜んでいることだろう。


 が、しかし!
 この主人公は普通ではないのである。


奴だな!」

「…………」

「…………」

「…………そこそこ、だと?」

「ああ。そこそこ」

「おおそうか。そこそこか」

「うん。そこそこ」

「そうか…………そうか――」

 魔王は俯きながらブツブツと呟き始める。
 タローは急に元気がなくなったので気になった。

(どうしたんだろ?)

 お前が原因だろ!と言いたいところだが、残念ながらタローに自覚はない。

 というわけで、説明しよう!
 タローが言う「そこそこいい」というのは、別に奇麗じゃないというわけではない!

 もともとタローは使い魔を探しにこの地へ来ている。
 そしてドラムスから「そこそこ強いモンスター」を使い魔にしたほうがいいという言葉を律義に守っているのだ。
 したがって、先ほどの言葉を正確に言うと

「お前、そこそこ強いいい奴だな!」

 と、彼は言いたかった。
 が、魔王は、

「そこそこ奇麗いい奴だな」というふうに受けとっている。

 これは好きとか嫌いとかの問題ではない。
 この最初に褒めて、上げておいて最後に落とすという、女のプライドをバッキバキにへし折る行為。
 それにより、魔王はブちぎれているのだ。
 もちろんタローに彼女を傷つける気など無かった。
 だが、このような意見の食い違いから争いや戦争は起こるのである。


「タロー……貴様ぶっ殺してやろうではないか!」

「えー……急になに~?」

 かくして決戦の火ぶたは切って落とされたのだった。
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